第15話 シズ、武器屋を訪れる

「こんにちは」


 カランカラン、と呼び鈴を鳴らしながら、一人の女性が武器屋に足を踏み入れた。

 『鬼』のシズである。


「いらっしゃいませ。——おや、これは珍しい」


 武器屋の周囲には結界が施されており、人の気配を察したリュークは既にフードを目深にかぶっていた。リーンはカウンター前から椅子をずらして、端の方に移動している。客が黒髪の若いグラマー美人だったので、3割増しの「ええ顔」なのは許してあげて欲しい。


「私は、サラ様付きの侍女でシズと申します。今日は、サラ様がこちらには来られないことを伝えに参りました」


 シズは丁寧に一礼した。


 シズとリュークが顔を合わせるのは、これが初めてである。

 お互い存在は知っていたが、シズは見事な隠遁の術で姿を消していたし、武器屋の結界内にはリュークが許可した客以外入って来られないため、実際にこうして対面することがなかったのである。


 シズの言葉に、リュークは2つの意味で驚いていた。


 1つは、今まで休んだことのないサラが休んだということ。

 2つ目は、裏に徹していたシズが、表に出てきたということだ。


「サラに何かあったのか?」

「詳細は申し上げられません。ただ、体調不良とだけ、お伝えいたします」

「貴様っ!」


 突然、リュークが吠えた。吠えられた相手はシズではなく、にやけ顔のエルフだ。


「ええ!? 僕!?」


 リーンが心底驚いた様子で目を見開く。


 昨日の父娘の邂逅を知らないリュークにとって、サラの体調不良の原因として思い当たる節は、リーンとの邂逅しかなかった。


「この魔術師様が何か……?」


 逆に、リーンとサラのやり取りを知らないシズは、冷静沈着と名高い武器商人の激高ぶりに、戸惑いを禁じ得なかった。


「嫌がるサラに、無理やり抱きついた」

「貴様あ!!」


 シズも激怒した。


「ええ!? 間違ってないけど、誤解だよ!? 痛っ! 危なっ! 人に向かって魔石と拳使っちゃダメって、習わなかったの!? ……ええ? 僕の守護魔法、魔王の攻撃も防ぐのに、けっこう痛いんですけど!?」

「うるさい、外道」

「黙れ、ケダモノ」

「何そのチームワーク!?」 


 結局、その後リーンが「ごめんなさい!」と半泣きで謝ったことで、二人の怒りは落ち着いた。


「よくよく考えてみましたら、サラ様の体調不良は別の原因でした」

「それ、先に言ってよね!?」

「でも、次にサラ様に触れたら……折りますよ?」

「何を!?」

「……ナニ……を……?」


 首を右側に傾けながら、シズがグシャリと右手を握った。


「もう嫌! 君達、怖すぎるよ!」


 伝説の大魔術師が、本気で泣いた。


「ところで、これから行かなければならないところがある」


 流石に不憫に思ったのか、リュークが話題を変えた。


「どちらへ?」


 シズが尋ねる。

 リュークは、ふっと笑った。


「お前たちも行くか?『サラ様を称える会』へ」

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