第17話

 結論から言うと、大人の階段を上ることはなかった。

 俺達は今武器屋にいる。


「ほら、ちゃんと見て選ぶにゃ。これから自分の得物になるものなんだからにゃ。大丈夫。武器の1つくらい買うお金はあるにゃ」


 フレイがナイフを目の前に持ってきてなぞりっている。その目は真剣で品定めをしている。

 お礼というのは必要な武器を1つ買ってくれるという物だった。元冒険者として先輩からの餞別だそうだ。


「と言ってもな。俺は武器なんて持ったこともないし、使ったこともない。どれが良いかなんてさっぱりだ」


「それでは、裏で試し振りでもしてみますか?お客さん」


 店員が話しかけてきた。こういうの日本のアパレルとかでもあるよなぁ。とにかく話しかけられるのが嫌いだって人もいたけど、俺はわりと大丈夫なタイプだ。


「いいんですか?じゃあフレイ。振ってみるから俺にあってそうか教えてくれ」


「分かったにゃ。とりあえず武器は種類沢山もっていくにゃ」


 フレイが適当に見繕った武器を俺が持ち運ぶ。ガチャガチャと音を鳴らしながら店の中庭まで持っていく。

 中庭は訓練場のようになっていて、雑草が抜かれていて、よく使われているのだろう。ところどころ土がむき出しになっている。

 武器を立てかけるためのラックがあったので、そこに置いておく。


「さて、さっそくやるか……いいなフレイ?」


「大丈夫だにゃ。見極めてやるから、ちょっと振ってみるにゃ」


 俺は手ごろな剣を持って握る。目の前に仮想の敵を用意する。200億年暗闇にいた俺の想像力は自分で言うのもなんだが、結構すごい。

 身長、頭の大きさから腕の長さや足の長さまでを正確に想像し、目の前に投影する。その敵を見据えて、浅く呼吸をする。

 剣を振りかぶり、下す。袈裟胴というんだったか。剣道なんて授業で少しやっただけだが、これであっていたはずだ。

 剣を再度構えなおして下す。


「どうだった?フレイ」


「ダメにゃ。才能がないにゃ」


 ダメか。次は槍を取って突いて払う。どうだ。


「子供の遊びの方がまだ上手にゃ。へっぴり腰直すにゃ」


 斧をとって振り回す。力の限りに。


「羽虫を払っているみたいに、力が伝わってないにゃ」


 弓を取って的に撃つ。……フレイの方向に飛んで行った。


「危なッ!……せめて、的の近くに当てるにゃ!」


 その後も色々な武器を試したが、そのことごとくにダメ出しをされた。


「もうそこまで行くと何を使っても同じにゃ。好きなの使うといいにゃ。……これでも12歳の時から戦いを生業にしてきたけど、ハイルほどのは始めてにゃ」


 諦めた様子でフレイは言う。何を。俺はまだ諦めていないぞ。


「それじゃあ、オーソドックスに剣を使うか。店員さん、これ買います」


 店員から刃渡り40㎝ほどの長い直剣を買い。腰に差す。


「それじゃあフレイ。あの2人との待ち合わせ時間になるまで、そこらへん見て回るか」


「待つにゃ」


 フレイがため息をつきながら、近寄ってくる。


「なんにゃ」


「真似するなにゃ。店員さんここ少し使わせてもらってもいいかにゃ?……ありがとうにゃ。ハイル、剣を出すにゃ。少し使い方教えてやるにゃ」


 店員に許可を取ると、俺に剣を抜くように指示を出した。


「いいのか、剣買ってもらったばかりか、そんな」


「このまま、使わせたら一緒に戦う人が危ないにゃ。せめて、剣に振られないように、重心の使い方くらい教えるのが先輩の義務にゃ」


 そう言ってフレイは俺に剣の持ち方から教えてくれた。握り方から剣の重さを使って剣をふるう方法など。

 そうして、大体1時間ほど経ったころ。


「ふぅ……ふぅ……まさかこんなに手こずるなんて。なんで踏み込み方を教えたら、剣の握りが甘くなって、足さばきを教えたら上半身がヘロヘロになるにゃ……!」


 俺としては結構できるようになったつもりなんだが、フレイはそうじゃないようだ。

 まあ、もういいだろう。


「フレイ。そろそろ時間だし出発しないか?」


「うぅ……1時間剣を振り続けて、まだ息が切れてないなんて、この体力お化け!」


 フレイが息を整えるのを待って、店の外に出た。

 大通りに出ている露店を見つつ、約束の場所に行こうとしている最中だった。


「……ごめん、ハイル。ちょっとこっちに来てほしいにゃ」


 俺の手を引いてフレイが路地裏へと入った。

 おいおい。これはマジで大人の階段上っちゃう奴なのか?参ったな……こちとら、200億年も人との交流がなかったんだぜ。

 路地裏に進むフレイが振り向いてこちらを見る。そして俺に近づいて……。


「隠れてないで出てこい。ついてきているのは分かっている」


 俺の後ろへ声を投げかけた。驚いて振り向くと、路地裏の陰から男が1人現れた。

 ひょろながい男で顔はいいが、滲み出る陰湿さが1つ1つの仕草に表れている。短髪の暗い青い髪からは猫耳が出ている。


「や、やあフレイちゃん。久しぶりだね。僕に気づいてくれるなんて嬉しいよ」


 そこかしこを見ていた青い目を、じろりとフレイに見定めて体中を見回す。

 なんだこいつ、気持ち悪いな。

 知り合いかと思い、フレイを見ると嫌悪感を露にしている。


「黙れ、このストーカー!お前の下手な追跡なんてすぐにわかるにゃ」


「ふ、ふふふ。大丈夫だよ。僕はずっと君についていくから……隣にいるのは昨日見たな、Dランクの冒険者だったか?」


 会話が成立していない。やはりこの男、おかしいのだろうか。


「なあ、フレイ。こいつ一体誰なんだ?」


「この男はスヴェイ。私がまだ冒険者をしていた頃に、新米だったあいつを助けたことあったにゃ。それから、私に執着してストーカーになったにゃ」


 なるほど。助けられて運命を感じてしまったタイプのストーカーか。このタイプは思い込みが激しくて面倒なんだ。以前友達がついて回られて大変な目にあっていた。


「気持ち悪くて面倒だな……」


 思わず口から出てしまった。やってしまったと思い、手で押さえるがもう遅い。

 スヴェイを見ると、口をパクパクさせ、その青白い顔を赤くしながら怒っている。


「おおおおおおおお、お前ッ。僕の事気持ち悪いって言ったな!フレイちゃんに近づくだけじゃなく、僕に暴言吐くなんてもう許さないぞ!」


 スヴェイが腰に差していた剣を引き抜き、上段に構える。


「まずい!ハイル!気を付けて!あいつ実力だけは確かだから……」


 フレイが何か言っているが、スヴェイが動く方が早かった。脚で地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。

 おかしい。この男の貧相な体じゃ、ここまでの脚力は出ないはずだ。

 魔力で目を覆う。調査団の寮社に忍び込もうとした時に使った方法の応用だ。以前は透視に使ったが、今回は魔力を受け取れるように調整する。


「Dランクのくせに、フレイちゃんに、近づく、なんて、生意気だよ!」


 スヴェイの振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ。それらを躱しながら脚を見る。

 やはり、魔力を使っているのか。魔力が燃える炎のように脚全体を覆っている。

 スヴェイが距離を詰めるために地面を蹴ったり、剣を振るうために踏み込むたびに瞬間的に脚を覆う魔力の量が増大している。


「もう、躱せないぞ、これで、死ねぇえぇぇえええええ!」


 いつの間にか壁際に追い込まれていたようだ。スヴェイが剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。

 それと同時に右手を頭を防ぐように差し出す。それを見たスヴェイが一瞬驚きながらもすぐに笑う。


「はっ、右手を切り落としてやる!このまま、田舎に帰るんだな!……なっ」


 スヴェイは驚き、剣を取り落とす。

 剣は俺の右手に食い込まず、皮膚も切り裂けずに止められていた。


「な、何をしたんだ……」


「お前の魔力による身体強化と同じことだよ。腕の外側に膜のように、大量の魔力を引き延ばして貼っておいたんだ」


「ば、馬鹿な。そんなこと失敗すれば右手が落ちるぞ!」


「おかしな心配をするな?俺の手を切り落とそうとしたくせに。成功すると思っていたし、それに俺は……」


 右手くらいなら再生するだろうからな。

 その言葉は出さずに飲み込んだ。初対面の不審者に言うような事ではない。

 そのまま、剣を抜いて腹でスヴェイの頭を殴る。


「ぐえっ」


「そこまでだ!」


 潰れるように倒れたスヴェイを見て、剣をしまう。丁度良いタイミングで、街の衛兵がきたようだ。

 衛兵の陰からフレイが現れた。いつの間にか抜け出して衛兵を呼んでいたようだ。

 気絶しているスヴェイは衛兵に引きずられていった。残った衛兵は俺とフレイの所属や住所を聞いて、また話を聞くことがあるかもしれないと言っていた。


「なあ、これ普通にフレイが倒せばよかったんじゃないのか?」


「私がやるとちょっと問題があるから……」


「そうか……フレイがそういうのなら、そうなんだろうな」


 何か複雑な理由がありそうなので、触れないでおいた。こういうのは気軽に踏み込むと巻き込まれるからな。


 その後、ひと悶着あったが無事にリーシェ達と合流できたので、食事に行くことにした。

 ただ、食事をしている途中分かれた時とは正反対に、リーシェが虚無の表情をしてティオネが満面の笑みになっている。

 何があったのか聞くと。


「私より……大きかったのよ」


 何が。

 そう聞こうとしてやめた。リーシェが胸を押さえていたからだ。

 別にリーシェだって小さいわけじゃないと思うけどな。そんなに大きかったのか、ティオネは。

 そう考えた瞬間リーシェがいきなり顔を上げて睨みだした。こわい。


「洋服買った後ね、リーシェがお菓子いっぱい買ってくれたのよ!」


 そういって、異空間から大量の菓子を覗かせているのはティオネだ。

 こいつ俺と出会ったとき自分は大人だとか言ってなかったか?

 ただリーシェに連れまわされた甲斐あってか、白い簡素なワンピースからフリルのついたドレスのような手の込んだ服になっている。

 高かったから金を支払うと言ったが、リーシェは無言で領収書を見せてきた。


「すまん。俺がもう少し稼げるようになったら返すよ……」


 今の俺には到底払えそうにない額だった。

 どれくらいかというと、昨日行った薬草採取の依頼を100回繰り返したくらいの値段だったと言っておこう。


「いいのよ、別に。私が買ってあげたくて、買ったんだから。その代わり、大切にしてね」


 リーシェにまた恩ができてしまった。遺跡から出してもらっただけでも、返しきれないほどの恩だというのに。

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