第21話 第一王子 ユーティスとの出会い

「きゃあ! これ可愛い! あ、あれ見て! なんか凄い! あっちも見たい! ああ、もう! 体が一つじゃ足りない!」

「あ、ああ」


 サラとリュークは王都最大の市場へ来ていた。

 王都の中心から外れた東門の近くに、その市はある。サラの邸宅は南西にあり、子供の足では1時間近く歩かなければならないため、サラが訪れるのは初めてである。もっとも、西門や南門近くにある市にも行ったことはないのだが。


 初めて見る市場の活気に、サラは分かりやすく興奮していた。きゃあ、きゃあ、と言いながら、あっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しく、リュークは翻弄されっぱなしだった。


 市場を行き交う人々は、サラの可愛らしい姿と華やかな声に目と耳と心を奪われ、その後ろを歩く、如何にも『裏の人間』と分かる黒フードの男を見て、瞬時に目を逸らした。


「きゃっ!」


 どんっ、と、サラは人にぶつかり、小さな悲鳴をあげた。こんな時、「うおっ!」とか「ぎゃふん!」ではなく、ちゃんと少女らしい可憐な悲鳴が出るのは、ヒロイン補正のなせる業だとサラは常日頃感謝している。


 サラは勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい! よそ見をしていました」

「いや、こちらこそ不注意でした。お嬢様、お怪我はありませんか?」


 頭を上げたサラは息をのんだ。


 目の前にいたのが、ゲーム内よりもかなり若いが、間違いなくメイン攻略対象者である『チョロ王子』こと第一王子ユーティスだったからだ。


(なななななななななんでこんなところに……!?)


 サラは突然の邂逅に、目を丸くして固まった。


「ん?」と、水色がかった銀髪をなびかせながら、整った顔立ちの正統派イケメン王子が首を傾げた。サラと同い年のはずだが、大人びていてキラキラと星が煌めくような美貌である。


「僕の顔に、何か?」


(ぐはっ! 子供のくせに、何なのこのまぶしさ! おのれ、これが王子の力か!)


 なんだか悪役のようなセリフを脳内で叫びながら、サラは首を振った。


「いえ! 知っている方に似ている気がしたので、驚いただけです。ジロジロ見てごめんなさい」


 サラは再び頭を下げた。薄桃色の髪が、ぴょこっと跳ねる。


 王族の姿を直視する行為は、この国では不敬とされる。しかも顔を間近で凝視するなど、言語道断であった。ちなみにゲーム内では、「じっと見つめる」「もっと見つめる」「ガン見する」と選択肢を選び続けると、「それほど俺が見たいなら、もっと近くで見させてやるよ」と王子に唇を奪われる、というイベントがあった。それじゃ逆に見えないでしょ、とマシロは毎回突っ込んだものだ。


 急にそのイベントを思い出し、サラは顔を赤くした。


(し、下向いてて良かった……!)


「気にしないで。君が見ていた間、僕もあなたを見てしまったのだから。おあいこですね?」


 そう言うとユーティスは優雅に手を伸ばし、サラの手をとった。そして極自然に、その甲に口づけをした。


「ひゃあああ!」

「不思議だ。こんなに胸が高鳴る出会いは、はじめ…」

「俺の連れが迷惑をかけたが、おあいこなら問題ないな。行くぞサラ」


 ひょい、とリュークが後ろから固まったままのサラを攫って走り去った。


「あ、待って……!」


 ユーティスの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、サラの頭はそれどころではなかった。ゲームですら赤くなっていたマシロだったが、サラとして現実に出会うメイン攻略対象者の破壊力はとてつもなく強力だった。


 手の平に残る温もりと、手の甲に触れた唇の感触を思い出し、サラは壊れた。


「ひゃあああああああヤバいヤバいアレはヤバいいいいいい!!」

「暴れるな。走りにくい」


 リュークに小脇に抱えられたまま、足をばたつかせ、何故かマントに潜り込もうとするサラをリュークは市場の裏手に連れて行った。


 リュークは人気のないところでサラを下ろした。が、サラはリュークに抱き着いたままマントから出てこようとしなかった。


(うわああ。恥ずかしい! こんな不意打ちずるい。会うのは確か、12歳の社交パーティだったはずなのに! 落ち着こう。まずは落ち着こう。深呼吸。深呼吸よ)


 サラは気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと息を深く吸い込んだ。そして、あることに気付く。


(あれ? なんかいい匂い……)


「うわあああああ!」

「何だ!?」


 突然サラがヒロインらしからぬ悲鳴と共に顔を上げたので、リュークもビクッとなって頭を撫でていた手を離した。サラは1mほど後ずさった。


「ごめんなさい! また抱きついちゃった!」

「いや、元気になったなら別に構わないが……」


 リュークは何か言いたげに、もぞもぞとしている。


「? どうしたの?」

「いや……何だ。ああいうのは、貴族では社交辞令というか、挨拶というか……」

「ああいうの?」


 きょとん、とサラは首を傾げた。


「人にぶつかったのだから、ちゃんと謝らなければならないと思い、すぐに止めに入らなかった俺も悪い。……その、不快な思いをさせてしまって……すまなかった」


 ああいうの、とはユーティスの手の甲へのキスのことだと分かり、サラは目を丸くした。リュークは、サラが手にキスをされたことを恥じ、ショック状態に陥ったのだと思っているのだろう。サラが抱きついている間、ずっと薄桃色の頭を撫でながら、何と言って慰めればよいか考えていたに違いない。


(何というか、何というか、何というか)


「リューク、大好きっ!」


 サラに、母性が目覚めた。


「何故だ!?」


 さっきは自分から離れておきながら、再びしがみ付いてきたサラにリュークは困惑した。


 リュークのおかげで、サラの頭からは綺麗さっぱり王子との邂逅の記憶は消えていた。


「ところで、俺は行きたいところがあるのだが」 


 サラが再び落ち着くのを待ってから、リュークは口を開いた。

 現在、サラはリュークから身を離し、ニコニコしながらマントの裾を握っている。


「リュークは可愛いなあ。いい子だなあ」とリーンみたいなことを呟くのが気にならない訳ではなかったが、あえてリュークは無視をする。


「遠いの?」

「いや。あそこだ」


 サラの問いに、リュークは市場の裏手にたたずむ、古びた屋敷を指さした。


 サラは突然頭を殴られた様な痛みを感じ、顔をしかめた。バクバクと心臓が早鐘をうち始める。


 その屋敷には見覚えがあった。


 そこは、攻略対象者「ボッチ」ルートのロイを隣国へ売り飛ばした、奴隷商人アグロスの屋敷だったのである。

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