第21話

 捕らえられていた老人、エクラールを助けだして、俺達はシルバーフォートへと帰還した。道中で老人から「出身はどこなんじゃ?どこで魔法の使い方を学んだ?その異常な魔力をどこで手にした?」とか色々質問攻めを受けて大変面倒だった……。

 気絶した荒くれ者達や、落ちていた通信用のアーティファクトは回収して街の兵士の詰め所に証拠と一緒に突き出しておいた。

 犯罪者の処罰は領主が決めるそうで、それまでは牢屋の中で拘置すると言っていた。


 本来ならばこのような事件の処理は、領主から任命された権利を持った裁判官が行うそうだが、今回は捕らえられていた人物がエクラールだということが大きいようだ。

 リーシェの話によると老人は有名な魔法研究家で、王都にある魔法学校という場所の創立者の1人だそうだ。リーシェも魔法の使い方を教わったことがあるらしい。

 そういった経緯で今回の事件は大事に扱われ、エクラールはこの街の賓客として領主が持て成すそうだ。


「なんど見ても立派な屋敷だな」


 そして、事件の翌日。俺達は領主の館まで来ていた。

 正確には領主の館にいるエクラールに会いに来ていた。

 その別れ際に、エクラールは何か俺にお礼をしたいと言い出したので、俺は彼から魔法を教わることにしたのだ。

 リーシェは昨日の遺跡について調べたいことができたと言って今日は来ていない。恩師が事件にあったのに冷たい奴だと思ったが、当のエクラールが「学問のためにはそうすべきじゃ」と言っていたので、良いのだろう。


「冒険者のハイルとティオネです。エクラールさんに会いに来ました」


「話は聞いています。どうぞ、お入りください。……館ではなく裏庭でお待ちしているとの事です」


 門兵の言う通りに館の門をくぐって左手に館を回っていくと、裏庭にエクラールがいた。

 なにやら実験をしているようで、剣を右手に左手で木片に魔法をかけては斬りつけている。

 実験が終わるのを待とうかと思ったが、長くなりそうなので声をかけてみた。


「エクラールさん。こんにちは。ハイルです」


「おお、君か。なぜここに……いや、魔法を教える約束じゃったな。覚えているとも」


「タイミングが悪かったのなら出直しますが……」


「いやいや、これはただの思い付きの暇つぶしじゃ。さっそく始めるとしよう!」


 エクラールは持っていた剣を放り出し、近くに置かれていた椅子に座った。


「すまんな。長期間監禁されていたせいで体力が落ちておるんじゃ」


「いえ、大丈夫です。むしろあんな事があったのに、すぐに頼んでしまって申し訳ないです」


「何を言っておる。今日の事は儂も楽しみにしておったんじゃ。さあ、こんな堅ッ苦しい礼儀はやめて魔法の話じゃ!」


 そう言ってエクラールは講義を始めた。

 魔法で空中に土製のボードを出して、そこにどんどん図が浮き出てきた。

 どうやら、図と合わせて講義をしてくれるようだ。

 要点をまとめると魔法は普通、効率の良い魔力の使い方を術式によって明らかにした後、それを魔法陣として一度図で表し、記憶する。そうしてやっと、それを思い起こすことと魔法を発動させるという意志で複雑な魔法は完成するというものだった。


「だからな。ハイル君のようにとっさに剣に負けない程に肉体を硬化しつつ動かす芸当は、高度な事は長年かけて効率化した魔法陣を使わない限りはできんのじゃよ。大抵の魔法使いは魔法陣を脳内で構築するための『詠唱時間』というものが必要になる」


「あぁ、なるほど。だから俺に『どこで魔法を学んだのか』なんて聞いたんですね。……あれ?だったらなんでティオネやリーシェには聞かなかったんですか?みんな俺みたいに即時発動で魔法を使っていますよね?」


 エクラールは俺の質問に長い髭をなでながら考えつつ答えていく。丁寧にボードに図を描いてくれている。


「簡単な理由じゃよ。ティオネ君は妖精だから我々人間の使うような魔法とは体系の異なる、妖精の種族能力ともいえる妖精魔法を使っておる。妖精魔法は自然の力をそのまま持ってくるから、詠唱なんて物は必要がない。完全なる同調じゃよ」


 以前ティオネに魔法の使い方の教えを請うたが、拒否された。どうりで何も教えてくれないわけだ。そもそも俺には使えないのだから。


「リーシェは儂が即時発動……我々は詠唱破棄というが、それができるように鍛えておいたからじゃ」


 詠唱破棄。かっこいい響きだな。リーシェそんなに戦闘面まで鍛えていたのか。遺跡探索するくらいだから、自衛できる程度には戦えるものだと思っていたが。


「分ったでしょ?私やリーシェはまだ人間の常識の範疇なのよ。だから術式の存在すら知らずに魔法を使うハイルが異常に見えてるのよ。このお爺さんは」


 俺達の話に興味なさそうにして、遊んでいたティオネが話に入ってきた。


「だからエクラールはハイルの事を調べたかったようだけど……無駄よ。こいつはただ、偶然長年大量の歪みを取り込み続けたせいで、同じくらいの大量の魔力を宿しているだけだもの」


 ティオネの話を聞いてエクラールは再び考え込み始めた。そうしてしばらくボードに何かを書いていたが、やがて振り返った。


「それを昨日聞いてからずっと考えていた……。普通歪みを受けた人間は汚染され魔物に……魔人といわれる物へと変容する。しかしそうならずに魔力に変え取り込んでいるとなると、考えられることは1つじゃ」


 俺とティオネはエクラールの続きの言葉を待った。

 歪みについての情報は、そのまま俺があのクソったれの老神に選ばれた理由に直結する。それが分かれば、少しはあの老神の元へ辿り着くための手がかかりになりそうだ。

 最近生活が安定してきたせいか、俺の中では老神への怒りが増幅していた。復讐というには相手がまさに雲の上の人物すぎて、厳しい物があるが理由を知れば少しは怒りが薄れるだろう。


「ハイル君は先天的に魔力の保有量が異常じゃ」


 あまりにも簡潔で、当たり前の答えに拍子抜けした。


「えーと、それって当たり前の事じゃないの?現にハイルには魔力が大量にあるんだから……」


 ティオネが俺に代わって突っ込んでくれた。

 すると、エクラールは訂正をしてより詳しい説明をしてくれた。


「うむ。その通り。当たり前だが、儂は君たちの知らないことをいくつか知っている。例えば、君のような異世界から来た人物は魔力量が多い傾向にある……とかな」


「異世界人の事を知っているんですか!?」


「ああ、知識として知っているし会ったこともある。ハイル君の話から考えてあの男も君と同じ出身だろう。だが、重要な事は彼の魔力量は君には遥かに及ばないということだ」


 どういう事だろう。俺と同じ異世界人ならば、その男も俺と同じような耐性を持っているはずではないのだろうか。


「魔人になる歪みの量には個人差がある。そしてそれは、保有できる魔力量に比例しておるのじゃ。あの男は自分が他の人間よりも大量の魔力を保持できることを知ると、『歪み溜まり』と言われる場所に突っ込んだのじゃ。『これで俺も魔力チートだ!』とか言ってな」


「歪み溜まりに?そんなことしたらすぐ魔人になるじゃない!」


 ティオネが叫んだ。どうやらこの世界の住民にとって『歪み溜まり』というのは相当に危険な代物らしい。


「その通り。その男は1時間とせずに魔人と化して最後には討伐された……」


 討伐されたと言ったエクラールの顔は何かを思い出すように、むなしい顔をしていた。知り合いだったのだろうか。その異世界から来た男と。


「たとえ歪み溜まりとはいえ、ハイル君が200億年という時間をかけて受け入れ続けた歪みの量には遥かに及ばぬじゃろう。つまりこれは、ハイル君は異世界人と比べても異常な量の魔力を持っている……ということを示すのじゃ」


「同時代、同地域から来たというのに200億もの時間のズレが出たことは神による謎の力。それで今はいいとして、俺の魔力量については何か分からないんですか?」


「保有できる魔力、つまり処理できる歪みの量は両親の処理能力をある程度受け継ぐものと言われておる。ハイル君の両親は何か特別な家系だったりはせんかね?」


 俺の両親はただの地方公務員だ。両祖父母もただの農家と商家だ。霊能力持っていたとか実は異世界出身とかはありえないだろう。


「いえ、まったく」


「そうか、では何もわからんの」


 なんだか、微妙な空気になってしまった。

 この後、空気を切り替えるためにもエクラールに魔法の使い方を教えてもらった。

 庭に被害を与えないように風の魔法を教えてもらった。……のだが。


「……君は街中で魔法を使わない方がいいの」


「……はい」


 風が庭の木々の葉を全て落としてしまった。

 どうしても魔力を込めすぎてしまうようで、構築した魔法陣からあふれた魔力が方向性を失った暴風として飛んで行ってしまうのだ。お前は思春期の暴走族か。

 その後無事に館の主クリスティアから怒られ、庭の掃除をさせられたのであった。

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