第42話 笑顔の行方

 ドラゴンが王都に現れた翌日。


 サラは邪魔をするシユウとアマネを振り切って、リュークの元へ転移した。思ったより手間取り、お昼を過ぎてしまった。武器屋ではちょうど、いつもの4人組が昨日の反省会を終えたころだった。


「リューク!!」

「サラちゃん!?」

「サラ様!?」

「サラさん!?」


 突然現れたサラに、リューク以外の3人は目を丸くした。武器屋には強力な結界が張ってあり、部外者は侵入できないはずであったからだ。そんな3人とは対照的に、リュークは目を輝かせた。

 リュークにとって、サラは部外者ではなかったからだ。


「サラ! 転移が使えるようになったのか!?」

「「「確かに!」」」

「リューク!!」


 サラはもう一度リュークの名を呼ぶと、その胸に飛び込んだ。


「何であんな無茶したの!? ドラゴンが出たって聞いて、私、私、ほんとに心配したんだからね!」


 うわーん、と声をあげてサラが泣いた。「ありゃー」と言いながらリーンがリュークを見ると、案の定、リュークは固まって瞳孔が縦に伸びていた。


「大丈夫? 怪我してない? 騎士団や冒険者さん達に攻撃されたって聞いたよ?」

「大丈夫だよ、サラちゃん。リュークには大抵の攻撃は無効だから」

「大丈夫な訳ない!」


 フォローに入ったリーンに、サラが声を荒げた。サラが怒ることなどほとんど無かったため、全員が驚いていた。


「大丈夫な訳ないでしょう!? だって、リューク、人間大好きなんだよ!? 騎士団にも、冒険者さん達にも、お友達いっぱいいるんだよ!? 大好きな人たちに攻撃されて、平気な訳ないよ!」

「サラ……」


 リュークが一番驚いていた。

 サラに言われて気が付いた。昨夜、自分が一声、咆哮をあげた理由を。


 他の3人は気まずそうに顔を見合わせている。


「痛かったよね? 可哀そうに。皆、リュークのこと、嫌った訳じゃないからね? ドラゴンがリュークだって、分かんなかっただけだからね? ドラゴンのことだって、嫌いなわけじゃないからね?」

「サラ。もういい」


 何とか慰めようとするサラの頭を、リュークは優しく撫でた。


「サラが泣いてくれたから、大丈夫になった。だから、泣くな」

「ほんとう? 本当に、平気?」

「ああ」


 リュークは破顔した。心からの笑顔だった。


 安心したのか、「良かった!」と微笑んでサラはリュークから離れた。少し顔が紅い。


「えーっと」


 もじもじと、エルフがリュークに声を掛ける。器用に耳が垂れている。


「ごめんなさい!」

「すみませんでした」

「すみませんでした、おじさん。僕としたことが、作戦失敗でしたね」


 3人が次々に謝った。


「気にするな! 大丈夫になった! 元気だ!」

「リュークゥゥ!」


 リーンがリュークに抱きついた。「ごめんよう、ごめんよう」と言って頬ずりしている。……ちょっと怖い。リュークは気にしていないのか、されるがままになっている。


「あの……作戦って?」


 きょとんとした顔でサラが尋ねた。サラは『ギャプ・ロスの精 救出チーム』のことを知らなかった。


「ああ、それは……」


 にっこり笑うと、パルマは順を追って説明しはじめた。


 ロイを助けるため、4人で手を組んだこと。今回のドラゴン事件は、入札前に他の購入希望者2名を脱落させるためだったことなどを、分かりやすく簡潔に説明した。


『ゴーレムの涙』のボスが処刑されたことと、エロフの活躍の詳細については意図的に省いた。心優しい聖女が、知らなくていい内容だからだ。


「カーミラ・エプスタイン?」


 サラは首を捻った。聞き覚えのある名前だった。


(エプスタイン。エプスタイン公爵家………エプスタイン公爵家!?)


「そそそ、その娘さんの名前って、ティアナ!?」

「そだよ? あ、サラちゃんと同い年だもんね。知り合い?」


 知り合いどころではなかった。


 ティアナ・エプスタイン公爵令嬢は、『聖女の行進』におけるヒロイン最大のライバルであり、公爵家の一人娘にして第一王子ユーティスの婚約者という最強の悪役令嬢なのだ。


 しかし、この悪役令嬢。ゲームファンからは人気が高かった。


 竹を割ったような不器用な性格で、暗躍、というのが出来ない。悪口も、嫌がらせも、正々堂々、真っ向勝負が信条、という清々しいご令嬢なのだ。


 別の悪役令嬢が裏でコソコソ画策しようものなら、「何をしていらっしゃるの!? そんな事をしなくても、私が勝負する場を作って差し上げますわ! さあ、一緒にサラ様を叩きのめしてやりましょう!」と、圧倒的な熱量で計画を潰してくれるので、ユーティスはともかく、パルマは放置どころか容認しているところがあった。


 ことある毎に勝負を挑んできては、気持ちよく負け。

 負けると「私もまだまだですわね!」と鍛えては再チャレンジし、また負けて。


 ユーティスから「しつこい」と嫌われても「私が諦めない限り、私の負けではないのですわ! この国のため、ユーティス様の妻になるのは、公爵家の私でなければならないのですわ! 目を覚まして差し上げます。この、私がっ!」と泣きながら胸を張る、そんな女の子だった。


 そんなティアナが一度だけ、彼女らしからぬ行動をとるエピソードがある。


 この世界には妖精が化けた青い蝶が幸せを運んでくるという『幸せの青い蝶』という童話があるのだが、ユーティスがその童話にちなんで作らせたドレスをサラにプレゼントするのが事の発端だ。


 ティアナは嫉妬にかられ、サラの目の前でそのドレスをズタズタに切り裂いてしまうのだ。


 結局この事件がきっかけでユーティスはティアナを見限るのだが、「幸せを運ぶ蝶なんて、私にはいませんでしたわ……」と寂し気に千切れた蝶の刺繍を見つめる姿が印象的だった。 


 マシロも、この悪役令嬢が好きだった。気高くて、堂々として、寂しくて。


 マシロがユーティス・ルートを避けたい理由の一つが、ティアナを不幸にしたくなかったからである。


 ユーティス・ルートを選ぶと、ユーティスはティアナとの婚約を解消する。普通に考えて、王子の独断で公爵令嬢との婚約破棄など出来る訳はないのだが、それでもユーティスは強行した。愛するサラを手に入れるため、『母親の悪事に加担した』という罪で「私は恥ずべきことはしておりませんわ!」と最期まで無実を訴えるティアナを母娘共々処刑する、という方法まで使って。


 ユーティス・ルートを選びたくない理由のもう一つは、ユーティスにこういう事をさせてしまうからだ。ユーティス・ルートは、クリアが簡単なので『チョロ王子』ルートと呼ばれてはいるが、メイン攻略ストーリーでありながら、誰も幸せにならないルートなのだ。


 とにかく。


(確か、ティアナの母親の罪は『罪なき者を奴隷に落とし、買い漁り、国費にまで手を付けた』ことだったはず)


 サラは記憶を呼び起こす。


(その母親が奴隷漁りを止めたのであれば、ティアナが罪に問われることはないはずよね!?)


 最悪のルート『カラレール』では、公爵夫人の悪行が全てサラのせいにされ、サラが処刑される。


(エロエロフ……ううん、大魔術師リーン……!)


 にこにことサラを見つめるリーンに、サラは初めて感謝した。


 ゲームとは、大きく変わるはずの未来。具体的にどうやったかは知らないが、エロフの活躍が、母と娘と、サラの命を救ったのだ。


「ううん。まだ、知り合ってないの。でも、ずっと、友達になりたかった子なの」

「そうなんだ? 優しくて可愛い子だから、きっとサラちゃんと仲良くなれるよ!」

「うん! そうだね!」


 目頭が熱くなるのを感じながら、サラはリーンに駆け寄った。そして椅子に座るリーンの首に手を回し……


「ありがとう! リーン!」

「ふへ?」


 ちゅっ、とほっぺにキスをした。


「「「「えええええええええ!?」」」」


 武器屋が震撼した。


「リュークもありがとう! シズもありがとう!」


 サラはリュークとシズの頬にもキスをした。そのままのノリで、ソワソワと頬を向けているパルマにもキスしかけたが、さすがに同年代の男子の前では踏みとどまった。


「あ、パルマには無理」

「ぐはっ!!」

「というか、なんでパルマがここに居るの?」

「「「「えええええええええ!」」」」


 再び武器屋が震撼した。


 この後、パルマが『レダス』の記憶を持っていることと、レダスがリーンの息子であることを聞いた。


(なっ!? リーンとパルマが親子!? そんな設定ゲームにはなかったんですけど!)


 腹を抱えて笑い転げるリーンと、いじけるパルマ。

 パルマの背を擦ってなだめるシズ。

 「レダスは良い子だぞ!」と良く分からないアピールをするリューク。


(ああ、楽しいな)


 サラも笑った。


(早くこの中に、ロイも入れてあげたい!)


 ロイはきっと可愛がられるだろう。

 ふと、母性本能に目覚めたシズの胸にがっちり捕獲されるロイの姿が思い浮かび、サラはまた笑った。


―――この2日後、何が起こるかなど、今のサラには知るよしもなかった。


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転生したら乙女ゲームのヒロインだったけど、一人で魔王を倒します じゅごん @ky062865

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