第26話
「その質問に答える必要はないよ、姉上」
「フェルナンド様!」
会議室の扉を静かに開けて入ってきたのは、話題の人物でありクリスティアの弟フェルナンド・シルバーフォートであった。
フェルナンドは笑顔を張り付けながらゆっくりと歩み、一番奥に座るクリスティアの元へと向かった。
「会議中に申し訳ありません。姉上。2つほどお伝えしたことがあって来ました」
「……お前にここに入る許可を与えた覚えはないが、いいだろう。言ってみろ」
「ありがとうございます。それでは1つ目ですが、調査団のメンバーが1人失踪したようです」
それを聞いて一番に反応したのは調査団長であるウェスターだった。立ち上がり、机から乗り出しフェルナンドを問い詰める。
「失踪?一体誰が居なくなった。というよりもなぜ貴方がそれを知っているのですか?」
「落ち着いてくださいウェスターさん。僕はここに訪ねてきた調査団員に知らせを受けて、自分の用事を済ませるついでに話に来たまでです。フレイさんどうぞ入ってください」
フェルナンドの紹介によって入ってきたのはフレイだった。緊張しているのか獣耳をピンと立たせながら、会議室へと入る。
「ウェスター団長。リーシェが誰かにさらわれました!」
フレイは入ってきてウェスターに駆け寄るとそう言った。ウェスターはそれを聞いて思わず取り乱しそうになるのを抑えて、落ち着き払って答えた。
「落ち着くんだフレイ。どこで、何があったのかを説明しなさい」
「はい……。私は、保管室を調べにいったリーシェが中々帰ってこないのを不審に思い、保管室を探しに行きました。保管室の中は荒らされ、リーシェのいつも持っていた首飾りと、リーシェ以外の何者かの靴跡を見つけました」
「なるほど。それで何者かにさらわれたと考えたわけか」
「考古学院の人間がさらわれただと!それは大変だ!クリスティア様!私の部下をリーシェ殿の捜索に当てて構いませんな!」
報告を聞き、誰よりも感情を露わにしていたのは防衛隊長であった。正義感と使命感の強い彼にとって自らの街で人攫いなどが起こるというのは耐え難い事だった。
クリスティアは彼の訴えを聞いて、考え答えた。
「いや、駄目だ。今は貴様の部下には他にやるべきことがあるだろう」
「ぐっ、そうでしたな。申し訳ありませんクリスティア様……」
クリスティアの言葉を聞いて防衛隊長は自らの失言に気づいた。『やるべきこと』とは今ここにいるフェルナンドの支配する街の裏……つまりフェルナンドの持つ犯罪者や後ろ暗い権力者のパイプを調べることだった。
そして、この場でそれを少しでも表に出してしまった以上は敵がそれを見過ごすはずもない。
「おや、やるべきこととは何ですか、姉上?国の宝である考古学院の人材を見捨ててまでやらなければいけないこととは?」
クリスティアは気付かれないように、憤りを胸にしまい込んだ。
この場には恐らくフェルナンドの息のかかった物もいる。計画の内容を言うわけにはいかない。さらに言えば、考古学院の人材とは、般の庶民よりも優先されるべき事案である。
もしもこれでリーシェの身に何かあれば、確実にフェルナンドはクリスティアを蹴落とすためにこの材料を使うだろう。
「……確かにそうだったな。考古学院の人材は国にとって重要だ。いいだろう。防衛隊長、貴様は考古学院調査団員リーシェの捜索の指示をだせ。フレイ、貴様は持ってきた資料の説明をするために残れ」
そして苦渋の決断ではあったが、フェルナンド一味に弱みを掴ませないようにしたのだった。
防衛隊長は席を外し、部下に指示を与えるために出て行った。
「さて、それでは会議を続けようか……待て、なぜ貴様は出て行かない?フェルナンド」
フェルナンドはクリスティアの質問を笑い、出て行った防衛隊長の席に座った。
「姉上、そもそも私は自分の用事を済ませるためにここに来ていたのですよ。お忘れですか?」
「ああ、そうだったな。それで貴様の用事とは何だ。我々は重要な会議を進めなければならない。早く済ませるんだ」
「うーん、やれやれ。姉上は厳しいなぁ……。昔はもっと優しかった気がするんだけどね。これも父上が死んでしまったせいかな」
フェルナンドは、机の上に置いてあった水差しを取りコップに水を注ぐと一口、口に含んだ。
そして口の中で味わい、顔をしかめた。
「不味いな……。やはり、水は果実で味付けをしなければ飲めたものではないな……」
「おい、早く用件を言え。我々の時間が無くなれば、それだけこの街に損失を与えることに……」
「入って来い!スヴェイ!」
フェルナンドが唐突に大声を上げ、アーバーに水の入ったコップを投げた。アーバーがそのコップを手ではじくと同時に目にも止まらぬ速さで扉から部屋の中に影が1つ飛び込み、クリスティアの首に剣を添えた。
「ふっふふふふ、はははは。お前ら全員動くな!動けば領主の首が飛ぶぞ!」
それはスヴェイだった。フレイのストーカーであり、以前ハイルに因縁をつけ返り討ちにされた青い髪を持った獣人の男だ。
「スヴェイ……お前そこまで身を落としたのか!」
「フレイちゃん……大丈夫だよ!フェルナンド様にはちゃんと君は生かすように契約したからね。フェルナンド様がこの街を支配したら一緒に暮らそう!」
「誰がお前と……!このストーカー野郎が!」
フェルナンドがそれを笑い、手を叩くとぞろぞろと部屋の中へと武装したガラの悪い連中が入ってきた。
「あー、今のは合図ではなかったんだが……。まあいいや。各自持ち場につけ。怪しい動きをする者がいれば殺せ。姉上以外は殺しても構わん」
「フェ、フェルナンド様!我々はッ!我々は助けてくださるのでしょう?」
支店長が椅子から転げ落ち、その肥えた腕をフェルナンドに向けて伸ばし懇願した。
フェルナンドは醜く動くそれを見て、一言零した。
「ああ、仕事をもう1つ忘れていた……。ご苦労だったね支店長。名前も覚えてないけど、もう死んでくれ」
フェルナンドが指を鳴らすと、支店長は転がり喉を抑え始めた。誓約魔法の違反による罰則である。
転がり、苦しみながらも、支店長は喉と肺を酷使し、最後の言葉を振り絞った。
「な、なぜ……殺すのですか……」
「なぜ?そんなものお前が裏切ったからに決まっているだろう?まあそれがなくとも、お前は殺すつもりだったけどね。なあハマニクス」
「ええ、元よりわたくしが商会とこの街での地位と引き換えに協力を申し出したのですから。貴方はただわたくしに利用されていただけですよ、支店長。……役立たずの癖に親の七光りで俺より偉そうにしやがって。くたばりやがれ……」
「な!ハマニクスゥ!……グッ」
支店長は泡を吹き床に倒れ、動かなくなった。部屋の中に入ってきた連中の1人が支店長の体を持ち上げ、廊下に捨てた。
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