第36話 落札希望者
「はいはーい! 第4回、『ギャプ・ロスの精、救出作戦会議』始めまーす!」
深夜の武器屋にリーンの明るい声が響く。
サラとリュークが初めてロイと会ってから、3日が過ぎた。リーン、リューク、シズ、パルマの4人は、昼間はそれぞれ普通に仕事をし(リーンは武器屋や『S会』メンバーと遊んでいたが)、深夜に武器屋に集まって作戦会議をする日々が続いていた。
シズが入れた紅茶と『ジムの家』から取り寄せたショートブレッドが本日の夜食だ。大事な会議なので酒は飲まない。
「何故、リーン様が仕切るのですか?」
「それはシズちゃん! 僕が最年長だからだよ!」
「父上は精神年齢が最年少なんですから、隅の方で魔石を積んだり崩したりしててもいいですよ」
「やだよ!」
「レダスは優しいな……」
「リューク! 騙されちゃダメだよ! 僕、今、馬鹿にされたんだよ!?」
「そうなのか!?」
大事な会議のはずなのだが、いつもの調子で中々話が進まない。シズはため息をつくと、リーンの口にショートブレッドを束で突っ込んだ。
「リーン様が喋るのがいけない」
「ふんふえふぁほ!」
「レダス様。報告をお願いします」
「まかせて」
レダスと呼ばれたパルマは、テーブルの上にA3サイズほどの紙を広げた。
ロイの購入希望者が書かれている。この数日で『梟』が調べ上げた結果だ。
現在、ロイ購入に動いているのは以下の5人である。
・シェード家 代表者 『鬼』テス・カド
・『ギャプ・ロスの精 救出チーム』 代表者 『梟』パルマ・レダス・クライス
・犯罪組織『ゴーレムの涙』 代表者 『フォルト商会』グロッグ・フォルト
・公爵家 代表者 『公爵夫人』カーミラ・エプスタイン
・(未確認情報)ハノス国 王家 代表者 不明
「シェード家も動いたのか。サラが頼んだのか?」
リュークがシズを見た。シズは、こくん、と頷いた。
「私が留守の間にゴルド様に別件で呼ばれ、そういう話になったようです」
「『鬼』なら、半魔を手下に欲しがっても不思議はないな」
「はい。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいですから」
「おかげで『梟』も動きやすくて助かりました。『鬼』が欲しがる人材なら『梟』が狙っても違和感ないですからね」
今回、奴隷商人は『半魔の奴隷』の情報を特定の顧客にのみ伝えていた。そこに無理やり『鬼』と『梟』が入り込んだことになる。パルマが奴隷商人の屋敷を訪れ、「地下に面白い奴隷を飼っているそうだな。『梟』も参戦する」と伝えた際、奴隷商人は予定外の客に驚いた様子だったが、「アレのことはお得意様だけに教えるつもりだったのですが……。『鬼』といい、裏組織の情報網は恐ろしいですね」と割り切った様子で了承してくれた。
今回の売買はオークション方式だ。
奴隷商人が決めた期限までに希望購入価格を提示し、最高値を付けた者がロイを購入できる。
購入希望者が増えれば増えるほど、値が吊り上がることが期待されるため、奴隷商人としても『鬼』と『梟』の参戦は嬉しい誤算であろう。
「『ゴーレムの涙』は確か表向きは他国と取引が多い商会……ああ、『フォルト商会』でしたね。裏で奴隷の売買をやっていましたよね? 今回も、奴隷商人から買い付けて他国へ高く売るつもりでしょうか」
シズの質問に、パルマは頷いた。
「そうだと思います。ここには絶対に負けるわけにはいきませんね」
シズとリュークも頷く。リーンはまだショートブレッドをモグモグしている。
「この、公爵夫人はどういう人物だ?」
リュークが紙に書かれた人物の名を指さした。
カーミラ・エプスタイン。
エプスタイン家は王家に次ぐ公爵家の中でも最も有力な貴族だ。英雄レダスの血をひくクライス家と比べても遜色ない。その公爵夫人が半魔を欲するとは、穏やかではない。
「僕も、クーデターでも起こす気かと心配したのですが、どうも様子が違うようです」
「どういう意味だ?」
「それが……」
パルマは思い切り顔をしかめた。
「公爵夫人の希望は、『半魔』ではなく『美男』みたいなんです」
「…………は?」
リュークは目を丸くし、シズは目を吊り上げた。
「聞いたことがあります。一部の奥方様達の間で、『美男』の奴隷を買って慰み者にする遊びが流行っていると……!」
シズは見るからに怒っている。
「許せません! そんな贅沢!!」
「ほっひ!?」
口いっぱいに頬張ったままリーンが突っ込む。おそらく「そっち!?」だ。
「いやいやいや、シズさん! これは人権侵害ですよ!? 贅沢とか言っちゃ駄目ですよ!?」
「分かってます! そんな悪い女、死刑です!」
「怖っ!」
パルマは一歩引いた。
「とにかく、エプスタイン公爵夫人は、そんな奥方様達の中でも断トツに財力を持っていて、熱心な収集家です。かなり手強い相手だと思ってください」
「負けませんわ!」
何故かシズがやる気だ。いや、殺る気だ。
「最低落札価格はいくらだ?」
パルマにリュークが尋ねた。これが分からねば手の打ちようがない。
「600です」
「600ペグ? 安いな」
「600ペグな訳ないでしょう! ポーション10個分とか有り得ないです」
馬鹿な、とリュークが立ち上がった。
「11個分だ!」
「どうでもいいです!」
パルマも立ち上がると、紙にでかでかと『6000000!』と書いた。
「600万ペグです! ポーション11000個分です!」
シズは手早く「もっとオマケする!」と言いかかけたリュークの口に、ショートブレッドを突っ込んだ。
「600万? ずいぶん高いね。エルフでも200万からだよ?」
リュークと入れ替わるように、ようやくショートブレッドを咀嚼し終えたリーンが会話に参戦した。シズが小さく「ちっ」と舌打ちしたが、気付かなかったふりをする。
「最低ラインが600万ですから、おそらく最終購入価格は1000万を超えるはずです」
パルマは三人を見回した。
「他の候補者を、入札が始まる前に脱落させる必要があります。余計な値上げはさせたくないですからね。いくら父上が湯水のごとく僕に貢いでくれると言っても、限度がありますから」
「ゆっ、湯水のごとくは無理だよ!? 僕、プータローだよ!?」
「じゃあ、頑張ってください」
「へ?」
パルマはにっこり微笑んだ。悪い笑顔だ。
「『ゴーレムの涙』はおじさんとシズさんで潰してください。父上は『公爵夫人』の攻略、お願いしますね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます