第4話 武器屋に採用されました
「お、今日も来てるのか嬢ちゃん」
カランカラン、と呼び鈴を鳴らしながら、顔見知りの冒険者が店に入ってきた。サッと、店主が顔を上げる。
サラは冒険者の顔を見て、飛び切りの笑顔になった。
「モブおじさん!」
「ボブだよ! 毎回言うがな!」
茶髪に茶色い瞳というごく一般的な色彩を持つモブ……ではなくボブは王都を拠点にしているBランクの冒険者だ。
この世界の冒険者は最高ランクからSS、S、A、B、C、D、Eに分類されている。レベルというゲーム特有の概念はないため、こなしたクエストの数や難易度によって上位ランクに昇級していくシステムだ。
AランクとBランクは1つしか変わらないが、Bランクは長年地味にクエストをこなしていれば誰でもなれるランクであり、難易度の高いクエストを規定数こなさなければ認められないAランクとは天と地の開きがある。
Bランクで満足し、のらりくらりと冒険者生活を送っている者が多い中、ボブのパーティはAランク獲得に向けて懸命にクエストに取り組んでおり、必然的に武器屋を良く利用していた。
ボブは一度、来店の度にサラがいるので「バイト? 娘?」と真顔で店主に尋ね、魔石を投げつけられた過去を持つ。
「あー、嬢ちゃん、何か店主に余計な事言ったろ?」
「なんで?」
「いや、デコに……まあ、いいや」
ボブは苦笑しながら、サラの頭をくしゃくしゃと撫でた。30代のボブには悪いが、サラはノエルにいる祖父を思い出し、少し幸せな気分になった。
「これはこれは、ボブ様。今日は何をお求めで?」
ボブとサラのコミュニケーションが一通り終わるのを待って、店主が声をかけてきた。
「はっ! 台詞が変わってる! モブおじさん、来店300回目だよ、おめでとう!」
「そうなのか!?」
「何故うちのシステムを知っている!?」
ボブと店主が別の意味で目を見開いた。ちなみに、店主の目はフードに隠れて見えないので、サラの想像である。
「えへへ」
「何故照れる!?」
カウンターから身を乗り出してツッコむ店主の姿に、ボブは目が点になった。
「あー、すげえな。店主が売り買い以外の言葉喋んの初めて聞いた……っ痛! 魔石投げんな! あんたの魔石、すげえクリーンヒットすっから痛えんだわ! デコ割れたわ! とんだとばっちりだわ!」
「これはこれは、ボブ様。今日は何をお求めで?」
「そっからやり直すの!? あんた、すげえ精神力だな!」
「これはこれは、ボブ様。今日は何をお求めで?」
「…………俺が、悪いのか…………?」
がっくりと肩を落としたボブの上着の裾が、くいっくいっと引っ張られた。
「おじさん、ポーションあげるね?」
「…………ありがとうよ」
はあ、と息をついて、自前の手拭いで額を押さえながら、ボブは改めて店主に向き直った。
「今日は他でもねえ。しばらく遠出することにしたから、色々揃えて欲しいんだわ」
「おじさん、どっか行っちゃうの!?」
サラが小さく悲鳴をあげた。
見た目は熊だが子供に優しいボブのことを、サラは存外気に入っていた。
「うぐっ。そんな目でみるな! あんたは魔石握るな! 俺のタイプはケツのでかい、甘やかしてくれる感じの年上だ! って、なんでこんなとこで自分の性的嗜好しゃべってんだよ…………そんな目でみるな!」
ボブ、36歳独身。涙目である。
「そうじゃなくてだな。南の方に、ノルンって地方があるだろ?」
「ノルン!? 私の生まれ故郷だよ? ノルンがどうかしたの?」
突然の故郷の話題に、サラは思わずボブの服を強く引いた。
「そうなのか? まじか。知り合いはいるのか?」
「おじいちゃんとおばあちゃんが住んでる。町の人も、みんな友達よ?」
「そうか」
ボブは一度言葉を切ると、膝をついてサラに目線を合わせた。
「落ち着いて聞けよ? ノルンにいる魔術師が強いらしくて、あの辺りは冒険者へのクエストはほとんどなかったんだ。俺もここ10年近く行ったことがねえ。それが最近、魔物が増えてきたらしくてさ。行商人から護衛の依頼が増えてるんだわ」
冒険者の重要な収入源の一つに、行商人の護衛がある。盗賊だけでなく魔物が多く出没する地域への行商は、いかに優秀な冒険者を護衛に付けられるかで難易度が大きく変わるのだ。
人数が多いほど出費が多くなるため、商人たちは出来るだけコスパのよい冒険者を求めていた。Aランク以上のパーティを雇えれば理想だが、数も少なく、依頼料も膨大だ。そんな中、真面目で一人一人の力量が高く、経験豊富なボブの5人組Bランクパーティは引く手あまただった。
「ノルンまでは馬車でゆっくり行っても片道1カ月だから、早けりゃ2~3か月で戻ってこれるんだが。魔物が増えてるなら、向こうでのクエストもあるかと思ってよ。仲間と相談して、しばらくノルンに滞在することにしたのさ」
「……そう」
視線を落とし、サラは黙り込んだ。
胸騒ぎがした。この10カ月、ノルンの祖父母を想わない日はなかったが、一切の連絡を禁じられていたのだ。
「町のことは心配いらねえよ。魔術師も健在だし、被害が出てるのは今んとこ街道だけだ。そうだ、ノルンに行ったら、じいさんとばあさんの様子を知らせてやるよ。お前んち、どこだ? どこ宛に送ればいい?」
「私宛の手紙は全部、お父様に止められてるの」
だから手紙のやり取りはできない、とサラは泣きそうな顔で呟いた。サラが初めて見せる、年相応な表情だった。
「あー。じゃあ、冒険者雇うか? 手紙の配送クエストって、あー、金がかかるな。俺もパーティがいるしなあ」
うーん、とボブが唸った時だった。
「たまになら」
と、小さな低い声が割り込んできた。
「……え?」
サラが目を上げた。カウンター越しにいたはずの男がすぐ隣に立っていた。
「たまになら、仕入れのついでに届けてやる」
初めてほぼ真下から見上げたフードの下には、予想外に若く、綺麗な顔があった。ボブもぽかんと口を開けたまま、唖然として見上げている。
「ただし」
謎に満ちた武器商人の青年は、無表情のまま条件を追加した。
「ここでしばらくただ働きしろ。来店1000回記念だ。特別に、雇ってやる」
「……本当!?」
「マジか!?」
こうして、サラは強力な情報ツールと武器屋のアルバイトという肩書を入手したのだった。
ボブが帰った後、店主はリュークという名前であることを教えてくれた。
―――乙女ゲームのヒロインらしく、うっかり入浴シーンを覗いてしまい、彼がドラゴンとのハーフだと知ったのはずいぶん後であるが、それはまた別のお話である。
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