第28話

「邪魔だッ!」


 手に持った剣を力いっぱいに振るうと、道をふさぐように立っていた魔物が真っ二つになり崩れ落ちる。

 もう何人……何体の魔物を倒しただろうか。

 館の前で始めに魔物を倒してからすでに10分ほど市街地を駆けている。

 こうして市街地を駆けていると、そこら中で魔物と化した一般市民と遭遇する。

『歪み』への耐性が高い兵士や冒険者たちが対処しているようだ。しかし、それでも隣にいる人間がいつの間にか魔物へと化すという恐怖のせいで、皆パニックになってしまっている。

 早くこの事態を収拾しないと最悪の出来事を引き起こす。例えば街の全員で殺しあうとか。

 俺達は館に貼ってあった結界のようなものを、模倣した魔力防壁膜を張っている。そのおかげで『歪み』の影響を受けずに走り続けられているが、そうでない冒険者達は辛そうだ。

 通り掛けに魔力防壁膜のアイデアは教えているが、普段魔法を使っていない人々には貼るのは難しいらしい。


「……こんな時に魔法に詳しい仲間がいれば、協力して大きな結界を張ることができたんだがな。術式の構築ができないから俺には無理だ」


「私はハイルの近くにいないと簡単な魔法しか使えないものね。頑なにソロを貫き通したのが仇になったわね、ハイル」


 これまで何度か他の冒険者からパーティーを組む誘いを受けたことはある。

 しかし、俺やティオネは異質だ。不死身であることや魔力が多すぎること。さらに妖精という種族に対しての奇異の視線など、色々な理由ではばかられていた。だから俺とティオネの2人でどうにもならないような、大規模な遺跡探索の依頼や高ランクの依頼が受けられるようになってからでいいだろうと考えていたのだが。


「せめて、信用のできる冒険者仲間の1人くらい作っておけばよかった……なッ!」


 道を塞いできた魔物を両断して更に進む。

『歪み』の元は近い。


 街の端には古ぼけた倉庫がある。昔はここで街に運ばれた積み荷を選り分けて、街に害を為すような物があれば排除していたようだ。それも、クリスティアの時代になってからはより自由な貿易が可能になり、選り分け自体を行わなくなったらしいが。

 倉庫の外壁をよじ登り2階にある窓から中を除くと、黒い僧衣に身を包んだ男が魔法陣をの前で手を合わせて呪文……どちらかといえば念仏のような物を唱え続けている。顔は布で隠され見えないが、体格からして男だろう。

 どうやら『歪み』の発生源はここのようだ。

 確かにここならば街の所有物なので誰も寄り付かない。よく考えたものだ。

 ただ1つ気になるのは。


「どうしてリーシェが捕まってるんだ?」


 倉庫の床に雑に転がされているのはリーシェだ。こちらからだと後ろを向いているが、あの綺麗な金髪と考古学院の制服は間違いなくリーシェだ。

 何があったのかはさっぱり分からないが、これでは突入して魔法陣を壊すわけには行かなくなった。倉庫の入り口からは距離が遠すぎて、おそらくリーシェを人質に取られてしまうだろう。


「どうしたものかな……」


 頭を抱えて悩ませていると、後ろから肩を叩かれた。

 振り向くとティオネが胸を張って誇らしげにしている。


「私に任せなさい。リーシェを助けて目を覚まさせるわ。私が合図したら倉庫に入ってきてね」


「え、ああ分かった」


「それじゃあ行くわ。『テレポート』」


 そう言うとティオネは一瞬で目の前から消えてしまった。

 どこに行ったのかとあたりを見回すと、すでに倉庫の中にいてリーシェの後ろに立っている。

 しゃがみこんでリーシェの口を塞ぎながら、何か耳打ちをして縄をほどき、程なくしてこちらを向いて手で合図をした。

 俺はティオネが再び一瞬で移動したのを見て、窓を突き破って一直線に黒い僧衣の男に突っ込んでいく。

 空気を裂く音と共に男の背中が迫り、後少し。俺は拳を握りしめ一撃で再起不能にする準備をした。

 しかし。


「『魔導八相・降魔』……気付かれぬとでも思ったか?」


「ごはッ」


 あと一歩のところで男が振り向き、差し出された掌底が俺の腹へと収まった。

 突進のスピードをそのままにめり込んだ掌底は俺の内蔵をいくつか破壊し、俺血を吐きながら後ろへ跳び転がる。


「げほっ!ご、はっ……気付いていたのに何故リーシェ達を見逃した?」


「我は女子供を殺す趣味を持たぬ。……それにどうせ無駄なことだ。皆我と同じ魔人と化すのだ」


「それは随分と優しいな、こんなことをしてなければ素直に褒めてたよ。この偽善者が」


 悪態を吐きながら息を整える。視界の端でティオネとリーシェが話しているのが見える。

 無事に距離を取れたようだ。

 ……待てよ?こいつ今なんて言った?「我と同じ魔人」?

 俺が男を探るように見ていると、それに気付いたのか男は顔に巻きつけていた布を外し笑うように言った。


「そうだ。我は上位魔人『克欲』カナン。欲の開放、救済を与える者なり。我が天命、我が王の命により、この魔方陣を死守する者なり」


 カナンの顔の皮膚は焼け爛れ、頬は歪み、額は角のように捻じれ、まるで嗤う鬼のようになっていた。

 その顔に怯みかけるが、息を呑んで拳を前に構える。

 上位魔人……確か理性を保ったまま魔人と化してしまった元人間。悪意と欲、害意の強い人間が『歪み』と上手いこと適合するとこうなるらしい。

 普通の魔人とは比べ物にならないほどの力を持つと言われるが……確かにカナンは強そうだ。今の反応速度や技、おそらく身体能力でさえも今の俺より上だろう。


「俺は新出入……いや、ハイルだ。シルバーフォートに救われた、ただの人間だ。恩を返すためにお前を……殺す」


 だが、負けるわけにはいかない。

 俺はこの街に住む人々に恩がある。


「その意気やよし。ならば返り討ちにしてみせよう」


 カナンはそう言って、ゆっくりと一歩踏み出した。

 俺は相手の動きの隙を見て、脚力強化で飛び込むために観察をしていた。

 1歩、2歩、3歩。


「ハイル!何をしてるの!?もう目の前にいるわよ!」


「えっ、うわ!」


 しっかりと見ていたはずなのに、カナンは既に俺の懐まで歩んでいた。

 慌てて対応しようと拳を振るおうとするが弾かれ、逆に手刀を喉、みぞおちに付き入れられる。


「『魔導八相・託生・降誕』……汝は修練を積んだ相手との戦闘に慣れていないのだな。随分と容易く術中に嵌る」


 喉を抑え崩れ落ちる俺を見下すカナンから急いで距離を取り、再び見据える。

 なぜ気付けなかった?俺とカナンの距離は確かに離れていたはずだ。あの距離をたった3歩で?

 混乱しながらも立ち上がり、今度はこちらから攻め込むことにする。

 脚力強化で1歩目で相手との距離を詰める。

 拳に魔力を乗せ、えぐるように拳を振り上げる。


「『魔導八相・成道』随分と粗末な技だ。魔力量、身体能力は十分。技も経験も足りぬ」


 カナンの姿がまるで空気のように拳から滑り落ちていた。カナンの姿が視界の隅から影のように現れ急浮上してくる。

 迫りくる拳を見て、急いで両腕を構えて防御の姿勢を取る。


「くっ!」


「『魔導八相・求道』受けもなっていないな」


 俺の防御は簡単に突破され、魔力で強化された豪速の拳が俺の腹部を貫いた。

 そのまま内部を破壊するように、カナンの腕から魔力が全方位に向けて放たれた。


「つまらぬ。もう終わりか……ん?まだ息をしているのか」


 俺は力を振り絞り、カナンの腕から離れ地面に落ちる。

 あの遺跡を出てから再生能力や不死が段々と弱まってきている。

 こんな重傷を治そうとすれば、数分は気を失ってしまう。たかが数分だが、この怪僧がリーシェ達を殺すのには十分な時間だろう。そうなってしまえばもう誰もこの街を救えない。

 全員化け物になって、殺しあってしまう。

 俺を救ってくれた街や市民達。

 そして何よりも、俺を助け出してくれたリーシェが。


「それだけは絶対に駄目だ……!」


 息を吐いて吸って、魔力を拳に溜める。

 これは少ないながらも、俺が結んだ縁による力だ。膨大な魔力をそのまま放つわけでも、不死の力でもない。あのクソ老神に与えられたそのままの力ではない、教えられた技術だ。


「喰らえッ『ブラスト』!」


 拳を地面に叩きつけ、魔力を放出する。

 同時に突風が放たれ、俺の体は拳の反動と合わせ勢いよくカナンの方へと射出される。

 しかし、俺の体はカナンの脇を通りそのまま後ろへと飛び込んでいった。


「最後の力を振り絞りなお、一撃も食らわせられないか……未熟な」


 カナンは一瞥すらせずに、そのままリーシェ達の方へと歩みを進めていく。

 魔法を使って攻撃するティオネが見えるが、やはりカナンに効いていないようだ。

 俺の意識は落ちていく。

 頼むから……間に合ってくれ。

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