第30話
勢いよく飛び出したカナンが弾丸のように疾く距離を詰めてくる。
そして繰り出されるのは左のストレート――をフェイントにした右下より迫るアッパー。
俺は顎に当たる寸前で、スウェーで相手の右側へと回り込み左の手刀で首を打つ。
「ぐぬぅ!」
カナンの首からおびただしい量の血が吹き出る。
極限まで速く放たれた俺の手刀はもはや打撃ではなく斬撃にまで達していた。
無論これも技ではない。ただ思い切り手を降っただけに過ぎない。
体勢を崩したままのカナンに更に右足によるヤクザキックで追い打ちをかける。
距離を詰めてきた時よりも疾く吹き飛んでいき、カナンはそのまま壁に激突すると思われたが、どういうわけか空中で不可思議な静止をして、軽やかに着地した。
「大量の『歪み』で一時的なブースト……。異常なまでの『歪み』への適正、汝も上位魔人の器を持つ者のようだな」
「俺もこれほどまでに強化されるとは思ってなかったよ。これならお前の事も手間を掛けずに倒せそうだ」
未だに目の前の魔人が持つ技は、俺には理解できない。魔法なのか、武術なのか、それともまた俺の知らない異世界特有の技法なのか……。
それでも今の俺ならばこの魔神を倒せると確信していた。
『歪み』は俺の魔力源だ。
正確には俺以外の全ての生物にとっても魔力源だが、俺にとってはもっと重要な意味を持つ。
永い間『歪み』を受けてきた俺の体はもはや、『歪み』による悪影響なんてほとんど気にせずにいられるし、得た『歪み』を直接魔法発動のコストにできる。
それはつまり膨大な魔力を持ちながらも、それに見合わない出力しか出せない俺の魔法の稚拙さを、得た『歪み』を即座に魔法に使うことによって補えるということだ。
だから今の俺は普段の数倍、いや数10倍以上の身体強化ができている。
『
超身体強化で消費されている『歪み』を考えると、いつまで持つかは分からないが、少なくともこの魔人を倒すことはできるだろう。
俺は思い切り踏み込み、倉庫の床を破壊しながら真正面に跳ぶ。
これで終わりだ。
そう思い拳を振り上げると、カナンが目を瞑っているのに気づく。
勝負を捨てたか?
「『
突如熱風が吹き荒れた。
足で床を擦り何とか踏みとどまれた。
一体何が起こった……ではない。恐らく今のはカナンの魔法だろう。ではどういった魔法なのか?
「気をつけてハイル!それは魔人の使う特殊魔法だよ!それぞれの魔人が固有の魔法を持っていて、既存のどの魔法にも属さない特殊な効果や力を使ってくるの!」
「やはり考古学者の女、汝は知恵者のようだ……。我らが魔人の特殊魔法は魂に刻まれた因果を身に宿し、表出させる。我が身に刻まれし因果は懺悔の炎。総てを焼き、赦す灼罪の炎!我が妻子のように、汝も燃やし尽くしてやろう!」
カナンの叫びに呼応するように、地を火の粉が走り、後を追うように火柱が燃え立つ。
見ればカナンの姿も焼け捻じれた皮膚の隙間から炎が吹き出し、鬼のような顔は更に恐ろしさを増していた。
「……!……!」
リーシェ達の声は屹立する炎の壁に阻まれ届かなかった。
「一騎打ちだ。既にあの者たちが手出しできる領域ではないが、念の為にな」
「お前も本気ってことか。計画を壊され、技も打ち破られて怒り心頭に発すってわけか?」
カナンは笑った。同時に炎が勢いを増し、熱が俺の体を焼く。早めにケリを付けなければ俺の体も燃え尽きそうだ……。
「怒りではない。敬意だよ」
「敬意?俺に敬意を払ってるのか?」
「そうだ。狡猾にも我を欺き出し抜き、そして我の技を打ち破る強さを手に入れた汝に。我が最大の誇りである魔人としての力と技を持って葬ろうというのだ」
「なるほどね。だができるかな。今の俺は最初よりも遥かに強いぜ」
そして。2回戦、仕切り直しが始まった。
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