第11話 似た者父娘
「旦那様、サラお嬢様はいかがでしたか?」
テスは裏社会に生きる者達から『黒鬼』と呼ばれる猛者だが、主の前では柔らかな笑みを浮かべる好々爺である。
「なんだ?急に」
「いえ、旦那様がお嬢様と接触したと、配下の者から聞きました故」
「そうか。……アレは、なんというか……」
今日のサラとの会話を思い出し、ゴルドは言葉に詰まった。
テスは黙って続きを待っている。
「なんというか、最初の印象と違った」
ゴルドが知っているサラは、ノルンの町でぬくぬくと育った、どこにでもいる子供という印象だった。
ただ、祖父母に心配をかけまいと笑顔で小さな嘘を言った姿に、母親と同じ優しさと芯の強さを持った娘なのだろうと、思った記憶がある。
あの年では考えられない魔力量と、それを制御する術をほぼ独学で身につけていると町の魔術師から聞いたとき、娘が聖女であることを確信した。
「この子を守らなければならない」という覚悟と共に、ずんっと胃の下に感じた重みは、今でも忘れることが出来ない。
あの時は、1カ月近くも狭い馬車に一緒に乗っていたというのに、娘は無言のまま目も合わそうとしなかった。
(いや、もしかしたらあの子はこちらを見てくれていたかもしれない。避けていたのは私のほうだ)
今日のサラの姿を思い出し、ゴルドは胸が重くなった。
母親を捨てた上に、今まで見向きもしなかった自分を脅して連れ去ったゴルドを、恨んでいるだろうと思っていた。恨まれて当然だと、開き直っていた部分もある。
しかし、今日、予定外だったとは言え、あの時と同じシチュエーションで向かい合うことになった娘は、2年前とは全く別の反応を見せていた。
10歳とは思えない知性を感じさせる眼差しで、ゴルドを真っ直ぐ見つめてきたのだ。
気まずさから「どうした」とそっけなく言った自分に「男前ですね」と言い返してきた時は、死ぬかと思った。一瞬むせた気がするが、顔には出さなかったから気付かれていないはずだ。
その後の会話もひどかった。
いや、馬車に乗る前から既にひどかったか。
「なにかあったのですね?顔が、にやけていらっしゃいますよ?」
「!?」
そんなことはないはずだ、と思いながら、ゴルドは自分の顔を撫でた。ポーカーフェイスが売りなゴルドだったが、気心の知れたテスの前だと無意識に緩んでしまうらしい。
「サラが、ならず者に襲われた」
「! 申し訳ございません。配下の者がついているはずでしたが」
「いや、それは良い。私がいたので距離を置いたのだろう。ただ……」
ゴルドは頬を撫でていた手で、顔を隠すようにこめかみを押さえた。
「ならず者の股間に、ファイアーボールを打ち込んでいた」
「……は?」
「威力が弱く、大したダメージではなかったが、お互い精神的に大ダメージを受けたようだった」
もうだめだ、とばかりに、ゴルドはテスに背を向けた。全身が震えている。
「す、姿を見せるつもりはなかった。見えない位置から魔法で倒すつもりが、予想外の出来事に、助けに入るのが遅れた。サラが腕を掴まれそうになって、気が付いたら相手を殴っていた」
(……無理に冷静ぶろうとして、涙声になってらっしゃいます。旦那様)
心の中でツッコミながら、テスは無言で主の話を聞く。
「『子供に手を出すとは何事だ』と言った後、姿を見せてしまったことを後悔したが、流石に他人のふりは出来なくてな。馬車で送った」
「……そうでございましたか」
本当は、既にシズという配下の者から一部始終を聞いている。もちろん、ゴルドが「うちの娘に何をする」宣言したことも。
(シズが『わたくし、このネタで一生食べていけます!』と不謹慎なことを言っていましたが、これは……分かりますね)
どうやらゴルドの中では格好良く登場したことになっているらしいが、本人はいたって真剣そうなので、出来る部下は沈黙を守る。
「馬車の中では色々話をしたが、どれも、ひどかった。賢い娘だと思っていたが、意外に抜けている。一体、誰に似たのやら」
(あなた様でございます)
「ノルンの件はとぼけられた。まあ、裏付けは取っているから、わざわざ聞くまでも無かったと思い、話は打ち切ったが」
(さぞ、バッサリ打ち切ったのでしょう)
主の話が一通り区切れたのを確認して、テスは口を開いた。
「さようでございましたか。……今日はお嬢様も、さぞ驚かれたでしょうね」
「む?」
「執事のハインツがお嬢様がいつになく塞ぎ込んでおられたと、申しておりました」
「何故だ!?」
(あなた様のせいでございます)
脳内ツッコミが止まらない。
テスはゴルドの父の代から仕えてきたせいか、自然に息子を見る父のような眼差しになってしまう。
「旦那様、せっかくお嬢様と話ができたのです。色々お話ししたいことはあるでしょうが、お嬢様はまだ子供です。少しずつ、歩み寄っていかれませ」
「む、うむ」
ゴルドはわずかに傷ついた目をした。
「善処する」
(私も、一生食べていけそうです)
叱られた子犬の様な目をするゴルドを見て、テスは満足気に頷いた。
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