第12話 シズ

 シズ、という女がいる。


 隠密集団『鬼』の一員としてシェード家に仕えている彼女は、自他共に認める『ゴルドフリーク』だ。幼少の頃は主人であるゴルドが好きすぎて、護衛と称して一緒に風呂に入ろうとしたり、ベッドに潜り込もうとした『危険人物』であった。


 その度にテスから捕獲され大目玉を食らうのだが、「子供のすることだ。気にしてない」とゴルドが涼しい顔で庇ってくれるので、ますます「ゴルド様、素敵!」とヒートアップし、悪循環に陥っていた。


 流石に成人してからは分別というものを覚え、今では優秀なテスの片腕であるが、『旦那様に近づけるな』というのが『鬼』達の共通認識だ。


 そんなシズの現在の任務は『サラの護衛と監視』である。


 屋敷の中ではサラ付きの侍女として、サラが外出中は魔術と体術を駆使してサラの身辺警護に当たっていた。「学校が始まる12歳までは、サラには自由を与えたい」というゴルドの意向により、サラに気付かれないよう一定の距離を置いての警護ではあったが、この2年、一時たりともサラの傍を離れたことはなかった。


 プライベートどころか、睡眠時間すらほとんどない不自由な生活ではあったが、嫌ではなかった。むしろ『ゴルド様の宝物』を守る任務は、シズにとってこの上なく名誉なことであったし、定期報告の度に娘のことで苦悩するゴルドを特等席で見られるので、モチベーションは異様に高かった。


 朝はパン屋、昼は食堂、午後は武器屋、夜は酒場、深夜は屋敷で警護、週1回の定期報告——それがシズのルーティンワークだ。


 そんな生活に、今日は変化があった。


 母を死なせた罪の意識からか、頑なに娘と会おうとしなかったゴルドが、成り行きとはいえサラを暴漢から助けたのだ。


 「うちの娘になにをする」という台詞は、速攻でシズの心の『ゴルド様大全集』に掲載された。


 ちなみに、ゲスオを縛り上げて騎士団に届けたのはシズであるが、あの台詞を引き出した功績を称え、折れた鼻を回復魔法で治してやった。サラを襲った罰で両手足は折ったのだが。 


 余談であるが、ゲスオが牢の中で「女神が……悪魔に……!」と、うなされていたことを別の『鬼』がシズに報告した際、「それがどうしたの?」と、きょとん顔で返され、若い『鬼』が女性不信になったとか、ならなかったとか。


 邂逅を果たした父娘の反応は対照的だった。


 ゴルドとサラの会話は聞いてはいないが、ゴルドの浮かれ様から察するに、喧嘩別れをしたとは考えにくい。だが、馬車を降りるサラの様子がおかしかったため、ゴルドが何かやらかしたのだと、シズは思っていた。


(ゴルド様は、鈍感な上に不器用でいらっしゃるから……でも、そこが愛おしい……!)


 サラの部屋と扉続きの小さな控室で、シズは両手で顔を隠して、くねくねと身悶えた。


 元気の塊のようなサラが、自室で倒れるように眠りに付いたことは、テスにもゴルドにも報告していない。せっかく上機嫌のゴルドを混乱させたくなかったし、サラも心配されることを望まないだろうと判断したからだ。


 2年間傍にいたこともあり、サラの人となりを誰よりも知っているのは自分だと、シズは自負している。


 シズの中でサラは『ゴルドの娘』ではなく、立派な『主』となっていた。


 ゴルドやテスから、サラと必要以上に関わることを禁じられているため、シズは自分の立ち位置が歯痒くて仕方がない日々を送っている。


 そんなシズの耳に、サラの部屋から陶器が割れる音が届いた。

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