第29話 ギャプ・ロスの精
「ギャプ・ロスの精!」
「ぎゃぷろすのせい?」
目を輝やかせ尖った耳をピクピクさせるリーンと、首を傾げポニーテールを揺らすシズ。二人の反応は対照的だった。パルマも顎に手を当て、首を傾げている。
「父上、何ですか? それは」
「あ、息子ちゃんもシズちゃんも知らない?」
リーンは何故か嬉しそうだ。
「何か腹立つ。また眠りに就いたらいいのに。永遠に」
「まあまあ、レダス様」
地味に悪態をつくパルマをシズが宥める。
「シズちゃんには教えてあげるね! ここで聞く? ベッドで聞く?」
「ここで折ります? ベッドで折ります? それとも、消します?」
「ここで話します! ごめんなさい!」
調子に乗りました、とリーンは速攻で謝った。パルマむすこの視線が痛い。
リーン曰く。
『ギャプ・ロスの精』は『闇の精霊の子』という意味の古代エルフ語であり、リーンは二人、リュークは二人と一匹知っているとのことだ。
リュークは1度、『ギャプ・ロスの精』を育てたこともある。
「一匹?」
パルマがリュークに目を向ける。
「ドラゴンの子供……というか、姪ドラゴンなんだが」
「姪ドラゴン!? そんな姪っ子みたいに」
「姉の娘なんだが、『ギャプ・ロスの精』として生まれた。元々、俺達は黒龍だから見た目では気付かなくて『精霊魔法の使える少し変わった雰囲気の子だ』くらいの認識だった。そもそも、当時はまだ精霊がそこら中にいたから、『精霊に気に入られたのか。いいな』と思って見ていたが、まさか精霊自身だったとは」
懐かしむように、リュークは目を細めた。
育児放棄気味だった姉に代わって、彼女を育てたのがリュークだった。そもそも、天敵のいない黒龍には子育てをする習慣が無い。子供は勝手に育つため、リュークが世話をする必要も無かったのだが、自分と血が繋がっている小さな(1カ月ほどで追い越されたが)命が、たまらなく愛おしかった。彼女が寝返りを打つたび潰されそうになったのも、餌を与えるたびに一緒に食べられそうになったのも、ちょくちょく尻尾で跳ね飛ばされたのも、今では良い思い出だ。
リュークの言う「当時」がどれほど昔のことなのか、パルマは知らない。少なくとも、パルマは姪ドラゴンとやらに会ったことはなかった。
「何故、『ギャプ・ロスの精』だと分かったのですか?」
「その辺の精霊たちが教えてくれた」
精霊たちが言うには、精霊は実体を持たないが、まれに相性のいい体を見つけて宿ることがある、とのことだった。
その際、体内で魔石のようなものになることが多いが、ごくごく稀に、受精卵や、あたかも精子のように女性の卵子に入り込み、赤子として生まれてくることがある。
光の精霊の子である『ギャプ・ラスの精』は受精卵と相性が良く、生まれた子供は聖魔法を得意としたため、勇者や聖女として崇められることもあった。
一方で、『ギャプ・ロスの精』は滅多に生まれてくることがなく、生まれたとしても黒い羊膜に包まれて出てくるため、魔物の子だと疑われ、母共々殺されることが多かった。リュークの姪ドラゴンに宿った精霊は僥倖であったと言える。
「お待ちください。今、何とおしゃいました?」
シズが真剣な面持ちでリュークの話を遮る。
光の精霊『ギャプ・ラスの精』が聖女として生まれてくることがあるならば、サラもその一人かもしれない。侍女としては無視できない情報であろう、とリュークは思った。
「サラはギャプ・ラスでは無いと思……」
「あたかも精子の様に卵子に入り込み、赤子として生まれる?」
「そっちか」
「つまり、すべきことをしなくても妊娠するということですか?」
シズは目が座っている。女性としては、聞き逃せない問題なのだろう、とリュークは思った。
「あ、受精しても『想い』がなければ育たないから、赤子まで育つのは本当にレアケースなんだよ」
慌ててリーンがフォローを入れる。
「想い、とは?」
「ギャプ・ロス達は生き物の良い感情を取り込んで大きくなるんだ。だから、誰かの事を慕ったり、誰かから愛情を受けないとギャプ・ロスは生まれないんだよ」
「つまり、想いがあれば子供が生まれる、ということですね?」
「え? そうだけど……」
「何ということでしょう!」
シズは両手で顔を覆った。
「つまり」
何故か顔が赤い。
「私の妄想がついに現実に……? こうしてはいられません! どこですか!? ギャプ・ロス様!」
「様付け!?」
「私には死活問題です!」
シズが吠えた。ゴルド似の子供は、シズの夢だ。
「何かごめんなさい!」
リーンは一歩下がった。
「とにかく話を戻すけど、『ギャプ・ロスの精』は闇とはいえ精霊だから、本来聖属性なんだ。だから、悪い感情……悪意とか、嫉妬とか、妬み恨みといった負の感情を持ったり、周りから受けたりすると、長くは生きられないんだよ」
リュークも相槌を打つ。
「ただでさえ、精霊の力を酷使するのは体に負担がかかる。愛情深く育てたとしても、彼らは短命だ」
半永久的な寿命を持つドラゴンから生まれた姪ドラゴンも、リュークが父兄の様に愛情を注いだにも拘らず、わずか300年ほどで死んでしまった。
「レダスとリュークは、地下牢の彼を見たんだよね? いくつくらいに見えた?」
「20代前半だ」
「僕もそれくらいかと」
「そうか。過去の例からいうと、ベースが人間の場合は3倍ほどの速さで成長するから、実際は7~8歳くらいかもね」
リーンは眉を寄せた。
奴隷として悲惨な生活を送ってきたのなら、その青年の寿命は20歳ほどと予想される。
「僕、精霊って大好きなんだよ。助けてあげたい」
「ああ。俺も『ギャプ・ロスの精』を放っておけない」
俯いて、拳を握るリーンの肩に手を添えながら、リュークは頷いた。
昨日の青年の姿が、姪の姿と重なって頭から離れない。取り乱し、号泣したサラの姿が胸を締め付ける。
「私も、サラ様と自分のために」
シズも頷いた。
「それなら」
パルマが人差し指を立て、片目を閉じた。
「まずは彼を買いましょう。お小遣い、はずんでくださいね。父上?」
街角の武器屋で、『ギャプ・ロスの精 救出チーム』が結成された。
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