第40話 舞台裏
昨夜の王都は大荒れだった。
3日前、公爵家の奥方が行方不明になった。
カーミラの夫であるトラウスは、現国王の叔父にあたる。つまり、前国王の弟である。
その妻が、真昼の自宅から消えたのだ。
昼夜を問わず、公爵夫人の捜索が行われた。
そして昨夜。
騎士団総出で王都中を巡回しているところに、突如としてドラゴンが現れたのだ。
ドラゴンが街に現れるなど、前代未聞である。
知能の高いドラゴンは、人間の美女を攫って妻にすることがあるという。
公爵夫人の誘拐はドラゴンによるものではないか、と噂が一気に広まった。
街中の冒険者達にドラゴン討伐だけでなく、一般人の避難や盗賊や暴徒からの治安維持、けが人の救護など、様々なクエストが矢継ぎ早に発動された。
ドラゴンは地上からの攻撃に一切見向きもせず、悠々と上空を旋回すると、狙いを定めて一気に降下し、王都でも有数の商会の建物を天井から地下へと貫いた。
ドラゴンは咆哮をあげると、何事も無かったかのように空高く舞い上がり、そのまま何処かへと消えていった。
ほんの半時あまりの出来事であった。
幸い、死者はでなかった。
ドラゴンに誘拐されたと思われていた公爵夫人も無事に戻った。
こうして、ドラゴン襲撃事件はあっさり片が付いた……かに見えた。
しかし、王都は新たな衝撃に見舞われた。
大破した商会の地下から、複数の行方不明者や希少な動物達が発見されたのだ。
騎士団や冒険者達が警戒していたこともあり、商家の者は全て取り押さえられた。
国の諜報機関である『梟』による素早い取り調べの結果、『フォルト商会』は国際的な犯罪組織『ゴーレムの涙』の表の顔であり、違法な人身売買や希少動物の売買を行っていたことが発覚した。
公爵夫人を誘拐したのも『ゴーレムの涙』の犯行だったと供述があった。
商会長グロッグ・フォルトは今朝、処刑された。
異例のスピードであった。
◇◇◇◇
まだ慌ただしさの残る王都の昼下がり。
武器屋の正面には『本日休業』の文字が掲げられていた。
内部では、仁王立ちをするエルフと神妙な顔の3人が一つのテーブルを囲んでいる。
「どうだった!? 僕の名演技!」
ドヤ顔のエルフが胸を張っている。
「ミラが可哀そうだった」
「女の敵」
「息子の前でイチャイチャとか。止めてください」
3人の反応は、冷たかった。
「えええええええ!? 何その反応! 脚本:シズ 演出:レダス 助演:リューク でしょ!? 仲間でしょ!? 同罪でしょ!?」
心底ショックを受けたらしく、尖った耳をピクピクさせながら、リーンはテーブルに両手を付いて訴えた。髪と瞳の色は金とエメラルドに戻っている。
「ミラ、泣いてた」
「あそこまでノリノリでやらなくても」
「母上の墓の前で暴露します」
「うっそぉ! 何なの? レダスだって、鐘を鳴らしたり、竪琴弾いたり、花びらを散らしたり、色々してたでしょ!? 脚本にも『抱きしめて囁け』とかシズちゃん書いてたでしょ!?」
「首パクしろとは書いてません」
「首パク!? ……う。あれは、ミラちゃんが可愛かったので……つい……てへ」
「………」
「………」
「………」
息子とシズの視線が痛い。リュークの無垢な瞳が心に刺さる。
「……えええぇ!? 僕、頑張ったよ!? むしろあそこで止めたの偉いでしょ!? ミラちゃん、すっごい可愛いんだよ!? ちょっとくらい褒めてよ!」
最終的にミラは笑っていたが、リーンは泣き顔だ。
―――『ギャプ・ロスの精 救出チーム』が今回行った作戦は以下の通りである。
①エロフが公爵夫人を誘拐する
②ドラゴンが街に現れる
③エロフは公爵夫人にドラゴンと戦う人々を見せる
④ドラゴンが『ゴーレムの涙』の本拠地に突っ込む
⑤エロフは公爵夫人を屋敷に戻す
⑥表向きは騎士団や冒険者の手柄にしながら、裏で『梟』と『鬼』が『ゴーレムの涙』の主戦力を叩く
⑦公爵夫人誘拐も『ゴーレムの涙』の仕業だと自白させる
⑧エロフが叱られる
「ちょっと待ってよ! なんで作戦項目にいつの間にか『⑧エロフが叱られる』が追加してあるのさ! だいたい、エロフって何なの? 自然に書いてあるから、作戦会議の時は気付かなかったけど!」
作戦が箇条書きされた紙を指さし、エロフが訴えている。自業自得である。
作戦を実行するにあたり、4人はターゲットとなる公爵夫人と『ゴーレムの涙』について調査を行った。
『ゴーレムの涙』については、噂以上の悪行三昧であったため遠慮なく潰すことにしたが、公爵夫人の扱いに苦慮した。
美男の奴隷を買い漁り、気に入った男がいれば、濡れ衣を着せ奴隷に落として買う。
それだけ聞けば、確かに悪女である。シズも殺る気満々だった。
しかし、彼女の元を去った元奴隷達は、誰も彼女を恨んでいなかったのだ。むしろ、彼女の心を満たすことができなかった自分の力不足を責めているようだった。
奴隷として飼われたことは彼らにとって許しがたい屈辱であっただろう。しかし、悲しげな瞳の薄幸の美女の心を慰める仕事が、彼らの心にどのような変化をもたらしたのかは、本人にしか分からないことであった。
さらに、ミラは借金奴隷を開放する際に、餞別としてしばらく暮らしていけるだけの金貨を渡しており、犯罪奴隷の譲り先は虐待をしない信用できる奥方だけに絞っていた。
そればかりか、彼女は身近な者達からとても愛されていた。
―――さすがのシズも、殺る気を失った。
ミラを死なせずにオークションから手を引かせるには、ミラの心を満たし、奴隷への興味を失わさせ、自らオークションを降りてもらうしかなかった。
結果として、リーンは完璧な仕事をした。
ミラはオークションを降りたのだ。
「ミラちゃん、ちょっと思い込みが激しいけど、純粋で可愛かったなあ。本当に不幸だったら、本気で攫ってあげたのに」
「「「うわああ・・・」」」
「何で引くのさ!」
今回の立役者は間違いなくリーンだ。
けれども、いつも通りのちょっと情けない姿に、やっぱり褒めてあげない、と思うシズであった。
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