第22話

「もう二度と、私の館で魔法を使わないでくれ。分かったな?」


「はい、すいませんでした……」


「よろしい、ならば行け。私はこれからアーバー達との話さなければならない」


 制御できなかった魔法で、庭を荒らしてしまいクリスティアに怒られてしまった。あんなに立派だった庭があんな無残な姿になるなんて……。もう二度と人の家で魔法は使わないよ。

 部屋から出て館の中を歩いていると、向こうから男が歩いてくる。使用人ではなさそうだし、クリスティアの客だろうか。

 道を開けるために少し左にずれて頭を下げる。

 通り抜けてくれると思ったが、男はこちらに近寄ってきた。なんだ、やるのか?


「君、もしかしてハイル君かい?」


「はあ、そうですけども」


 人懐こい笑みを浮かべた明るい男。そんな第一印象だった。

 男は俺の名を聞くといきなり俺の手を握って勝手に握手を始めた。


「やっぱりそうだったか!昨日君がエクラール博士を助けたと聞いてね。君に会いたいと思っていたいんだ!」


「俺に……?あなたは一体誰なんですか?」


「ああ、ごめん。僕はフェルナンド・シルバーフォート。ここの領主の弟で姉の手伝いをしているよ」


 この男がクリスティアの弟……?アーバーから以前話には聞いたことがあった。

 よく見ると確かに髪は緑、瞳は黄色で姉のクリスティアと同じだ。目元も似ている。

 だがあまりにも、雰囲気が違ったので分からなかった。

 姉のクリスティアが冷たい冬のような人間だとすれば、弟のフェルナンドは春の陽気のような人間なのだ。


「そうですか、それは失礼しました」


「いやいや、そんなにかしこまらなくていいんだよ。そうだ、エクラール博士は元気かい?とは何度か話をしたことがあってね。」


 俺の方は正直言ってすぐにここから立ち去りたい。怒られた後で居座るのも居心地悪いし、フェルナンドだって俺のやったことを知ったら怒るかもしれない。


「元気でしたよ。さっきも俺に魔法を教えてくれましたし」


「へぇ、博士に直接ねぇ……。君はずいぶん気に居られたようだ。実力もありそうだし……」


 そういってフェルナンドは目を細めて俺を見る。

 ……本当に居心地が悪くなってきたな。


「すいません。人を待たせているので、この辺りで失礼します」


 俺の方からフェルナンドの横を通り抜けていこうとすると、フェルナンドが俺に声をかけて引き留めた。


「おっと、君にもう1つ聞いておきたいことがあるんだ」


 振り向いてフェルナンドを見ると、先ほどの顔は嘘のように、再びあの笑顔に戻っていた。

 そして、そのままの笑顔で俺に質問をしてきた。日常の会話をするように。


「君はこの街をどう思っている?」


 この質問の意図は俺には分からない。アーバーからは領主の弟には気をつけろと言われていた。

 俺にとってはこの街は本来寄る辺のない俺を受け入れてくれた恩のある街だ。それに、リーシェやフレイ、アーバー、ウェスター、クリスティアなど世話になっている人たちもいる。

 だから俺にとってこの街は大切だ。もしも何かあったら全力で対処するだろう。

 この男が俺の何かを探っているのは分かる。アーバーの言葉の意味もあまり理解できていないが、気をつけろと言った以上は危険な人物のはずだ。


「……大切な友人たちの住む街ですよ、それなりに気に入っています」


「そうか。それはよかった。この街を楽しんでくれ、異邦の人」


 だから俺は当たり障りのない言い方で伝えた。

 そして、フェルナンドも当たり障りのない返答をした。

 俺はフェルナンドと分かれて館から出て行った。

 異邦の人?この男は一体どこまで知っているんだ?そもそも、なぜ危険なんだ?

 館の外で待っていたティオネと合流してからも、フェルナンドへの疑念は膨らんでいった。


「……ところでティオネ何食ってんの?」


「ヌノノッツォ。執事のおじさんがくれた」


 ティオネの持っている茶色い塊から甘い匂いがするけど菓子なのか?それは。


「少し分けてくれよ」


「フーッ!少しもあげないよ!」


「猫かお前は……まあいいや。今日も仕事に行きますか」


 そうして俺達はいつも通りに、ギルドへ依頼を受けに行くのだった。

 ヌノノッツォは分けてもらえた。黒糖みたいな味がした。

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