第19話
グリーンバレー領は大陸を縦断する大山脈の麓に位置する。その過酷さゆえに今まで多くの国や民族が住んでは、滅びていった。結果が、遺跡の多い王国の中でも特に遺跡探索で栄える、このシルバーフォトだ。ただし、こういった正の側面の他にも、南に位置する帝国からの圧力や干渉を受けやすいという負の側面も併せ持つんだよ。
ウェスターに挨拶をしに行った時に、この土地についてそんな説明を受けた。
確かに、この土地は生きていくには少し厳しいのだろう。山脈の方向に向かうにつれ勾配を増していく坂道を登りながらそう考える。
一息ついて顔を上げると、大山脈が目に入った。
見上げ、見渡すほどに雄大という言葉が相応しい。今回行く遺跡はそんな山脈の入口付近にある小さな遺跡だ。
「ハイル~!そんなに休んでいたら、いつまで経っても遺跡にはつかないよ」
既にかなりの差がついたところから、リーシェが声をかけてくる。さっきまで酒を飲んでいたとは思えないほどの体力だ。
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。むしろお前はなんでこんなに歩いて疲れていないんだ!」
重くなった脚を引きずりながら、遠くにいるリーシェに大声で答える。
あの神、やっぱり俺に苦痛を味あわせるためにわざと体力が回復しないようにしたな。やっぱり感謝なんてしてたまるものか。
「これでも調査団の一員よ!これぐらいの体力がないと遺跡調査はできないから」
「ねえハイル。魔力で強化したら?そうしたら、少しは楽になると思うけど」
そう言って俺の後からついてくるティオネは、魔力で形成した羽で飛んでいる。
俺も魔力を使えば、同じように空を飛ぶようにホバー移動ができる。それでも、やらなかったのは単純に魔力がもったいないからだ。使わなくてもどうにかできる状況で、資材とかは使わないタイプ、エリクサー症候群なんだよ俺は。
しかし……。
俺はリーシェの方を見る。
「ラララ~」
「あっ、魔物」
まだ酔いが少し残っているのだろうか。歌いながら歩くリーシェの上空で鳥の魔物が頭を狙っていた。
ここから魔法を使って鳥を打ち落とすこともできるが、どうせ魔力を使うなら一石二鳥を目指そう。
「ティオネ、ちょっと捕まってくれ」
「うん、わかったわ。あれをやるのね」
俺が何をするのか分かったようで、ティオネは魔力の羽を納めて俺の背に乗っかる。
息を整えて、魔力を脚に集中させる。上半身から力を抜き、地面を強く踏み駆け出す……というよりかは、跳ぶ。
「うわっぷ」
景色があっという間に横に流れていく。口を閉じていなかったティオネが間抜けな声を出すのを聞きながら、2歩目3歩目と加速する。
テンションの上がった俺は、そのまま歩くリーシェを抱えて走る。
俺は風になる。俺は風だ。風が俺だ。
しょうもないことを考えながら走っていると、山脈の内部に向けて掘られた洞窟のようなものが見えてくる。
脚を止めて、抱えているリーシェに話しかける。
「よう、リーシェ。ここが遺跡の入口か?」
「――。」
「リーシェ?」
「無駄よ、気を失っているわ」
どうやら、やはり何も話さずにいきなり抱えて走ったのはまずかったようだ。
「リーシェ、この遺跡はどういう遺跡なんだ?」
「……ふん」
「リーシェ?」
リーシェは俺の問いに答えず、遺跡の奥に進んでいく。
怒っているな確実に。
「すまなかった。しょうがないだろ?リーシェの事を魔物が狙っていたんだ。助けるためだったんだし、許してくれ」
とりあえず、誠心誠意頭を下げてみる。日本で学んだ処世術だ。怒っていたらとりあえず謝っておけ。
他の国ではむしろ逆効果になることも多いので注意だ。ただ、俺の経験則では、この世界でもそれなりに通用した。
「確かにそうだね。いつまでも怒っていてもしょうがないし……次からはできるだけ声をかけてから助けてね?」
「分ったよ。できるだけな」
そう答えると、リーシェは呆れた様子でため息をついてからこの遺跡についての説明を始めてくれた。
この遺跡は高い技術力を持ったドワーフの遺跡と言われていて、様々な罠があったそうだ。
今はすでに調査団によって、探索されつくして罠などは残っていないそうだ。
……ただ1つを除いて。
リーシェは今日ここに、マッピングをしにきたそうだ。前回の調査では罠に邪魔をされて作る暇がなく、資料から地図だけが抜けていたらしい。
リーシェの後を歩きながら警戒をしていると、壁からガコンと音を立てて金属でできた手のような物が射出された。
地面に転がった後、指を探るように動かし自立する。そうして、人でいえば第一関節部分に複数の目が現れる。それらがギョロギョロと辺りを見回し、こちらを見つけると手が浮遊した。
「出たよハイル。後ろから魔法で支援はするから、前衛を頼んだよ!」
前に出てリーシェを後ろに下がらせる。剣は抜かずにそのまま拳を構える。
この手は侵入した魔物や敵を排除するために作られた、ドワーフの機械兵で鉄でできているため剣はあまり効かない。
これが俺が今回依頼で同行することになった理由で、調査団の精鋭でも解除できなかった罠だ。メタルハンドと呼ばれているらしい。
メタルハンドは空に浮かぶと、そのまま拳の形になり高速で突っ込んでくる。
避けてしまえば、後ろにいるリーシェやティオネに当たってしまうので、蹴り上げることで軌道をそらす。
「『ファイアボール』」
上に飛んだメタルハンドを狙って、リーシェが魔法を使う。リーシェの持つ小型の杖から出た火の玉がメタルハンドを掠めるが、大したダメージは負っていないようだ。
旋回して再び襲い掛かってくるメタルハンドを拳で弾く。
「『バインド』」
ティオネがそのまま魔力で形成した縄で壁に押さえつける。
「火は効きにくいみたいだ!リーシェ効きそうな攻撃は?」
「任せて!その魔力ごと潰すけどいいよね!」
「うん!」
リーシェの魔法を警戒して、一応距離を放しておく。確か彼女の使える魔法は火と土だったはず。だとすれば鉄に効きそうな攻撃魔法は、潰すという言葉からも考えてかなり強力なものになるはずだ。
「『リピーティングロックショット』」
リーシェの魔法名を叫ぶと、遺跡の地面から大量の岩が現れメタルハンドへ殺到していく。
ティオネの放った魔力の縄が千切れ、逃げ出そうとするメタルハンドを大量の岩が、壁に何度も叩きつけていく。
弾かれるだけだった大岩が、段々とメタルハンドの表面がへこませ……。
「よし、倒せた!」
もはや原形をとどめないほどに歪んだメタルハンドが地に落ちた。恐ろしい数の暴力だな。
リーシェが落ちたメタルハンドを確認し、これまで発見された物と違いがないと分かると、俺達は先に進むことにした。
これは余談だが、ティオネは全力を出していないし、俺は魔力を使っていない。せっかく、リーシェが張り切ってくれているのだからと気を使った結果だ。
それに、もしも本当に危険な相手が出てきた時、リーシェが1人でこの遺跡から逃げられるかどうかの判断もしておきたかった。この様子なら大丈夫そうだが。
道中何度かメタルハンドを倒した以外に特に罠はなかった。以前調査団が入って危険はほぼすべて取り除いたのだから、当然だといえばそうだ。
最奥に着いて、マッピングをしていたリーシェはやっと口を開いた。
「おかしい。この遺跡、まだ部屋があるはず……」
「どういうことだ?ここまでほぼすべての道を歩いただろ、脇道もすべて」
地図を見ながら、ペンで書きこんでいるリーシェの後ろから地図を覗くと、確かにいくつか脇道が不自然に曲がっている。まるでそこに部屋があって迂回しなければいけなかったかのように。
「うーん、どうしよう。今から仕掛けを解くには時間が……解いたとしても装備がなぁ」
悩んでいるようだ。ここは依頼主のためにひと肌脱ぐべきだな。
「ハイル。あなたが探ってあげたら?」
「俺もちょうどそう思っていたところだ」
疑問符を浮かべているリーシェを通り過ぎて、壁の近くに立ち、手を当てる。
掌に魔力を薄く溜めて、放射状に放つ。普通ならば魔力によって魔物が集まるのを警戒してマジックソナーは使わないが、今回ここにいたメタルハンドは目で辺りを確認していた。
道中、いくつか目を破壊し魔力を流してみたが反応はなかった。
「あれはねー。ハイルが使う魔法の1つで『マジックソナー』……」
ティオネが俺の魔法をリーシェに説明している声を聞き流す。俺は返ってきた魔力に集中しないと。
今までに通った道、いまだ壁に仕込まれているメタルハンド達、そして……。
「確かにあるな。隠し部屋が……待て!人がいるぞ!」
返ってきた魔力の反応には明らかに人型の物があった。一瞬ゴブリンのような人型の魔物かと思ったが、これは違う。縄で縛られ、周囲には何人かの人が立っている。
他に部屋の中には食料や水、寝袋といった明らかに人が住んでいる形跡がある。
「どういうこと?隠し部屋に私達より先に入っていた人がいるってこと?」
「ああ、そうだ。だが穏やかじゃないな。そいつらは隠し部屋で誰かを監禁しているみたいだ」
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