第18話 突然の訪問者

 サラが初めての休みを取ってから2週間後。

 サラは3回目となる休日を迎えていた。


 やることが無くゴロゴロとベッドの上で魔術書を読むサラとは対照的に、シェード家は突然の訪問者への対応に追われていた。


 このレダコート王国で最も権威のある一族『クライス公爵家』の正妻と、その嫡男であり次期宰相となることが決まっている少年が訪れたのだ。


 少年の名はパルマ・レダス・クライスという。年は、サラと同じ10歳だ。

 この国の貴族は、ミドルネームに母の名前か母方の姓を名乗ることが規則なのだが、パルマは特殊だった。母の結婚前の名はパメラ・エノ・バルバラであり、『レダス』という響きとは程遠い。


 『レダス』は、このレダコート王国のある土地にとって最も重要な人物の名である。レダスは、レダコート王国が建つ遥か昔にこの地を魔物から救った大魔術師の息子であり、長きに渡り人々を守護した『英雄』と呼ばれている。

 その体が朽ちた後もレダスは子孫の中で転生を繰り返し、多くの魔物と激しい戦闘を繰り広げてきた。

 彼らは常に前世の記憶を持つ『記憶持ち』であった。

 そして今、母と共にゴルドの前で上品に紅茶を味わっているパルマ少年こそ、今生のレダスなのである。

 そのため、彼はミドルネームに『レダス』を名乗っているのだ。


「突然の訪問を、お許しくださいませ。シェード卿」


 パルマの母パメラが優雅に微笑む。

 彼女は以前、レダコート王家直属の魔術師団長を務めたほどの魔術師である。結婚を機に引退した後もその力は健在であり、国政にも大きな影響を持つ人物だ。そんな彼女が息子を連れてシェード家を訪れた理由はただ一つ。


 2年前に引き取られたという少女に会うためだ。


 ゴルドがサラが産まれてからノルン地方の魔物が減少したことに気が付いたのと同じ理由で、彼女もまた『聖女』の出現に気が付いていた。

 全く手掛かりのない状態で捜査を続け、昨年ようやくシェード家に目星を付けたのだ。

 だが、何度面談を申し込んでもシェード家は頑なに拒否し続けた。

 そのため、レダスである息子を連れて強引に訪問する強硬手段を取ったのだ。王族にすら頭を下げないといわれるシェード家といえ、神にも等しい『レダス』を無下に扱うことは出来ない。

 案の定、パルマが名乗った途端、苦虫を嚙みつぶしたような顔でシェード家は二人を招き入れたのだった。


 が。


「帰れ」


 ゴルドがピシャリと言い放った。「ひいい!」と、執事や使用人達が青ざめるが、ゴルドはお構いなしに不機嫌そうな顔で足を組んだ。


「一応、屋敷には入れてやったが、当方としては話すことは何もない。帰れ」

「相変わらず、偉そうですわねゴルド先輩。私はともかく、この子はレダスですわよ?」


 失礼ねぇ、と朗らかに笑いながら、パメラは息子の頭をクシャクシャと撫でまわした。ゴルドとパメラは学生時代の先輩・後輩の関係にあたる。剣術と体術のトップだったゴルドに対抗できるのは、魔術トップのパメラだけだったこともあり、何度も手合わせをした仲だ。そのため、20年以上経った今でもお互い遠慮がない。


「知っている。だから通した。だが、帰れ」

「まだ何の話もしてませんのに。……ここでの話は何処にも漏らしませんわ。ですから、正直に答えてくださいませ」

「話すことはない」

「そんなに、娘が大事?」

「!?」


 ギロリ、とゴルドがパメラを睨む。

 ゴルドはパメラの来訪の理由に心当たりがあった。シェード家に『鬼』が居るように、宰相家にも『梟』と呼ばれる隠密達が居る。宰相家の情報網ならば、サラが『聖女』であることに気付いているに違いない。

 だからこそ、この話は避けたかった。

 サラはまだ10歳。

 せめて成人するまでは自由に生きて欲しいのだ。


「何のことだ。うちの娘のことなど、お前には関係ないだろう?」

「あら、大ありよ」


 学生時代に戻ったような口調で、パメラはニッコリとえくぼを作った。


「パルマ。今からお母様はシェード卿と大事な話があるから、庭でも見せてもらいなさい」

「はい、母上」

「勝手に決めるな!」

 

 くわっ、と目を見開くゴルドに、パルマ少年もニコリと微笑んだ。


「うちの母がすみません、ゴルドさん。あ、僕、レダスなので自由にさせていただきますね。紅茶ごちそうさまでした」

「むっ! ……ぐぬぬ」


 レダス、と言われてしまっては手が出せない。

 王家には恨みしかないゴルドだが、英雄レダスは全ての国民にとって『伝説のヒーロー』的な存在なのだ。ゴルドとて例外ではない。


 鬼の様な顔をしたゴルドと聖母の様に微笑む母を残し、パルマは客間を出た。

 付いてくる者はいない。

 誰もレダスの邪魔をすることは出来ないのだ。


 さすがシェード家だなあ、センスがいいなあ、と、見事に整えられた庭園をぶらぶら歩いていると、パルマは誰もいない温室に辿り着いた。

 お邪魔します、と律義に言って中に入ると、色とりどりの珍しい植物が生い茂る光景に目を奪われた。

 うわあ、と上を見ながら歩いていると、何か柔らかい物に躓いてパルマは盛大に転んだ。


「うわっ!」

「ぐふっ!」


 見ると、パルマの足元に女の子がうつ伏せの状態で落ちていた。


「いやいやいやいや、こんな所に女の子が落ちてるわけないでしょ! 何でここで寝てたんですか!? 大丈夫ですか!? ぐふって言ってたし!」


 勢いよくツッコミしつつも、パルマは少女を抱き起して立たせると、パンパンと少女の服の汚れを叩き落とした。自分の服は後回しだ。


「ごめんなさい。大丈夫です」

「!」

 

 心臓が、止まるかと思った。

 パルマは、少女の鈴が鳴る様な可憐な声と、この世の物とは思えない愛らしい見た目に、ズキューンと心臓を貫かれた。

 ハーフアップにした長い薄桃色の髪と、星を散りばめた夜空の様な大きな濃紺の瞳。薄紅色の頬はふっくらとしていて、桃色の唇はサクランボの様に可愛らしい。簡素なドレスが土に塗れていても、周りの花々にも全く引けを取らない、否、それ以上の美しさだ。


(うわっ! 天使!)


 中身は何千年も生きたレダスだが、体は10歳の少年である。自分と同じ年頃の美少女を前に、ぽわっと気分が高揚するのを感じていた。


「思い切り蹴飛ばしちゃいましたけど、怪我とか、痛いところとかありませんか?」

「ありません! あなたこそ派手に転んでましたけど、怪我はないですか?」

「あ、そう言えば手の平擦りむいてますね……膝と、おでこも」

「ええ!? ごめんなさい。私、まだ治癒魔法使えなくて……」

「いえいえ、気にしないでください。自分で治療できますんで」


 そう言って、パルマは「えいや」と自分に魔法をかけた。傷がスッと消えていく。その様子に、少女はキラキラと目を輝かせた。


「凄い! 魔法が使えるのね?」

「はい。母が魔術師なんです。あなたも魔法が使えるのですか?」

「うっ。凄く簡単な魔法だけです。これから聖魔法を覚えようと思ってて……」

「それでも凄いですよ! 子供の頃から魔法を使える人って、レアなんです。僕、仲間が出来たみたいで嬉しいです!」

「え!? わ、わわ私も!」


 パルマが「わーい」と喜ぶと、少女も「わーい」と笑った。その笑顔が可愛くて、パルマも一層笑顔になった。


「あ、挨拶が遅れました。僕、パルマと言います」

「……」

「どうかしました?」

「はっ! いえ、わ、私はサラです! よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。サラさん」


 ―――こうして、サラに初めて同年代の友達が出来た。


 この日は仲良く温室で過ごした後、パルマは念話で母から話が終わったことを聞き、サラと別かれて自分の屋敷に戻った。

 自室のベッドで今日の出来事を整理しながら、サラの顔を思い出して頬が緩む。

 サラが噂の『聖女』であることは、見た瞬間に分かった。ゴルドがサラを大事にしている事も確認でき、安心した。


 それにしても、とパルマは脳内でツッコむ。


(なんであんなところで寝てたんですかね!?)


 ◇◇◇◇


 パルマと分かれた後、サラは来た時と同じように自室に戻った。屋敷の中で人目に付くと、継母から何を言われるか分かったものではないため、サラはこっそり庭に出るための穴をあちこちに掘っていた。土魔法の練習も兼ねて掘り始めたのだが、ちょっとモグラ気分が楽しくなって、色んな所に掘り過ぎてしまった。その出口の一つが、あの温室だ。

 今日は読書に飽きた後、気分転換に抜け穴を使って温室に行った。ちょうど穴を抜けて匍匐前進していたところで、パルマに躓かれたのだ。

 

 パルマは、育ちの良い、人の好さそうな地味な男の子だった。


 そう、『地味』なのだ。


 だから、名前を聞くまで全く気が付かなかった。


 彼がゲーム『聖女の行進』の攻略対象の一人、ジミールートの主役であることに。


(さすがジミー!! リアルに出会っても完璧に地味だった!!)


 妙な感動を覚えながら、サラは初めてできた友達の存在に心を癒さて、いい気分で眠りについた。

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