第20話
ハイルがマジックソナーによって遺跡の隠し部屋を見つける少し前。
隠し部屋では老人が1人縄に縛られ、座っていた。
彼の名前はエクラール。誇り高きエルフであり、魔法研究家だ。……誇り高きというのは訂正しよう。彼はエルフという種族の特性から乖離している。
エルフというのは閉鎖的で、選民思想を持ち、同族意識が強い。しかし、彼はまったくと言っていいほどに同族に対して何の感情も抱いていなかった。幼い頃より彼の興味は魔法だけに向けられていた。
魔法はどの様に発生しているのか、魔力とは歪みの本質は、魔法の根源は?それらの好奇心を満たすために行動していった結果、彼はエルフの街を飛び出し大陸全土を旅していた。
一時期は1つの土地に留まり、貯めこんだ知識を他者に授けたりもしたものだが、今の彼は昔のようにまた旅をしていた。
そしてその道中で彼は何者かに後ろから攻撃を受け、捉えられ、そしてここにいた。
(ここに来てから、既に1週間か?奴らは入れ替わりで儂の監視をしているようじゃが……最初に儂に幾つか魔法陣を描かせてから、ほとんどこのままとは、老人に酷な事をする奴らじゃ)
壁を背に座る老人の足元に酒瓶が転がってくる。老人をよそに、荒くれ者達は酒盛りをしていた。
「ったくいいのかねえ、こんな昼間っから酒ばっか飲んで」
「ほら、飲め!飲め!昼間から魔力を封じられた老人を監視するだけで、金がもらえるなんてな。こんな楽な仕事はねえ!」
「ハハハハハハハハ!」
監視と口にはしたが、荒くれ者は老人には目もくれず、酒を仰ぐ。落ちている酒瓶を使えば、おそらく縄をほどけるだろうが、老人はしない。
理由は先ほど荒くれ者が口にした通りである。
この遺跡の隠し部屋には魔法を封じる特殊なアーティファクトが設置されている。元々この遺跡にあったもので、巨大で範囲も狭く、動かせないというあまり使いどころのないものだ。
しかし、効果は強力で魔法使いであるのならどんな達人でも無力化してしまう。よってエクラールのような魔法使いが縄をほどいても、戦うことすらできないのだ。
(さて、どうしたものか……奴らに描かされた魔法陣は単体では効果を発揮しない。つまり奴らには雇い主がいる……と考えるべきじゃろうな。そやつが悪用をする前に脱出しなければならぬ)
と、考えてエクラールは姿勢を崩した。
(そう考え始めてもう何日経ったか……。奴らが酒に酔い寝たころに脱出しよう考えたが、すぐに交代で違う者が入ってきおるわ。最高で5人、最低でも今のように3人。魔法なしではどうやっても勝てんわ)
エクラールは既に諦め始めていた。無力化されている自分を殺さないのは、描いた魔法陣が本当に使えるかどうかを試している間だけだろう。そして、それが過ぎれば殺される。
そもそも、エクラールは国や人々に興味がない。最低限の善悪の分別はついているが、今まで一番に考えてきたのは魔法の事だった。
エクラールはそんな自分がこんな目に遭うのは当然だと諦めた。なぜなら予感がしていたからだ。もうあの魔法陣は使えるようになっているだろう。
偽物の魔法陣を描いて時間を稼ぐこともできたが、それはしなかった。魔法陣は、魔法はエクラールにとってただ1つの真実だからだ。そこに嘘はつけなかった。
「あ?……おい、指令用のアーティファクトが光ったぜ」
「ほう、ってことはもう終わりか?」
「ああ、このエルフのジジイは用済みってことだ」
周囲の荒くれ者達が部屋を撤退の準備を始め、エクラールを部屋の中央まで引きずった。
荒くれ者が剣を取り出し、エクラールを蹴り、無理やり跪かせる。
「おい、インテリのジジイ。俺は頭の良い奴が大嫌いだが、聞いといてやるよ。……何か言い残すことはあるか?」
「ない。貴様らのような愚か者にくれてやる言葉は特にない。さっさと殺すがよいわ」
剣が振り上げられ、自らの影に交わった時ついに、エクラールは死を覚悟した。
その時だった。
爆音と共に壁が爆ぜた。
「なんだ!何が起こった!」
剣を振りかざそうとしていた荒くれ者が下がり、剣を爆発のあった方向へ向けた。
瓦礫と土煙の奥から人影が飛び出した。
それはハイルだった。髪も目も黒く、肉体は鋼のような筋肉のハイルは、彼らにとってはまるで闇から現れた怪物のようだった。
ハイルは一度立ち止まり、荒くれ者やエクラールを凝視した。
ハイルの後ろからリーシェとティオネが顔を出した。そして、リーシェがエクラールを見て叫んだ。
「エクラールさん!?なんでこんな所に……いや、それどころじゃなさそうですね」
「……人攫いか。相手は3人」
ハイルはそれだけ呟くと、飛び出す。1歩踏み出し、2歩目で加速した。
目にも止まらぬ速さで弾丸のように飛び出したハイルは、エクラールのすぐ後ろで剣を構えていた荒くれ者の顔を殴り飛ばした。
「馬鹿が、考えなしに突っ込んできやがって!このまま切り裂いてやるぜ!」
吹っ飛んでいく荒くれ者の影に隠れながら、ナイフを持った荒くれ者がハイルの脇腹を狙って突っ込んだ。荒くれ者はそのまま、刺したナイフで内臓をえぐるようにねじ込んでいく。が、荒くれ者はナイフから手を放し、よろめいた。
「う、嘘だろ?ここで魔法なんて使えないはずじゃ……」
ナイフの刃は確かにハイルの脇腹に当たっていた。しかし、その刃は皮膚の薄皮ですら破けていなかった。
カラカラと音を立ててナイフが落ちると、ハイルはそのまま右の拳を先ほどの荒くれ者にしたように、ナイフの荒くれ者にも振るった。
間抜けな声を上げながら吹っ飛んでいく荒くれ者を見ながら、エクラールは考えていた。
(先ほどの爆発でアーティファクトが故障したのかと思ったが……儂が魔法を未だ発動できぬのだからアーティファクト自体は発動しているようだ。なら、なぜ魔法を発動できる?)
その時、エクラールはハイルの身体強化の発動の瞬間を見た。本来色も形もないはずの魔力が、闇のように黒く輝き脚に宿るのを。
(なるほど、あれが原因じゃな。あの男の異様なまでの魔力量。魔法発動と同時に魔力を散らすアーティファクトの効果を、遥かに上回る量の魔力で強引に身体強化の魔法を使っている……調べたい!あの男は一体何者なんじゃ!その魔力量の訳は?どうやってこの場所を見つけ出した?)
エクラールが注意深くハイルを観察する中、ハイルは最後の荒くれ者の元へ跳んだ。
恐怖に歪む顔をしながらも、荒くれ者は剣を横なぎに振るう。
今度こそ。
刃がハイルの首に当たった時、荒くれ者はそう思った。
しかし、そんな喜びに染まった荒くれ者の顔はすぐに絶望に変わった。
「俺の名剣が……」
荒くれ者が落とした剣は半ばから折れている。ハイルは魔力強化で首の硬度を上げ、剣に当てに行ったのだ。高速でぶつかった結果、よりもろい剣が折れた。それは落ちた剣が証だった。
「残念だったな。また買いなおせ」
拳を下から顎に食い込ませ、振りぬく。最後の荒くれ者はそのまま、後ろに倒れこんだ。
縄をほどくリーシェに礼を言いながらも、エクラールの目はハイルを映していた。
(やはり、彼の使っている身体強化は既存の魔法とは違う。術式も、構築工程も存在しない。ただ膨大な魔力に任せて、魔力の基本的な性質である『意志を叶える』という部分のみで発動させておる……)
通常、魔法を使う時は、魔力を効率的に技術的に使うために発動タイミングやその他の条件を指定する術式を考え、構築する。
リーシェが使った『リピーティングロックショット』ならば、射出される岩のそれぞれの大きさや数や正確な方向などを術式で指定しなければならない。
術式を使わずに魔法を使うこともできるが、それには使用者であるリーシェが、術式で指定するはずだった全てを意識しながら制御する必要がある。そんな物は普通の人間には不可能だ。それを無理やり大量の魔力で賄うのがハイルのやり方だ。
ハイルが初めて透視をしようした時に、目玉が爆発したことを思い出してほしい。過度な魔力を注ぎすぎると、あんな事が起きる。
現在のハイルは魔力を抑えて問題を解決したと思っているが、真逆である。
実際はさらに大量の魔力を使って、自分の望んだ結果になるように不都合な部分を打ち消しているのだ。
そんな異常な事をしている本人は、無駄遣いに気づかずに「ちょうどいい量の魔力を使って敵を倒している」と考えていた。
「さて、これで人攫い共は全員倒したな……知り合いみたいだけど、そこのお爺さんは一体誰なんだ?」
倒した敵が意識を失っていることを確認し、ハイルは解放されたエクラールの方へ振り返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます