第27話 ボッチルート

 小鳥のさえずりで、サラは目を覚ました。

 外はまだ暗い。

 頬に、柔らかな感触がある。シズの胸だ。

 ずっと抱きしめてくれていたのだろう。

 少し汗ばんだ、優しい胸だ。


 シズを起こすのも気が引けたので、サラは再び目を閉じた。


 昨日は、ロイの姿がショックで取り乱してしまった。

 出会うのがゲームよりもずっと早かったために、心の準備が出来ていなかったのだ。


 ゲームの中では、もっと、ずっと酷い姿も見ていたはずなのに、実物を目の当たりにすると涙が込み上げてきて止まらなくなった。


(ロイを、助けたい)


 これは、記憶を取り戻してからずっと決めていたことだ。


(泣いてる場合じゃないわ。思い出そう。ロイルートを。何かヒントがあるはずよ)


 サラは『聖女の行進』を回顧した。


 ロイルート、別名「ボッチ」ルートにはバッドエンディング、グッドエンディング、ベストエンディングがある。


 敵国の暗殺者として王と王子暗殺に挑んだロイは、サラの活躍のせいで任務に失敗した後、仲間と合流する。そこで仲間に裏切られ瀕死の重傷を負ったロイだったが、サラの回復魔法によって一命を取り留める。


 ロイが仲間からも騎士団からも追われていると知ったサラは、王都中にクモの巣の様に張り巡らされた地下水路を通り、森へと辿り着く。


 先ほど瀕死に陥った際に封魔の効力が切れたため、魔力が暴走するロイ。このままでは完全に闇に堕ちてしまうと感じたサラは、命懸けで聖魔法を発動しロイを救う。


 夢の中で、過去を回想するロイ。

 奴隷魔法で自由を奪われ、不条理に虐げられた暗い過去だった。

 憎しみが込み上げ、どす黒く染まっていく意識の中で、サラの声が聞こえる。


 聖女の光が、ロイの黒い魔物の部分を浄化していく。


(温かい)


 この温もりをロイは知っている。


 自分を助けようとして死んだ父が、かつて与えてくれたものだ。


(父上。俺を一人にしないでくれ……)


 そして、目を覚ましたロイの目に、涙を流すサラの姿が映って……


 と、選ぶ会話によって多少の差異はあるが、ここまでは共通だ。


 バッドエンディングでは、ロイは父の仇である奴隷商人を殺した罪により、投獄され、処刑されるという、救いようのない最期を迎える。ヒロインであるサラは処刑を見届け、再び涙を流す、というものだ。


 グッドエンディングは、ユーティスとの親密度をある程度上げておくと発生するルートだ。


 投獄された後、悪い奴隷商人を討伐した功績を認められ釈放されるが、人を殺した罪悪感にさいなまれ、サラに看取られながら短い生涯を終わらせる、という、どこがグッドなのかさっぱり分からないエンディングだ。


 ベストエンディングは、奴隷商人を殺さず「奴隷商人をロイの奴隷にする」という契約を結ばせた後、生まれ故郷に戻り、自分を虐げ、父を殺した共犯でもある祖父を倒すという、ちょっと長いものだ。


 話はそこで終わらず、ロイは父の敵である貴族に不当に使役されていた違法奴隷たちを開放すると、他の地に囚われている奴隷を一人でも多く開放するため、奴隷商人と共に旅をすることになる。


 そして数年後、成長したサラの元に現れ、ようやく結ばれる、というストーリーだ。


 一見するとハッピーエンドだが、そう上手くはいかないのが「ボッチ」ルートである。


 ロイは奴隷商人との旅の途中、助けたはずの人々から魔物討伐の依頼を受けた冒険者たちに襲われる。その際、奴隷商人は死に、彼が死んだことで違法奴隷達の契約魔法は全て解除され、奴隷達は自由を得る。


 こうして望まぬ形で目的を達したロイはサラの元へ戻るのだが、半魔の身は人の3倍ほど成長が早い分、寿命が短く、僅か20年の生涯を閉じる。


 この時、サラはまだ22歳。


「ボッチ」ルートの真実は、ロイでなく、サラが迎える「ボッチ」なのだ。

 全くもって、ベストとは何ぞや、と言いたくなるエンディングだ。


 ちなみに、ロイルートに入る前にリーンとの親密度をMAXまで上げていると、ロイの死後リーンが迎えにくるという救済措置がある。


 「もう、愛する人を失いたくない」とリーンの愛を拒むサラに、リーンは何処からか襲ってきた魔物の前に飛び出して「僕は死にません!」と告げるシーンがある。そのことから、『101回目のエンディング』ルートとも云われている。


(そういえば、実物のリーンは全然エロくない。私が、子供だからかな……?)


 サラはくすりと笑った。だいぶ、頭が冷えたようだ。


「サラ様、お目覚めですか?」


 サラの変化を感じ取ったのか、シズが目を覚ました。汗ばんだ首筋が、妙に色っぽい。


「ん。また心配かけたみたいね。ごめんなさい、シズ」


 ふふっ、と笑ってシズがサラの髪を撫でる。


「ゴルド様似かしら。私似かしら」

「……シズ、口から妄想がはみ出してる」

「はっ! 申し訳ありません。サラ様!」


 がばっとシズが飛び起きた。


「すぐに湯浴みの準備と、お召し物をお持ちしますね」


 珍しく慌てた様子で、シズは控室へと向かう。その背中に、サラは呼びかけた。


「シズ……!」


 シズが振り返る。


「いつも、傍にいてくれてありがとう」

「………私の方こそ」


 シズは眩しそうに微笑むと、控室へ消えた。


(このまま隣国へ売られてしまえば、ロイには死ぬルートしかない)


 サラはベッドから降りると、カーテンを開けた。


(ロイをここから救い出す。全てのルートが大きく変わってしまうかもしれない)


 変わった先は、きっとマシロの知らない『聖女の行進』だ。


(それでも、私は進む)


 幸い、思い出した記憶の中に、いくつかヒントはあった。


(待っていて、ロイ。あなたに新しい世界を見せてあげる……!)


 白み始めた空が、サラを淡く染めた。

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