第10話
部屋の中へと入ってきたリーシェは、フレイと呼ばれた猫耳をつけた女を俺から引きはがし、事情を説明した。
信用しないフレイとリーシェの話し合いは平行線で、いつまでも続くかのように思われたので俺から、もっと偉い人に話を決めてもらうように提案した。
そうして俺たちはその偉い人、つまり調査団団長の執務室まで連れてこられた。
ここまで歩いてきたので両足の縄は外されたが、未だ両手は後ろ手に縛られたままで後ろに立つフレイの視線が首に突き刺さっている。そんな落ち着かない状況で、さらに俺の前には調査団団長が座っている。
くたびれた様子のシャツを着て、無精ひげを生やした頼りがいのないような青年だが、俺には分かる。この男はかなり肉体を鍛えこんでいる。その服の下には強靭な筋肉が備えられているはずだ。
「……つまりリーシェは謹慎中に遺跡に行って、封印されているこの男を見つけたわけだね?」
「は、はい。謹慎中に遺跡の調査に行ったことは謝ります。しかしハイル……この男と遺跡の存在は古代史を新たにするものだと確信しています!」
調査団団長、ウェスター・アインシュタインと名乗った男は俺の隣に座るリーシェを黙って見ている。その目は明らかに、失望や呆れといった感情を表していた。
「君は理解していない。君は考古学院の所属であり公僕、つまり国王陛下と王国に忠誠を尽くす誇りある身なのだよ。謹慎の命令に反して遺跡調査に行っていいというような軽い気持ちでいてもらっては困るよ」
ウェスターからの厳しい言葉にリーシェは悔しそうに歯を食いしばっていた。それもそうだろう、元は理不尽な謹慎命令と論文の書き直しを取り消させるためにやったことが、成果を上げても認められずに叱られているのだから。
「ひとまず、リーシェへの処遇については後程連絡する。リーシェ、君は自室で待機しているように。今度こそね」
「……分りました、ウェスター団長」
席を立ち、部屋の外へ出ようとするリーシェとすれ違う瞬間、フレイが声をかけた。
「あまり、気に負わないようににゃ。リーシェ。どうせ団長もそこまで怒ってないにゃ」
「……ありがとう。フレイ」
それだけでも、リーシェは少し気が楽になったようだ。歩みは先ほどよりも軽やかになっている。
リーシェが部屋の外へと出ていくのを見届けると、ウェスターはこちらを観察するように見てくる。
「さて、君は本当の所何者なんだろうね?帝国のスパイ、古代帝国の生き残り、封印されし魔術師、地底人、伝説に聞くオートマタ……まさか、本当に創世以前の古代人というわけでないだろうね?」
やれやれ、やはり俺の主張は信用されていなかったようだ。
ところで、リーシェが不当に叱られようと俺が声を上げなかったのは訳がある。
俺の後ろに立つフレイの圧力だ。彼女の視線は俺の首元にずっと固定されているし、手には先ほどのナイフが握られている。
その意味は「不自然な動きを少しでも見せてみろ。すぐにナイフを首に突き立てる」だろう。
そんな、フレイの視線がやっと緩んだ。これは声を出していいという許可だろうか?
「あー、俺としては創世以前の古代人……異世界人っていうのを受け入れてもらいたかったけどな。信じないのならそれでもいい」
しばらく待ったが、ナイフが突き立てられるようなことはなかった。これで正解だったみたいだ。
「私たちだって全てを信用していないわけじゃないよ。例えば、君が未発見の遺跡の地下に封印されていたことは信じている。それはリーシェの言うことだし、それに彼女の祖父の論文は私も知っていたしね」
「さっきのやり取りを見る限り、リーシェと仲が悪いのかと思っていたが、そうでもないらしいな」
「ああ、彼女の祖父は私の恩師でね。その縁で彼女の面倒はよく見たものさ……。こんな話題はどうでもいいんだ。その魔力量を見れば君が只者じゃないことくらいは分かる。君の目的は一体何だ?」
魔力……?ウェスターは今魔力と言ったのか。誰の?いや、俺以外にいないか。
ということは、俺の魔力量がすごいってことなんだろうけど……。
「魔力……っていうのはこれの事でいいのか?ずっと『歪み』だと思っていたが」
自分の体内にある『歪み』を少し取り出して手元に持ってくる。
「そう、それのことだ。……どうやら君は本当に古代人のようだ。『歪み』と魔力の違いについて知らない人間はこの世界にはいない。魔力は創造神の与えた業の1つで、人が生まれ育ち物心がついた時に最初に親から教わることだからね」
「魔力は神の与えた業の1つ、というのはどういうことなんだ?」
「リーシェから聞いていないんだね。この時代の歴史観を聞かせたと言っていたから、それくらいは知っている物かと思ったが。」
ウェスターは、少し姿勢を正して話始める。その姿はまるで学生の前で授業を行う教師の様だ。
「『歪み』というのは魔物を生み出す元でもあるが、我々の使う魔法の元になる魔力にもなるんだよ。大抵の生物の体には『歪み』を魔力に変換する機能が備わっている。だから魔力を生み出し扱う技法は、すべての生命を生んだ創造神の与えた業と呼ばれているんだよ」
初耳だ。じゃあ俺が『歪み』だと思って扱っていたこれは魔力だったのか?
だが、ウェスターの言っていることが本当だとしたらどうなっているんだ?『歪み』は魔物を生み出し、かつ生物の体で魔力に変換され、かつ暗闇の中にいた俺にも流れ込んでいた。
『歪み』の処理が俺で十分なら、新たに生み出した生物にそんな機能を与える必要はないし、そもそも『歪み』が処理できなくて魔物が生まれるなんて起きないはずだ。
つまりは、俺で対処できなくなったから生物に機能を与え、それでも対処できないから魔物が生まれている、ということにしておこう。
今は考えるよりも、目の前にある大きな問題に向き合う時だ。
「そうだったのか。それで、俺が古代人だって分かった所でどうする?俺としてはこの街で普通に暮らしたいんだが」
そう、これからどうやって生活していくかという問題に。
「さて、それについては私が決められることではないな。私はこの街について権限を持っているわけではないし」
「それじゃあ誰が決めるんだ?」
俺の問いにウェスターは席を立ち、外套を着ながら答える。その手には様々な書類があった。
「この街の領主クリスティア・シルバーフォート様だ」
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