第22話 奴隷

 この国には3種類の奴隷がいる。


 1.経済的な理由から身を売るしかなかった『借金奴隷』

 2.重大な罪を犯し、罰として奴隷に落とされた『犯罪奴隷』

 3.人身売買により、正規のルートを通さずに奴隷となった『違法奴隷』


 サラは『奴隷』という言葉に嫌悪感はあったが、1と2についてはある程度は仕方がないと割り切っていた。


 そもそも、『借金奴隷』と『犯罪奴隷』では法律上の扱いも違う。


『借金奴隷』は人権も守られており、借金を返すか、借金に相当する額の働きをすれば市井に戻ることができた。仕事の内容も家事手伝いや清掃業など、一般の庶民でも就くような仕事がほとんどであり、『奴隷』というよりも『低賃金で働かされる庶民』という感覚に近かった。もちろん、雇い主によって待遇は様々である。


『犯罪奴隷』は罪の重さに応じて、過酷な労働や危険な任務に就かされることが多く、命を落とすことも少なくなかった。しかし刑期を終えると市井に戻ることができた。その際、魔法で再犯防止のための契約を体(主に額)に刻まれるため、まともな人生を送れることはまれであったが、最低限の生活は国によって保障されていた。


 そんな国が認めた奴隷と異なり、誘拐などにより無理やり奴隷商に売られ、裏ルートで取引される『違法奴隷』の末路は悲惨であった。被害者の多くは、見目麗しい男女や魔術の使える者、種族的に希少価値があるものであり、もっとも多いのはその全てに当てはまるエルフだった。被害者たちは、『契約魔法』という特殊な魔法が使える奴隷商人により、貴族や裕福な商人、犯罪組織などと無理やり不当な奴隷契約を結ばされ、人権を無視した生活を強いられるのだ。


 一般に、『違法奴隷』の存在は知られていない。


 サラが知っているのは、前世でのゲームの知識があったからだ。日本人のマシロにとって、奴隷は遠い世界の存在だった。


 だが、ここは現実だ。


 実際に、ゲスオにあの時攫われていたら、サラも『違法奴隷』として売られていただろう。


 そして、ここが現実だということは、つまり、ロイがここにいる、ということだ。


 ゲームでは、サラとロイが出会うのは2年後だ。


 ロイは、第一王子ユーティスの12歳の誕生パーティで、王と王子の命を狙う隣国の暗殺者の一人として登場する。魔物と人間、両方の性質を持ったロイがどのような人生を送ってきたのか、ゲーム内では短い回想シーンの中でしか語られなかった。


 だから今、ロイがどのような状況に置かれているのかサラは知らない。知っているのは、この屋敷の外観と、パーティの2年前にここから隣国の王家に売られ、暗殺者として洗脳と調教を強いられる未来が待っているということだけだ。

 妖艶な美貌と突出した魔力は、最高の『違法奴隷』として取引された。喜びも哀しみも、苦痛さえ感じることを忘れた美青年に待っているのは死のみだった。


―――ロイを助けたい。


 ロイが幸せになるエンディングを探して、あれだけプレイしたはずなのに。

 サラは屋敷を見るまで、ロイの設定を思い出していなかった。


(ごめんね、ロイ……!)


 ぎりっと、サラは唇を噛みしめる。


 サラはヒロインの直感で、ロイがいることを確信していた。

 2カ月前のあの日ではなく、今日ここに来られたのは運命なのかもしれない。


 カツーン、カツーンとサラの足音が薄暗い地下通路に響く。 


 奴隷商人の屋敷は、表向きは『借金奴隷』の斡旋所になっており、リュークはそこに用があった。屋敷の敷地内には屋台が出ており、外国産の珍しい装飾品などや食べ物が売られていたため、サラは「この辺でお買い物しとく」と駄々をこね、「絶対どこにも行くな」というリュークと約束し、一旦別れたのだ。


 リュークを騙す形になってしまったが、仕方がない。

 サラはゲームの記憶を辿り、無断で屋敷の地下に侵入していた。


 カツーン。


 サラの足が、一番奥の部屋の前で止まった。


 ゲームで、復讐に駆られたロイに命を狙われた奴隷商人が逃げ込む部屋。

 そして、かつてロイが囚われていたはずの牢獄。


「誰だ」


 冷たく凍る様な声。だが、妖艶で深みのある声。


(ああ)


 サラの心臓が、ぎゅっと締め付けられる。


「見ない顔だな。子供が何しに来た。それともアンタが、俺を買うのか?」


 鎖につながれ、ガリガリに痩せてしまっていてもなお、『聖者の行進』史上、最も孤独で、最も美しい、半魔の青年がそこにいた。


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