第16話

 目の前の酒場で朝食を取りながら、リーシェとフレイの誤解を解いた。


「……妖精と契約?それも、精霊魔法による限定的なものではなく、宿主を自分にして、司る属性ごと変えさせたの?」


 リーシェが驚き、フォークで持ち上げていたベーコンを皿に落とす。


「そんなの聞いたことが……でも、一度古代帝国の勇者が妖精を連れていたって聞いたことがあるような。でも、それだって剣に宿らせて連れていたらしいし……」


「考えるだけ無駄にゃ。私には分からないけど、ウェスターさんだってハイルの魔力量は異常すぎるって言っていたにゃ」


 リーシェの横に座るフレイが目玉焼きを一口で食べている。こういった一息に飲み込むような食べ方は、危険の多い場所で食事をすることの多い冒険者をしていれば、自然と身につくそうだ。

 消化に悪そうだが、大丈夫だろうか。


「俺だって、驚いているんだ。朝起きたらいきなり幼女が同じベッドで寝てるんだからな。……ところで、2人は何の用でここに来たんだ?俺の様子を見に来ただけなのか?」


「そうだけど、それだけじゃないにゃ」


「ハイルはこの街に来て、まだ一日しか経ってないでしょ。だから、今日は私達が街を案内してあげる」


「ああ、街案内か。それは助かるな。食料も買い足したいし」


 昨日フレイと分かれた後で色々見て回ってみたけど、それでもこの街の半分も見れていなかっただろうから。それに、軽食とかは全部この妖精に食べられてしまったからな。

 隣に座る妖精を見ると、パンに肉を挟んだサンドイッチを口いっぱいに頬張って食べている。リーシェのちびちびした食べ方とは真逆だな。

 ティオネは俺が見ているのに気づくと、眉をひそめて皿に残っていたチーズを口に詰め込んだ。

 取らねえよ。


「それじゃあ、ご飯食べ終わったら行こうか」


「そうだな」


 朝食を取り終わり、街に出る。ちなみに食べ終わった順番はフレイ、俺、リーシェ、ティオネの順番だ。フレイはほぼ丸のみ、俺は普通に、リーシェは一口が小さかったからな。ティオネに関しては分からん。あの小さい体にあの量が入るわけないと思うのだが。



「おかしい、これは俺の街案内のはずじゃなかったのか……?」


 街に出てから、リーシェ達の街案内が始まったのだが、行く場所でなぜかリーシェが大量に買い物をしていく。

 そして、その大量の荷物は俺が持たされている。なぜだ。


「あ、あそこにある本、前から欲しかったんだー!」


 リーシェは本屋に駆け出して行った。くっ、これ以上まだ買うっていうのか!?もうすでに俺の両手は塞がっているんだが!

 こういう荷物は重くないのにかさ張るんだよなぁ。


「うわぁすごい量だにゃあ。大丈夫かにゃ?」


 荷物と悪戦苦闘していると、背後からフレイが話しかけてくる。こいついつも俺の背後に立ってんな。


「そう思うのなら少し持ってくれよ」


「いやー私はそういう純粋な力仕事はちょっと。……暗殺とかならできるけどにゃ」


「あ、そういうのは求めてないんで大丈夫です」


「なら頑張って運ぶにゃ」


 そう言ってフレイはリーシェの後を追って本屋へと入った。


「なんなんだよ。少しくらい持ってもいいじゃないか。まったく」


「そういう言い方私、良くないと思うわよ~」


 後ろからティオネが現れた。

 お前ら、後ろから話しかけるの流行ってるの?

 露店で買ったチュロスのような物を食べながら、ティオネはしゃべり続ける。


「あの娘達の買った荷物、多分あなたのための物よ」


「えっ?」


 そう言われて、荷物を見てみる。布タオルに簡易的な調理器具、鉄製のカップに、長いロープに広い布、カンテラ。よく見てみれば、おそらく外で長期的に過ごすための道具が所々に入っている。

 調査団として活動している彼女たちが、これらの道具を全て持っていないなんてことあるだろうか?1つや2つなら買い替えとして、あり得るだろうが一式全てを新たに買うなんてことはないだろう。

 なるほど、確かにそういえば彼女たちは買い物の途中にちらちらとこちらを見ている様子があった。あれは俺に扱いやすい道具かどうかを確認していたのか。


「……なるほどな」


「そういうわけだから、感謝しときなさいよね」


 ティオネも、またそこら辺の露店に菓子を求めて歩き出した。そして、何か思い出したように振り向いて言った。


「そういえば、あんた私のおかげで異空間に物をしまえるの忘れているでしょ」


 ティオネが指を振ると、俺の手元に穴が現れた。


「あっ」


 早く言ってくれればいいのにと思いつつ、その穴に荷物を入れる。

 異空間は念じれば消えた。


「良かったー!ずっと前から探していたのよね。この本!」


 本屋から出てきたリーシェは一冊の本を持っていた。

 そして、俺を見ると驚いて近づいてくる。


「ハイル!?荷物どうしちゃったの?まさか私が無理に持たせたから怒って捨てたんじゃ……」


「違う違う!っていうか近い!離れろ!」


 怒っているような焦っているような勢いで、至近距離まで近づいてくるリーシェからいったん距離を取って説明を始める。


「ティオネの力だよ。空属性の妖精と契約したから異空間を使えるようになったんだよ」


「そ、そんなことまでできるのにゃ!?空属性って天気とか風とかそういう分類じゃないのにゃ?」


 俺の言葉を聞いてフレイが驚くが、リーシェは何か俯きながら呟いている。『空間を司る根源属性』だの、『ハイルの魔力自体に特異性があるのか』だの止まらないようなので、俺が声を掛けようとすると、いきなり顔を挙げた。


「うおっ、大丈夫か?リーシェ……」


「今それよりも大切なのは、こっちよ!」


「ちょ、待つにゃリーシェ!今は謹慎中だから1人でどこか行くのは……」


 リーシェはいきなり駆け出した。荷物を運ぶ馬車や大通りの人並みを躱し、そして……。


「捕まえたァ!」


「ひっ!ど、どうしたのリーシェ?」


 リーシェが捕まえたのはティオネだった。



「それじゃあ、行ってくるね!」


「……」


 満面の笑みで手を振るリーシェと、菩薩のような笑みを浮かべながら手を振るティオネ。

 結局、リーシェがしたかったこととは、ティオネに服を買う事だった。

 去っていく2人を見送りながら、フレイが言うには。


「リーシェは、可愛いものすきだからにゃあ……」


 冒険者稼業は辛く、魔物に襲われた際は荷物を捨てて逃げなければいけないこともある。

 だから、リーシェはずっとティオネに服を買ってあげたいのを我慢していたのだという。

『せっかくだから、あんな質素な服じゃなくてもいいじゃない。可愛い子には可愛い物を着せなきゃ!』

 最初は目の前の珍味を堪能するのに必死だったティオネも、フィーネの熱量に押されて連れていかれた。


「……フレイの語尾もリーシェ関連で?」


「いや、これはただのキャラ付けにゃ……」


「そうか……」


 2人の間に奇妙な沈黙が流れる。下着も選ぶからと俺は取り残された。巻き込まれたくないからと、フレイは逃げ出した。ティオネは犠牲になったのだ。考えるのはやめよう。


「あ、そうだ。武器屋に行こうにゃ」


「武器屋?急にどうして」


 フレイが歩き出したので、ついていく。


「冒険者になったのなら武器の1つでも持っておくべきにゃ。威嚇になるし、魔法が使えない状況もあるにゃ」


「ああ、確かにそうかもしれないな」


「それに……」


「それに?」


 フレイがやたらと次の言葉までにためを作り、こちらを見ながら、微笑む。


「昨日ギルドで助けてくれたお礼もしたいからね」


 俺、大人の階段上るかもしれない。

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