第18話

枯れ枝を踏みしめる音がなり、咄嗟に後ろを振り向く。


「ギャギギ……」


 人型をしながらも、服を着ず粗末なこん棒のみを手にした、子供程度の大きさの魔物がこちらを見ていた。『マジックサーチ』は

 これはゴブリンだ。欠けた耳と尖った牙、そして緑の肌を持った魔物で、ずる賢い。今の俺のように森に入った得物を狩り、道具などを奪うことで生活水準を上げていく生態を持つ。

 薬草採取のために落としていた腰を上げ、剣を抜く。


「ティオネ。分かっているな?」


「分ってるわ。大丈夫、いつも通りね」


 横にいるティオネに確認を取り、走り出す。

 魔力により強化された脚は一瞬で、俺をゴブリンの元に運ぶ。俺はその勢いのまま剣を振り上げ、咄嗟に出されたこん棒ごと逆袈裟にゴブリンの体を切り裂く。

 しかし、こん棒により勢いを殺された剣は中途半端にゴブリンの体に突き刺さったまま、抜けなくなってしまった。


「グギャギイ!」


 両方の茂みから、隠れていた2体のゴブリンが飛び出してくる。

 再び言うが、ゴブリンはずる賢い。奴らの狩りは大抵が1体を囮にし、隙を見せた所で伏兵が獲物をしとめる。

 これによって普通なら狩ることのできない、格上の敵ですら奴らは仕留めて見せる。

 奴らの戦法を知らないのであれば、Cランク冒険者として実力を高めている者でさえ、敗北してしまうそうだ。


「ティオネ!」


「任せて!『ダブルバインド』」


 ティオネの差し出した両手から光で出来た鎖が伸びる。鎖は俺に飛びかかろうとしていた2体のゴブリンに絡みつき、そのまま地に落とす。


「残念だったな。もう、お前達の仲間とは一度戦ったことがあるんだ」


 地に落ち、縛られたゴブリンの頭を強化された脚力で踏みつぶす。

 絶命したゴブリンに刺さったままの剣を引き抜き、血をぬぐい鞘に納める。

 そのまま、息をつきゴブリンの血の匂いに顔をしかめていると、ティオネが離れた所から声をかけてきた。


「ハイル、やっぱり剣の才能ないんだし使わない方がいいんじゃないの?」


「……せっかく異世界に来たのに、武器を使わないなんて嘘だろ。それにゴブリン1体は倒せたんだ。十分だろ?」


「ふぅん。でも剣使ってなかったら私が魔法使うまでもなく、そのまま2体とも殴り倒せてたんじゃない?」


 それは、そうかもしれない。拳なら魔力強化の影響で底上げされた身体能力も扱いやすいし。

 でも、認めるのは少し悔しいので地面に落ちているゴブリンの死骸に取り掛かる。


「そんなことより薬草を回収しておいてくれ、俺はこいつらの討伐証を取るからさ」


「話をそらしたわね……。まあいいわ。倒せたんだしね」


 こういった魔物達は基本的に人間に対して敵対的だ。生物や非生物、概念といった物達が『歪み』を吸い込むことによって変異した彼らは、『歪み』のせいか生理的に人間を憎しみを持つように出来ている……らしい。

 なので、魔物は可能な限り討伐することが推奨されている。討伐した証を持ってくることによって、ギルドからいくらかの褒賞も出る。

 ゴブリンの場合はこの欠けた耳だ。

 ティオネに妖精は魔物ではないのかと聞いたら怒られた。発生の仕方は似ているが、根本的に違うものだそうだ。


「よし、回収完了。ティオネ、そっちも終わったな?それじゃ帰ろう」


 ティオネを連れて街へ帰る。

 遺跡から出てから1カ月。魔物討伐と薬草採取を繰り返し、俺はランクをFからEまで上げていた。


「お姉さん。これ依頼の物とゴブリンの討伐証です」


 もう依頼完了報告も慣れたもので、受付についてすぐに依頼完了の手続きをする。

 この街で冒険者登録をする人は少ないらしく、冒険者登録と依頼受付のカウンターは同じになっているらしい。


「はい。これで依頼は完了ですね。流石ですね、登録からEランクまで依頼失敗0の人は私始めて見ましたよ」


 このお姉さんはかなりこの仕事をやり慣れているらしく、こうやって依頼終わりに雑談をすることがある。

 それにしても依頼0が初めてとは、俺はFランクから始めたしそんなにすごい事じゃないと思うが。


「そうなんですか?魔物とかも弱いし、俺と同じ人は多いと思っていました」


「ええ、大抵の人は採取する素材がどれか分からなかったり、採取依頼で初めて出会った魔物に驚いて帰ってきてるうちに期限が過ぎてしまうんですよ」


 ああ、確かにそういう事ならありそうだ。俺も最初の依頼では魔法を使うまでミドリ草がどこにあるのか分かってなかったし、オオカミ達に襲われた時は動けなくなって首を噛まれたしな。

 ……そう考えると、不死身じゃなかったらあそこで死んでいたわけか。

 なんだかんだ言ってあの神に助けられ……いや、ありえない。そもそもあいつが俺を閉じ込めなければ、もっと言えば礎にしようとしなければ日本でも死んでなかったんじゃないか?


「そうだハイルさん。あちらにお客さんが来ていますよ」


 お姉さんが指さした場所を見ると、そこには1階の酒場で酒を飲んでいるリーシェがいた。

 確かこの世界ではリーシェの歳くらいから、既に酒は飲んでよかったはずだ。

 というか、この世界の人は本当によく酒を飲む。仕事の前も後も、休みの日もほとんどの時間で酒場で誰かが酒盛りをしている。

 もちろん彼女ももれなくその1人で、時々ここに訪ねてくるといつも酒を飲んでいる。


「あ、ハイル!ハイルも一緒に飲もうよ!」


「リーシェったら、また飲んでる……」


 酒に酔ったリーシェがこちらを見つけて手を振ってきた。酔った彼女は少し、口調が砕ける。

 リーシェの向かいに座って、俺は普通の食事を頼む。ティオネはまた菓子を頼んだ。また、この子はお菓子ばっかり食べて……。


「いや、俺はいい。それよりも今日は何の用できたんだ?」


「んー?……ああっ、すっかり忘れるところだった!」


 リーシェはカバンの中から地図を取り出して机に広げた。シルバーフォートが中心に書かれていることを見る限り、このグリーンバレー領の地図のようだ。

 しかし、測量技法がまだ発達していないのかそれとも防衛上の理由からか、大体の方角と距離だけが描かれている。


「今日はハイルに依頼がしたくてね。一緒にこの遺跡に行ってほしいんだ」


 リーシェが指さした所には赤い丸で印がつけてある。シルバーフォートから東にある大きな山脈の陰になっている遺跡だ。


「遺跡の調査か?だったら、フレイや調査団の人達といけばいいんじゃないか?」


「それは、駄目。フレイは最近別件で忙しそうで頼みにくいし、そもそもこれは個人的な遺跡探索だから調査団の人の手を借りるのはちょっとね……」


「なるほど、俺がいた遺跡の調査に行った時と同じってことか。でも大丈夫なのか?前みたいにウェスターに怒られたりはしないのか?」


 リーシェはカバンからまた何かを取り出して地図の上に置いた。これは……許可証?


「今回はちゃんとウェスター団長から許可をもらってきたよ、謹慎も解けたしね」


 そういうことなら、大丈夫か……いやこれは俺の方が良くないんじゃないか?こういう依頼を勝手に受けるとギルドから怒られるから注意しろと、受付のお姉さんに雑談で聞いたことがある。

 そう思って、お姉さんに聞きに行ったのだが。


「ええ、構いませんよ。国の組織である調査団に許可を取っているのなら遺跡調査は問題ありませんし、今回はギルド員ではなく個人としてハイルさんに依頼を行っているので、ギルドの規則にも抵触していません」


「なるほど、つまり大丈夫ってことですね?」


「あんた、半分くらい分かってないでしょ……仲介料とか上納金とかも要らないのよね?」


 俺の代わりにティオネが聞いてくれた。こういう、交渉事は多分俺は向いていない。これからも、ティオネにこのまま任せる方針で行こうと思う。


「はい、ですがこの依頼を一度こちらで預からせて頂けないでしょうか。丁度ハイルさんも経験を積んできたことですし、この依頼をDランク昇格試験にしてみませんか?」


「つまり、そっちに一度委託をして仲介料を取る代わりに、リーシェからの依頼を昇格試験にするってこと?このままリーシェから直接依頼を受ければお金が増えて、あなた達ギルドから依頼を受ければDランクになれるってわけね。どうする?ハイル」


 そういうことだったのか。あぁ、このお姉さんは結構やり手なのかもしれない。

 ギルド員がギルド外で依頼をするぐらいなら、一度依頼を預かって功績を与えるのと引き換えにお金を貰おうってことか。

 俺としてはお姉さんの提案に異論はない。今はお金よりも社会的地位の方が重要だからな。

 俺の今の目標は家を買って、帰る場所をつくることだ。

 そうでもしなければ、旅の醍醐味ってかなり減るからな。

 旅は帰る場所あってこそだ。


「ギルドに仲介してもらおう。今はランク上げの方が優先したい」


 リーシェを呼んで依頼の手続きをしてもらった。

 その後の話し合いですぐに、依頼に出発することになった。リーシェが食事をとっていたのは出発前の腹ごしらえだそうだ。

 ……あんなに酒を飲んでいたのに大丈夫なのか?

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