第17話 サラ様を見守る会

「会を始める前に、皆さまにお願いがあります」


 席に着いた面々を前に、シズは話をきりだした。せっかくサラを取り巻く大人達と話ができるのだ。シズにはどうしても、言っておきたいことがあった。


「私が先ほど『サラ様の侍女』と言ったとき、どなたも驚きにはなりませんでした。つまり、皆さまはサラ様が貴族だとご存じですね?」


 シズの雰囲気から、ふざけている場合ではないと空気を読んだのか、皆、姿勢を正し真剣な面持ちで頷いた。


「でもよ、サラ様がそういうのは嫌がるんじゃないかと思って、誰も口には出しちゃいねえよ? 俺達にとっちゃ、サラ様はサラ様だ」

「そのサラ様のことを、皆さまはどのようにお考えですか?」


 トーマスの言葉に、シズは質問を重ねた。シズの視界の端に、「聖女だ」と言いかけたリュークの口をリーンが勢いよく塞いだのが見えた。


「出来るバイトの、可愛いサラちゃんだな」

「俺にとっちゃ、潰れかけてた店を立て直してくれた大先生だよ」

「私より、子供の面倒をみるのが上手なのよ。ずいぶん助かってるわ」

「サラ様と開発する商品はどれも素晴らしい。この国の宝ですよ」

「サラ様無しでは、今の俺たちはないな」


 うん、うん、と全員が頷く。皆、どこか誇らしげだ。


 ほぼ想像通りの答えに、シズは大きなため息をついた。


「で」


 すっ、と、シズの雰囲気が冷たくなった。場が凍り付く、とはこのことだろうか。

 全員が、びくっと身を固くした。何故かリーンは股間を隠した。


「皆さまは、その可愛い国の宝の大先生を、過労で倒れるまで働かせていらっしゃると?」

「い、いや、それは……」

「黙れ、白ブタ! サラ様はまだ10歳の子供です。皆さま、それをお忘れではありませんか?」


 しんっ、と水を打ったように食堂は静まり返った。街の喧騒が、ざわざわと聞こえてくる。


「でも、よお」


 トーマスがゆっくりと口を開く。バツが悪そうに、下を向いたままだ。


「サラちゃんは、いつも楽しそうなんだぜ? 子供が楽しそうに働いてるのを、止める訳にはいかないだろ?」

「それに、先生、先生って呼ぶと、喜ぶんだよ。それが可愛くて、止められないんだ」


 白ブタ……ジムも同調する。


「あの子、疲れた顔なんてしたことないのよ? たまにしか会わないし、そんなにひどい状態だったなんて知らなかったわ」

「だいたい、休みたいなら言ってくれれば、休ませてやったさ」


 他の面々も次々に訴える。リュークは口を塞がれたままだ。


「ふざけないで下さい」


 シズは静かに怒っていた。


「いつも楽しそう? 知らなかった? 言ってくれれば休ませてやった? ……いい大人が、何言ってるんですか」


 シズの脳裏に、自分に身を委ねて震える小さな主の姿が浮かんだ。


「白ブタさん。あなたは本当にサラ様を、10歳の子供を『大先生』だと思って本気で敬っているのですか?」

「いや」


 そう言って、ジムは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「そんな訳ないだろう? ああ、勘違いしないでくれ。もちろん、サラには感謝してもしきれないし、色んなことを教えてくれる先生だと思ってるよ。でも、先生って呼ぶと喜んでくれるから、ノリでやってる部分もある。子供の遊びに付き合うのも大人の仕事だろう?」

「皆さまはどうですか?」


 シズは一人一人を見つめた。


 フードのせいで表情は見えないが、リュークだけがジムの言葉にショックを受けているようだった。


「……いや、正直俺も、あのノリが楽しかったから、乗っかってた感がある。ぶっちゃけ、全員そうだと思うぜ? 『サラ様を称える会』は、サラが喜ぶのを見たい『大人の悪ふざけの会』だ」


 トーマスが、絞り出すように告白する。皆、現実を突きつけられて、急に夢から覚めた気分になっていた。


「『私が頑張ると、皆、喜んでくれるの』」


 はっ、と全員が顔を上げた。サラの声色を真似たシズの言葉が、ひどく胸に刺さる。


「サラ様が、昨夜私に言った言葉です。皆さん、子供の遊びに付き合うのも大人の仕事だとおっしゃいましたね? 大人の悪ふざけ、とも」


 名家に生まれたにも関わらず、幼い頃に両親を亡くし兄に育てられたシズは、サラと同じくらいの頃から『鬼』として働いていた。家門を守るために働かざるを得なかったのだ。

 だからこそ、サラの気持ちが良く分かった。


「子供も同じですよ? 『大人が喜ぶ自分』を演じているんです。皆さんの遊びに付き合っているのはサラ様の方だと、何故思わないのですか?」


 カチ、カチと時計の音が響く。

 沈黙が、皆の気持ちを代弁していた。


 サラが体調不良と聞いた時も、心配はしたが、深刻には考えなかった。

 自分達よりもずっと若いシズに言われるまで、サラの負担を考えたことがなかった。

 サラは特別な子だから、と甘えていたことに気付かされてしまった。

 明日から、どの面下げて向き合えばいいというのか。


「サラは……」


 ぽつり、とリュークが呟く。はっ、と皆の視線がリュークに集まる。


「サラは、最初から『特別』だ。一生懸命で、健気で、人に頼ることを知らない『特別』不器用な子供だ」


 リュークはゆっくりと立ち上がると、フードを上げた。

 この1年、共に語り合った仲間達の目を直に見たいと思ったからだ。


「俺はずっと、健気に頑張るサラを見守るために、皆が協力しているのだと思っていた。悪ふざけだと言われても、俺はこの1年、本当に楽しかった。……皆は、違うのか?」


 一つ一つ、噛みしめるようにリュークは思いを言葉にした。

 リュークの紅い瞳は、穢れのないルビーのように美しかった。


「違わない。違わないよ、兄ちゃん」


 少し鼻声になりながら、ジムが立ち上がる。


「ああ。全くだ。ったく、何か湿っぽくなっちまったな」


 悪態をつきながら、トーマスも立ち上がった。


「あらあら、いい大人が鼻水たらして。サラ様に叱られるわよ?」


 優しいまなざしで男達を見つめながら、シスターも立ち上がった。他の2人も続く。


「ああ、叱られてえな。叱られて『申し訳ありません! 先生!』って言いてえ」


 トーマスが笑う。


 『サラ様を称える会』に笑顔が戻った。


(サラ様、やりましたよ)


 シズはギュッと拳を握った。胸が熱い。


「いい子だね、君も、リュークも」


 ふと見ると、すぐ近くにエルフの長いまつ毛があった。そこに茶化すような様子がなかったせいか、シズは何も言い返さなかった。


 その後、新メンバーとしてコードネーム;鬼娘 と エロエロフ(サラ命名)を加えた『サラ様を称える会』は、名称を『サラ様を見守る会』にマイナーチェンジすることとなる。

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