第27話
シルバーフォートに飛んで帰るとアーバーはいなかった。
事情を説明し、俺を襲った商会員と出発前にいたハマニクスとかいう男を捕まえるように頼もうと思い受付のお姉さんに聞いたのだが、その答えはこうだった。
「ギルドマスターは領主様やこの街の名士の方々と会談をするために、領主様の館へ向かいました。……ああ、忘れるところでした。ギルドマスターからあなたへ伝言があります。『何かあったら領主の館にいるから、すぐに来い』だそうです」
事情を説明しても恐らく俺達の方が、商会員を襲ったと言いがかりをつけられるとティオネに言われたので、奴らは馬車の中に放置しておいた。
ティオネの魔法で魔物や獣が寄り付かないようにしているから大丈夫だと思うが、逃げ出したり居なくなられたら説明に困るのでなるべく早くアーバーに事情を説明したい。
なので、領主の館の前に来たのだが……どうなっているんだ?これは。
うつ伏せに倒れている門番に近寄り肩を叩く。
「おい、しっかりしろ。起きてくれ……息はしているな。でも目を覚まさない。一体何があったんだ?」
「どう見たって誰かが、侵入するために無力化したんでしょ。ほら、見なさいよ頭の傷を」
ティオネが指した後頭部を見ると、確かにそこには殴られた跡のような傷ができていた。
門番が起きる気配はなさそうなので、安静にできるようにティオネの異空間から氷を出してもらって包帯を巻き、その上から当て寝かせておく。
「だがティオネ。中から争うような音は聞こえてこないぞ」
「そうね。だから恐らくもうすべてが終わったか、それか……」
「こう着状態にある?」
ティオネが言いかけた言葉を飲み込んでこちらを見たので、続きを俺が引き継ぐ。
しかし、なぜティオネはちょっと驚いた表情をしているのだろう。
「その通りよ。……あなたはこういう時に、考えなしに突っ込むと思ってたわ」
「何を言うんだ。中がまだ危険かもしれないのに飛び込んだら、犯人が混乱して人質を殺してしまうかもしれないだろ」
「あなたって本当に頭が回る時と回らない時が極端ね。……それが、人に優しいってことなのかしらね」
ティオネが浮遊して辺りを見回す。そのせいで後半の言葉はほとんど聞こえなかったが、多分俺を褒めていたのだろう。表情を見ればわかった。
ティオネは妖精だ。なので透明で綺麗な羽を生やせる。ただ、街中ではあまりにも目立つのでいつも生やしてはいない。俺も依頼などで森に行った時、上から偵察を頼んだ時ぐらいでしかみたことはない。ただ、その時は陽の光が半透明な羽を反射しながら、光をまき散らすのを眩しいだとか、綺麗だとか思いながら鑑賞させてもらっている。
そんなことを考えながらティオネを見ていると、しばらく旋回をしてから降りてきた。
「とりあえず辺りを見てみたけど、館の外に敵はいなさそうね。きっと少数で中に立てこもっているわ」
「そうか、じゃあ中の様子を確認……」
そう言ってマジックソナーを放つ準備をしていると、慌ててティオネが止めに来た。
「『マジックソナー』はやめた方がいいわ。相手に魔力の使い方を熟知している奴がいたら気づかれるわ」
「じゃあ、どうするんだ?いきなり中に入るわけにもいかないし……」
「前に話してた『透視』でもしてみたらどう?」
ああ、それがあったか。
俺は館の方を向き、目に魔力を集中させる。
透視は俺が遺跡から出た初日に使った魔法だ。眼球に魔力を通して魔力や熱といった光以外の物を感じ取れるように変える。
やがて視界がぼやけ、段々と光以外の物が見えてくる。視えていないはずなのに見えている。
館の立派な扉を抜けて、廊下……1階には意識のある人は誰もいない。何人か無力化された人が床に倒れている。
続けて2階を見る。
「いたぞ……アーバー、ウェスター、フレイ、それにクリスティアとフェルナンドもいる。他にも何人か椅子に座っている奴らがいるな……。あれは、会議に参加していたこの街の名士か。武器を持った奴らに囲まれている。クリスティアが人質に取られて動けなくなっているみたいだ」
一通り見た後に透視の魔法を解いて目を休ませる。
さて、どうやって助けるべきだろうか。このまま突っ込んでもクリスティアが殺されてしまう。
恐らくクリスティアの弟フェルナンドは敵に数えていいだろう。あの会議室の中で唯一自由に動いていたのはあいつだけだった。
そう伝えるとティオネは少し考え込んで言った。
「そうね……今こう着状態にあるのなら、無理に突入する必要もないわ。一度ギルドに戻って援軍を……きゃっ」
ティオネが話している最中によろけた。
同時に俺の体を馴染み深い何かが、通り抜けていく。
言いようのない不快感。慣れ親しんだ頭痛。
間違いない。今通り抜けたのは『歪み』だ。
よろけたティオネを支えて、起き上がらせる。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう……危ない後ろ!」
反射的にティオネを抱えたまま前方に飛び出して、反転する。
つい数舜前まで俺がいた場所を、鋭い爪が通り過ぎていた。
爪の持ち主は揺れ動きながら、こちらを胡乱な目で見つめてくる。
よく見なくても俺には分かった。これまでに何度も戦ったことがある。それは魔物だった。
鋭い爪に濁った眼、魔物にだけ感じる不思議な感覚。
「グガアガ……」
ただ、1つおかしい。
この魔物一体どこから現れた?
この街にはそれは立派な防壁がある。万が一魔物が街に近寄ってこようと外壁の設備と優秀な兵士達の活躍によって、街の中には一歩も踏み入れられないはずだ。
「ハイル……この魔物の頭、よく見て見なさい」
ティオネに言われて見てみると魔物の頭には包帯が巻いてある。どこか見覚えのある……。
「まさか!」
「そう。この魔物はさっき倒れていた門番よ」
「なるほど『歪み』のせいか」
『歪み』を許容量を越して受けてしまえば、それは魔物になる。たとえそれが人間だろうと。
エクラールについ最近教えてもらったことだ。
何が原因かは分からないが先ほど放たれた『歪み』のせいで、この人は魔物に変わってしまったようだ。
そして、一度魔物に変わってしまった者はもう二度と戻らない。
エクラールはそうも言っていた。
「やるしかない……」
ティオネから手を放し、前へ一歩踏み出す。
剣を引き抜き左右に揺らすと、視線がそれにつられている。
知能はそれほど高くないようだ。
ならばと剣を投げつけ、相手が気を取られている内に脚力を強化し飛びあがる。
「グゲゲゲ……?」
身をかわし、前に向きなおった魔物は目の前から俺が消えたことが不思議なようだ。
俺はそのまま首をかしげる魔物の頭の上にかかとから着地する……。つまりは高くジャンプした後からのかかと落としだ。
何の罪もない相手を殺すのは辛いものだ。それが元人間なら尚更。
辺りに散らばった物を後に俺はティオネと駆けだした。
「『歪み』がどちらから来たか。大体の方向は分かる。行こうティオネ。一番優先すべきはこの『歪み』の元だ」
「……そうだね。行こう!」
ティオネの返事はいつもより明るかった。
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