第24話
声につられて剣を抜いて飛び出すと、隊商の護衛の人達が汚れた服や鎧を着た者達と争っていた。
剣や槍によってつばぜり合いをしたり、魔法の打ち合いがすでに行われている。
待ち伏せされていたようで、俺達の隊列を囲むように前と後ろで分かれて戦っているようだ。
「俺はどちらに加勢すればいい!?」
出発前にもしも戦闘が起きた時は、不利な方に加勢しろと言われていたが、集団先頭は素人な俺にはどちらに加勢をすればいいのか分からず、とりあえず俺達の近くの積み荷を守っている男に聞いてみた。
「前は間に合っている、後ろへ行け!」
「分った!」
返事を聞いて馬車の中にいるティオネを連れて駆け出そうと、馬車をのぞき込む。
集団相手に俺1人では手間がかかる。戦っている間に馬車や中にいる商人を攻撃されては今回の依頼は失敗になる。
その点魔法を使えるティオネは複数相手でも対処できるし、こっそり近づこうとしている敵にも遠距離から攻撃ができる。
「ティオネ、戦闘だ!俺達は隊列の後ろに行くぞ!」
「分った!……ハイル危ない、後ろ!」
「えっ」
振り向こうとした瞬間、胸の辺りに冷たい感触があった。見ると、長い、剣の先端が突き出していた。
刺されたのだと分かったのは、痛みと血が溢れ出た時だった。
剣が引き抜かれ、俺は痛みによろめき、馬車の中に倒れこむ。
「へへっ、こんなにあっさり終わるとはなぁ。これで金がもらえるなんざ楽な仕事だぜ!」
「おいおい、もう終わったってのか?」
「こんな人数集めて芝居までうつ必要あったのかねえ」
「まあ、いいじゃねえか。報酬は一人頭だろ?損をするのは俺らじゃなくて雇い主だ」
周囲に散らばっていた声や気配が集まってきている。その中には護衛の人間以外にも、俺たちを襲ってきた奴らの物も含まれている。
どうやら、こいつらは最初から俺とティオネを罠に嵌めようとしてたらしい。
俺が倒れたのを見て、仕事が終わったと安心しきっているようだ。
それにしても雇い主だと?まさか俺を殺そうと考えてこの依頼を出したのか?
だとするなら、あのオーディス商会のハマニクスとかいう男がそうか。
「おっと、あと1人、このガキもちゃんと殺さないとな」
「……やれるものならやってみたら?どうせ無理でしょうけど」
「はははっ。威勢がいいじゃないか?これから死ぬのがそんなに恐いか?心配しなくても痛いのは一瞬だからよぉ……」
雇い主が誰にせよ、こいつらから直接聞き出せばいい事だ。
「ぐわっ!なんだこいつまだ生きて……」
俺を殺したと思い、油断し、迂闊にも近寄ってきた男の頸を後ろ手に指先で掴み、引き千切る。
そのまま、喉の出血を手で抑えている男を起き上がりついでに蹴っ飛ばす。
「な、なんだ?あのガキがやったのか!?」
「いや、違う!あの小僧が生きてやがったんだ!」
馬車から飛び出て弱めにマジックソナーを打つ。エクラールに魔法を教わった時に、魔物をおびき寄せないコツというか……、自分の魔力を悟られにくくする方法を学んだのだ。
魔力は濃度があり、濃いほどに知覚されやすくなる。そのため、極限まで放出する魔力を少なくしてしまえば、濃度も薄くなり、相手に自分の魔力量を悟られなくなる。
本来は相手に力を隠したり、隠密をするための技術らしいが、俺は魔力量が異常に多いために常に使うべきだともいわれた。その技術をマジックソナーに流用し、少ない魔力を放出することで、魔物をおびき寄せることは無くなった。
その代わり精度と射程範囲は落ちたが、隊列の範囲内ならば問題はない。
「全部で56人、武器を持っているのは50人か、思ったより数が多いな……」
「ビビってんじゃねえ!相手は大怪我負った小僧とガキだけだぞ!さっさとブッ殺せ!」
出発の時に俺に護衛の仕方について話していた男が、怯んだ仲間に発破をかける。やはり、あの男がこいつらのリーダーなのか。いい人だと思ったのに。
その声に後押しされたのか俺を取り囲んでいた男たちが剣を振りかざして襲い掛かってくる。
「ハイル!頭を下げて!」
「分かった」
「『スパイラリングスペースボム』」
ティオネの指示通りその場でしゃがむと、馬車の中から不可視の何かが頭の上をかすっていくのを感じた。
視線だけ上を向いて様子をうかがうと、正面にいた敵の前で何かが爆発する音が鳴ったかと思うと、敵がそのまま数m吹き飛んでいった。
そしてその爆発音が横にいた敵に、また横にいた敵にと、まるで螺旋を描くように周囲に広がっていった。
「気をつけろ!ガキが見えない魔法で攻撃してくるぞ!」
リーダー格の男が残った自分の仲間に注意を呼び掛けるが、すでに爆発音は当たりを取り囲んでいた敵の半分以上を弾き飛ばしてしまっていた。
「俺の方も忘れるんじゃないぞ」
混乱に乗じて俺は、脚力を強化して残った敵の懐へと飛び出し、素手による鎮圧を行っていく。
前にいる敵は脇腹、首、顎などを狙ってできる限り一撃で倒していく。
取り囲み、後ろから狙ってくる敵には魔法ですらない、掌から魔力を勢いよく放出するだけの攻撃で吹き飛ばす。その後吹き飛んだ相手に近づいて、思いっきり足で踏みぬく。
たまに剣や槍で貫かれたり斬られたり、弓矢で射られる事もあるが、俺は不死なので何も問題はない。
「『スペースボム』『スターエッジレイ』『ヴォイドアロー』」
ティオネの方も詠唱なしで意のままに自然や世界を操る妖精魔法によって、近づいてくる敵を倒していた。
そうしてほぼ一方的な蹂躙が続き、最後にはリーダー格の男だけが残った。
「残ったのはお前だけだ。諦めて依頼主の事を吐くんだ」
「はっ、どうせ殺されるのなら言うわけがないだろう。さっさとやりな」
なるほど、最低限の仕事へのプライドは持っているようだ。しかし、この男は勘違いをしている。
「お前たちの仲間は誰も殺してはいない。お前の事も、依頼主について話せば殺しはしない」
「……仲間を殺してないのは本当のようだが、どうだかな。俺が吐いてしまえば用無しだ。どうせ殺すんだろう?」
口が堅いな……。こんな事はしたくなかったがしょうがない。
俺は男に近づき、頭に手を乗せる。
「な、なんだ。何をする気だ?」
そして、そのまま頭の中に『歪み』を流し込む。魔力ではない、生物の機能によって濾される前の『歪み』だ。魔力を扱えるようになってから、ある程度の『歪み』はコントロールできるようになっていた。
遺跡から出てから、俺にはまだ『歪み』が流れ込んでいた。量自体は減っていたが、それでも今から俺がやろうとしている事には十分だ。
「う、がががああああ……」
「聞こえるか?今、お前に流し込んでいるのは『歪み』だ。俺は最近知ったんだが、魔力に処理できる量を越えれば人も魔物と化すそうだな。どうだ、話す気にはなったか?」
俺が『歪み』を流すのをやめると、男は凄い汗を噴き出して息を荒くさせていた。
「な、なんてことをしやがる……!このクソ野郎!お前は人としての心がねえのか!」
「お前が話せばやめると言っているだろう?」
男はこちらを睨みながら、歯を食いしばっている。そうして、しばらく葛藤していたようだが、折れたようで話し出した。
この男は普段は本当に商会の護衛として働いているようだが、今回はハマニクスから護衛の契約とは別に金を貰い、俺を襲撃するように頼まれたらしい。
それなりに腕の立つ冒険者だと聞いていたので、街のごろつきを雇って俺の不意を突く作戦を立てた。金についてはハマニクスから別に貰っていたので、念の為に雇えるだけ雇ったそうだ。
だが、ハマニクスがなぜ俺を襲うように仕向けたのかも分からず、そしてどうやらハマニクスも誰かに依頼されて俺を襲うように、この男に依頼したようだ。
「なんで俺を殺そうとしたのかは分からないのか……。何か他にないのか?そのハマニクスに依頼した奴が誰かとか」
「いや、これ以上は……待てよ?そういえば、あの日ハマニクスを訪ねていたのは……」
男が何かを思い出し、言葉にしようとした瞬間に男は喉を抑えて倒れた。
「おい、どうした?誰が訪ねていたんだ!」
俺は男に近づき揺さぶる。男はまだ何かを言っているようで口をパクパクさせている。耳を口元に近づけよく聞いてみる。
「フェ……ル……ナンド……」
男はそう言い残して動かなくなった。
どうやら死んでしまったようだ。
……もしかして俺が『歪み』を注いだせいか?何か後味悪いな。
「別にあなたのせいじゃないわよ」
「ティオネ、この男がなんで死んだのか分かるのか?」
いつの間にかティオネが馬車から出て、後ろに立っていた。
倒した敵や、馬車の中に隠れていた商人を『バインド』で捕えていたようで、馬車の中に縛られた者達が詰め込まれていている。
「あなたもやってるでしょ、誓約魔法よ。それ。」
「誓約魔法?……ああ、クリスティアと結んだあれか。あれ誓約を破るとこんな事になるのか?」
もう一度死んでしまった男を見ると、顔が真っ青になって苦痛に歪んでいる。
まさか俺もこうなるのか?しかも死なないからこの苦痛を永遠に味わうことになるんだろ?……もう絶対に誓約はしないでおこう。
「誓約魔法を結んだ人には独特の魔力が付きまとっているの。普通の人には分からないだろうけど、妖精にはそういうのが分かるのよ」
「そうか……。どういう誓約を結んでいたか分かるか?」
「そこまでは。でも契約した相手について話すとかそんなのじゃないの?そもそも、誓約魔法で死ぬほどの代償を払わせるの異常だけど。大抵は罰金を支払うとか、ちょっと苦痛を感じるとかその程度よ」
「へー」
誓約を結んだ相手については分からないか。しょうがない。
とりあえず馬車もあることだし、これを使って街に戻るとしよう。
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