第25話

 時間はハイル達が襲い掛かってきた敵を返り討ちにする少し前、出発した直後までさかのぼる。

 領主クリスティアは重たい面持ちをいつもの冷酷な表情で隠しながら、館の一室にある会議室の扉を開いた。

 そこにはすでに、数名の名士達が席についていた。

 冒険者ギルドマスターであるアーバー、魔法研究家エクラール、遺跡調査団団長ウェスター、オーディス商会シルバーフォート支店長、同支店貿易部長ハマニクス、防衛隊長、工業ギルド統括その他様々なギルドマスターが集まっていた。

 全てクリスティアによって招集された人物である。


「皆待たせたな。それでは会議を始める。ウェスター報告を……」


「失礼ですが、お待ちください」


 席に着いたクリスティアが会議を始めようとすると、工業ギルド統括が声を上げた。

 皆の視線が集まる中、工業ギルド統括はエクラールを指して言った。


「このエルフの老人は誰です?会議に参加している所も、この街で見かけたこともありませんが」


 エクラールはクリスティアとアイコンタクトを取って、席から立ち一礼をした。

 表情は普段の理性と知性の塊のような冷ややかな印象を受ける表情とは打って変わって、親しみやすさを感じる笑顔を浮かべている。


「どうも初めてお会いするようですな。儂は魔法研究家のエクラールと申す者じゃ。先日クリスティア様の賓客として迎え入れて頂き、今回は食客として働くつもりじゃ。皆どうぞよろしく」


 会議室がざわついた。

 それもそうだろう。エクラールはこの世界ではほとんどの人物が知っている有名な人物だ。エルフなどの長命種でさえ、自らの祖父母の時代の話として聞かされるような物語にエクラールは登場している。その上現在ではっきりと確認できる功績として、200年前に魔法学園を設立している。

 偉人とも言うべき人物が自らの住む街の食客として、招かれているのだ。少し頭の働く者であれば、何か激動が近づいてきていると認識できるだろう。


「そういうわけだ。エクラール博士には今日の緊急議題にも関わってくる。話を進める。構わんな」


 クリスティアが仕切り直し、こうしてシルバーフォートの名士達の集まる会議が始まった。

 粛々と進められていく会議は、やがて佳境へと入りエクラールが遺跡に捕らわれていたことが話題になった。


「それではエクラール様は旅の途中で何者かに襲われ、東にある遺跡に捕らわれていたのですか?」


「そうじゃ。旅の疲れで少し油断しておったのが悪かったのお」


「何をおっしゃいますか。エクラール様ほどの人物を不意打ちとはいえ気絶させるとは、そいつはかなりのやり手でしょう」


 エクラールの話を聞いていた防衛隊長が言った。彼はつい先ほどまで、近辺に発生していた魔物を討伐しに行っていたので、エクラールが捕らわれていたという情報しか聞いていなかったのだ。


「お待ちください。それは少しおかしいですな」


「ハマニクス殿、おかしいとはどういうことですかな」


 それまで話を清聴していた貿易部長ハマニクスが手を上げ、話に割り込んだ。直情的な防衛隊長は、感情という物をほとんど見せぬこの男が苦手であったが、ここは会議の場であった。無下にすることもできずに話を聞くことにした。


「エクラール様が捕らわれたこと。これはよろしい。どんな達人であろうと油断はあるものです。しかし、遺跡に捕らわれていた。これは明らかにおかしなことです。その遺跡は調査団により一度調べられた物のはず。さらに聞けば隠し部屋などという物があったというではありませんか。わたくしには調査団の優秀な方々がそれを見落とすとは思えません」


 クリスティアは一瞬顔をしかめた。この質問、疑問が出ることは事前に分かっていた。ようするにこの男は、調査団の人間が見つけた隠し部屋を故意に報告せずに犯罪者共に情報を流したと言っているのだ。

 クリスティアは事前に話していた通りにウェスターに目配せをした。ウェスターはクリスティアの視線を交わすとうなずき、ハマニクスの疑問に答え始めた。


「確かに。我が調査団には優れたマッピングの技術の持ち主や、罠や隠し扉を見つける才能を持った者もいます。私は我が団員が後ろめたいことをするなどとは思いませんが、万が一盗み出された可能性を考え、現在団員の1人に保管庫の確認をさせています」


「おやおや、これはずいぶんとご丁寧にありがとうございます。わたくしはただ疑念を口にしただけなのですがねえ。……ただ、確かそちらの調査団には盗賊上がりもいると聞きましたが?」


 ハマニクスの言葉によって会議室には緊張が走る。彼が口にしたのはフレイの事だ。彼女は確かに冒険者から盗賊に身をやつしたという過去がある。この男がどうやってそれを知ったのかは不明だが。

 その緊張を打ち破るようにアーバーが口を開いた。


「フレイの事を言ってるんなら、あいつの身元は俺が保証している。文句なら俺に言え」


 静かだが確かな言葉だった。

 だが、緊張はさらに重苦しく会議室を満たしていった。


「ハ、ハマニクス。少し失礼が過ぎるぞ……謝りなさい」


「……ええ、そうですね。確かに思ったままを口にし過ぎました。この街を想っての事です、皆様申し訳ありません」


 商会支店長が脂ぎった指を振り回しながらハマニクスに注意をし、そしてやっとハマニクスは謝罪を口にした。

 緊張は軽くなっていたがしかし、生まれた調査団への疑念は消えることはなかった。


 そして、会議が続いた。アーバーは昨今の街の武器の流通が少なくなっていることについて議題を出した。


「武器が少なくなったせいで、俺達冒険者は替えの武器すら手に入れるのが難しくなってやがる。だから武器の輸出は禁じているはずだが、それでも武器は無くなっていく一方だ。その件について流通を担ってるあんたら商会はどう説明する?」


「その件につきましてぇ……、こちらとしましても何故こうなるのかを検討している最中でして……。武器の輸出をこちらでも止めてはおりますが、そもそも商売人は利益を求めるのが第一でありますから、多少の意向のすれ違いが起きていると言えなくもないかと……」


 完全に信用のならない言い訳である。アーバーはクリスティアに命じられた後、武器を不法に輸出している商人を捕まえたり、いくつか遺跡の中に隠されている武器を発見していた。しかし、そのどれもがオーディス商会とは関係のない物であった。だが、この規模で武器を違法輸出を指揮できるのはこの街ではオーディス商会を除いていないのが事実である。

 煮え切らない支店長の態度にしびれを切らしたアーバーは、クリスティアと事前の打ち合わせで貰っていた書類を全員に見えるように取り出した。


「これを見ろ。これは商会への立ち入り監査の許可証だ。クリスティア様の許可も取ってある。『領主クリスティアの代行としてアーバーがオーディス商会に立ち入る事を許可する』とな。俺は今日にでも立ち入るつもりだ」


 支店長はそれを見て顔を真っ青にしながら、慌てふためき、なにやら騒ぎ始め唾を飛ばしている。しかし、その言葉があまりにも早口なために誰もそれを聞き取れていない。

 横に座る支店長の醜態に、ハマニクスはため息をつきながら静かに異議を唱えた。


「クリスティア様、こちらでお取り扱いしている商品の中には、お客様の機密に関わることもございます。せめて、日程を明日にずらしていただけないでしょうか」


「ならぬ。証拠を隠す可能性がある以上は猶予は与えられぬ」


 それを聞いた支店長は息を切らしながら、机に置いてあったコップを煽り水を一飲みして言った。


「わ、我々よりも、領主様は弟様を疑っておられるのでしょう!」


 それは決してこの場では、言ってはならない言葉だった。

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