第3話 王都での日々

  王都での生活は普通の8歳児であれば苦痛そのものであったろうが、38年間ほとんど休まずに働き続けたマシロにしてみれば、大して苦ではなかった。


  ゲームでのヒロインは、突然連れてこられた伯爵家の別邸で本妻や腹違いの兄妹から虐められ、使用人のようにこき使われ、涙をこらえながら懸命に生きる少女時代を過ごす。

 しかし、生まれた時からこの世界の理を知り、ヒロイン補正の恩恵もあって8歳にしてすでに基本的な魔術は独学で修めていたサラにとって、「水を汲め」だの「馬の世話をしろ」だの「家中を掃除しろ」だのといった雑用から、「ネズミを駆除して! あんたにぴったりのお仕事ね」だの「黒焦げの服だなんて、おしゃれねお姉さま」だの「残飯の混ざった食事」だの「オークの餌にしてやる」だのといったおしゃべりも、正直に言って「だからどうした」くらいにしか思わなかったし、大体は魔法でどうとでもなった。

 さすがに「辺り一帯の駆除したネズミ」が異母妹のドレッサーからウジャウジャとチューチュー言いながら這い出てきた時には反省した。ネズミが可哀そうで。


  そんなこんなで、家の仕事はどうということもなかったのだが、それよりも、全てのルートが始まる12歳までにやっておきたいことがあり、サラはお金を稼ぐため必死だった。

 本来であれば、レダコート国に12しかない伯爵家の令嬢がアルバイトなどできるはずもないのだが、こっそり屋敷を抜け出して『朝はパン屋、昼は食堂、夜は図書館で勉強、たまに酒場で手品(おててが大きくなっちゃった!)』などしながら、日々、小銭を稼ぐ毎日だった。

 むろん、8歳の少女が職にありつくには相当な苦労があった。


  しかし、「貴族の使用人として無理やり連れてこられた可哀そうな美少女」やら「継母から虐待を受ける可哀そうな美少女」やら「商館で見習いとして働かされている孤児……の可哀そうな美少女」やら、とにかく「可哀そうな美少女」というサラの設定が噂で広まっていたこともあり、同情からか、気のいい店主たちが声をかけてくれた。


  当初は小遣い稼ぎ程度の戦力としか期待されていなかったサラだったが、その辺の大人よりも賢く、働き者で、斬新なアイディアで店の売り上げにも大きく貢献してくれていることが分かると、王都に来て1年経った今では引く手あまたのスーパーアルバイトとして名を馳せるようになった。


  そうして稼いだ小銭を握りしめ、サラは今日も通いなれた道を行き、入りなれたドアを開けた。


「ポーション1つ、くださいな!」

「帰れ!」

「痛い!」


  ゴンっと、魔石がサラのオデコにヒットした。


「ひどい! それが客に対する態度ですか!?」


  右手でオデコをさすりつつ、ちゃっかり左手で魔石をポケットにしまいながら涙目のサラは店主に抗議した。


「俺は客を選ぶ」


  そう言ってカウンターから立ち上がったのは、『聖女の行進』ファンから「この世界最大の謎」「無敵フード」「あんたが大将」と呼ばれる武器商人だった。

 武器の他にも装備やポーションなどの雑貨、まれに奴隷も売っているのだが、ゲームクリア後に彼からもらえる武器の数々が伝説の武器並みに強力なことから、武器商人と呼ばれる謎の人物である。


  黒いフードで覆われた顔は、どの角度から攻めても口元しか見えない。ひょっとして口元以外、黒く塗ってるんじゃないかとサラは疑っている。


「塗ってない」

「ええええ! 何でばれたの!?」

「それだけ毎回のぞき込まれれば何考えているかくらい想像がつく」

「じゃあ、証拠見せて!」

「うるさい」

「痛い!」


  本日5個目の魔石が飛んできた。


  実は、この店に来るのは本日3回目だ。安定してお金が稼げるようになってからは毎日、店主が仕入れで留守をしている日以外は、1日5回は通っている。買うのはいつも、一番安価なポーション1つだ。安価といっても、一つ60ペグ(ペグはレダクール国の通貨単位)し、日常生活では使用することのない医薬品である。王都の平民の平均月給が30000ペグであることを考えると、子供が毎日買うにはかなりの高額であるが、サラにはある目的があった。


  武器屋で1000回買い物をすると、お得意様特典でその後の買い物が全て20%割引になるのだ。


 ポイントは「1000個」ではなく「1000回支払いをすること」というところだ。


 そのため、何度も「11個まとめ買いすると600ペグだ」と言われても、「10個買うと1個おまけ(スライムのイラスト付き)」と張り紙を出されても、頑なに1つずつ購入しているのだ。更に、ゲーム内では10000回来店するともらえる特典もあったため、サラは嫌がらせのように1日5回、通うことを日課にしていた。


 お金のないときは「こんにちは」だけを言って帰ることもあったため、初めのうちはゲーム通り「よく来たな。ゆっくり見ていけ」と「まいどあり」しか言わなかった店主も、3か月目には「また来たのか」が加わり、5か月目には「好きだな、ポーション」、7か月目には「……コトン(ポーションを置く音)」、10か月目の今日「帰れ!(+魔石)」というパターンが誕生した。ちなみに、この世界の暦は、1カ月が30日、1年が360日であり、地球とほぼ同じである。


「痛い! でも、うれしい!」

「何故だ!」


  サラにしてみれば、定型文しか言わなかったゲームキャラがどんどん言葉を開放していく喜びに打ち震えているだけなのだが、はたから見たら、9歳にして「魔石を投げつけられて喜ぶ変態」である。


 店に他に客が居ないこともあり、店主はガクッとカウンターに突っ伏した。

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