第7話 伝説のエルフ

 武器屋で働くようになって1年が過ぎたある日のこと。


 今日は見せたいものがあるからと、リュークに誘われ街から少し離れた川辺に来ていた。この先には、大きな広場があり、今日は市が立っているはずだ。


 漆黒のローブを深くかぶった長身の男の横を、桃色のフレアスカートに白いブラウスを着た小柄な美少女が歩いている。

 不釣り合いな二人の姿に、すれ違うものは皆揃って怪訝な顔をするのだが、少女が時々満面の笑みで男に話しかけているので心配はないのだろうと、深く穿鑿するのをやめた。


 そんな二人の前に、春らしく様々な種類の花々や蝶の群れが彩る水辺を背にして長身のエルフが立っていた。深緑色のローブを外すと、息をのむ程の美貌が露わになる。リュークの知り合いらしいその男は柔らかな笑顔を浮かべた。


「久しぶりだね。リューク」

「ひいっ!」


 サラは反射的に悲鳴を上げた。


「そちらのお嬢さんは?」

「従業員だ……なにしてる、サラ?」

「ひいっ!」


 リュークのローブを掴んで背中に隠れたまま、サラはガタガタと震えていた。


「知らない男性に声をかけられて、驚いてしまったんだね。大丈夫だよ、お嬢さん。僕はリュークの友達だから」


 サラに目線が合うように片膝を突き、キラキラと金髪をなびかせ、とろける様な甘い声でエルフの魔術師はささやいた。


「僕の名前は」

「エロエロフ!」


 出たな。乙女の天敵! と、サラは叫んだ。


「……」

「……っぷ」

「あ、しまった……」


 笑顔のまま凍り付いたエルフの髪を巻き上げながら、乾いた風が3人の間を駆け抜けていった。


◇◇◇◇


「改めて、自己紹介をしよう」


 場所をリュークの店に変え、3人は向かい合っていた。正確には、リュークとエルフの色男が向かい合い、リュークの後ろにサラが引っ付いている形だ。


「僕はリーン。魔術師だ」

「……サラです。先ほどは、失礼いたしました」


 気まずそうにお辞儀をするサラに、リーンは柔らかく微笑みかけた。


「人見知りなんだね? 大丈夫だよ。僕は気にしてないから。むしろ……気になるのは未だに笑っている君だよ、リューク!」

「エロエロフ……! 初対面で……!」

「うるさいな! いたいけない少女に言われて結構傷ついているんだよ、僕! えぐんないで!」

「悪い」


 くっくっくっ、と笑いをこらえているリュークの姿にサラは少し驚いていた。


(笑うんだ、この人。っていうか、そこ、ツボなんだ)


 この一年でずいぶん打ち解けたつもりだったが、怒ったり、困ったり、変なテンションになったりすることはあっても、声を立てて笑う姿は見たことがなかった。


 なんだか、武器商人の新たな一面が見られて、サラは嬉しくなった。おかげで少し、リーンに対する警戒心……というか不快感というか猜疑心というか、色んなものが薄くなった気がする。実際、リュークと話すリーンはただの美貌の青年に見えた。


 よくよく思い返してみると、リーンは元々魔王を封じるために孤独な旅を続ける正義の味方なのだ。リーンやその一族が抱える運命と葛藤を知り涙したこともある。大魔術師リーンは人々を魔物から守り、感謝の気持ちにと差し出された金品には手を付けず、女性に手を付ける正義の……ケダモノだ。やっぱり『無し』だ。


「おかしいな。あまり女性から嫌われることはないんだけど。そもそも、なんで僕を知ってるの?」


 そりゃあもちろん、ゲームでお世話になりましたから、とは口には出さない。サラは「ヒューヒュヒュー」と音の出ない口笛を吹きながら目を逸らした。


「……まあ、いいか。それより君……」


 ふっ、と、リーンのエメラルドの瞳に光が宿る。魔力を持つものにしか感じることのできない光だ。


 はっと、サラは思わず息をのんだ。


 この世界では魔法は普通に存在するものとして受け入れられているが、一般人が使えるものではない。使えたとしても、指先に火をともしたり、数滴の水を生み出したり、そよ風を吹かせたりできる程度だった。


「魔術師」と名乗れるほどの魔力を持つ者は、数万人に一人と言っていいだろう。大陸最大といわれるこのレダコート国でさえ、300人いるかどうかと云われている。


 その中でもリーンとその一族は、最強の大魔術師としてお伽噺の中にも登場するほど偉大な存在なのだ。


 そんなエロフ……エルフが目に魔力を宿し、サラを見つめている。鑑定されているのだと、サラは理解し背筋が冷たくなるのを感じた。


「そうか……」


 ふう、とため息をつくと、リーンは一度目を閉じた。重々しい空気が一瞬で軽くなる。そしてリーンはゆっくりと瞼を上げると、先ほどとは違う輝きでサラを見つめた。


「君は『記憶持ち』なんだね」


 リーンはよろめきながら口元を片手で覆い、乙女の様に瞳を潤ませて爆弾を投下した。


「君は前世で、僕の妻だったんだね!」

「はいっ!?」


 細い体からは想像もできない力でリュークを押しのけると、がばっとリーンはサラを抱きしめた。サラは急な展開に処理能力が追い付かず、石のように固まった。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいい」

「ごめんね、僕としたことが初見で気が付かないなんて! 君が怒るのも当然だよね。エレナかな? シェイラ? いや、この匂いはマ」

「やめないか!」

「痛いっ!」


 ゴンっと、エロフのオデコに魔石がヒットした。リーンのひるんだ隙を、サラは見逃さない。


「帰る!!」


 全力で走り、出口に体当たりしながらサラは叫んだ。


「今日は絶対、お風呂に入る!!」

「どういう意味だい!?」


 リーンの叫びを背に、サラは真顔で走り去った。


 数分後、静かになった店内でリュークはリーンと向かい合っていた。リーンはおでこを擦っている。


「大丈夫か?」

「頭の傷と心の傷なら心配ないよ!」

「頭の中身と心の病を心配してるんだが」

「僕は正常だよ!?」


 心外だなあ、と呟きながら、リーンはニヤリと笑った。


「それにしても、君、変わったね?」

「……そうか?」

「人を、しかもあんなに小さな子供を傍に置くなんて、昔の君からは想像できないよ」

「……色々、事情がある」

「その事情とやら、聞かせてくれるね?」


 だいたい分かってるけど、と長い長い付き合いのある武器商人に、伝説のエルフは微笑んだ。

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