第2話
「それでは、新出 入(にいで はいる)さん。お判りいただけたでしょうか」
俺の前に立つスーツ姿の眼鏡かけた中年が、慇懃無礼な態度でニコニコと笑っている。
その隣には髭を生やした老人がつまらなさそうにこちらを眺めている。
俺は先ほどから椅子に座らされて、説明みたいなのを聞かされている。
「は、はあ……?」
どういうことなんだ?そんな疑問を堪え、俺は分かったんだか分かってないんだか、どちらでもないような曖昧な返事を返す。
厳しい家庭環境の元に育った俺は、普段ならこんな返答なんてしないんだが、今はしょうがない。
高校卒業後、地元の適当なオフィス街でデスクワークのバイトを繰り返していた俺は、それなりに平穏無事な人生を送っていた。
だがそんなある日、バイトからの帰り道で人生で最大の不幸に見舞われる。
俺は確か階段から滑って死んだ。
いや、車に轢かれた。それとも、川に落ちたんだっけ?
……うん?なんで俺は自分の死因を覚えてないんだ?他の記憶には問題ないのにそこだけ、靄がかかったように思い出せない。
まあいい。それよりも重大なのが、今目の前に起きているこれだ。
簡潔に言うと、死んだ俺に魔法のある異世界に転生してほしいようなのだが、言っていることが少し複雑だ。
「ふむ。お判りいただけていないようなので、繰り返し、詳しくご説明いたします。あなたには異世界に転生していただきます。あなたは歪みを受け止められる特別な魂の持ち主でいらっしゃるので、その魂を持って異世界の存在維持のために貢献していただきたいのです。しかし、あなたは何も特別なことをする必要はありません。肉体も意識も、持たず魂のまま、その世界の存続する限りその世界にいて頂くだけで結構です」
目の前の中年男が、説明した通りだ。
一回説明を耳にしたときは、異世界で使命!冒険!ヒャッホーイ!みたいなことを期待していたんだけど、よく聞くとそうではない。
俺は五感も意識もないまま、つまり眠っているような状態で永遠に異世界の維持のために監禁されるってことだ。
それってクソじゃね?
「えっと、確認したいんですけど。つまり俺は監禁されるってことですよね?異世界に行っても何もせずに何も見ずに、永遠に眠っている感じで」
俺が確認を取ると、中年男は腹の立つ張り付けたような営業スマイルをさらに歪めながら、大喜びといった感じで話し始める。
「はい。その通りです。眠っている。まさしくその例えが正しいでしょう。お判りいただけたようで何よりです。それでは、次はこちらの書類ですが……」
「ちょっと待った!」
俺が中年男の話を遮ると、中年男は面倒そうに取り出した書類を収めつつ話を聞く態勢に入った。
「せっかく異世界に行くっていうのに、意識もないっていうのはあんまりじゃないか?それに監禁っていうのも酷いだろ。行動ぐらい自由にさせてくれてもいいんじゃないか?」
「はあ、そう申されましても。もうこちらの神様との商談は成立しておりますので。決定事項です」
「いや、俺の意思とかあるだろ。俺は絶対に嫌だぞ、そんな歯車みたいな生活!」
「何を言っているのやら。人間として生きていても、いずれ歯車になる程度の人間のくせして……」
「なんだって!?勝手に人をこんなところに連れてきておいて、一方的に説明をして何を……」
「黙らんか」
だんだんとヒートアップしていく俺と中年男の言い争いは、老人のたった一言で納められた。
一体何者なんだ?このじいさんは。ただ言葉を放ってこちらを睨めつけているだけなのに、何もしゃべれなくなってしまった。
「貴様程度の人間が、我ら神のやることに口出しなどするな。本来なら貴様など儂の存在すら知ることなどできんのだぞ。貴様もだ。なんで人間程度にこんな時間を割かなければならない。さっさと送ってしまえば終わりではないか」
「申し訳ありません。送り出す人間に説明をするのは我らの義務ですので、もう少し寛容なお気持ちでお待ちください」
中年男が頭を下げる事によって神と名乗る老人は溜飲が下がったのか、鼻を鳴らして足を組みなおした。
気づけば、先ほどまでの圧力は無くなり、俺もしゃべれるようになっていた。
まさか、こいつは本物の神だっていうのか?
いや、でも神だからってこんな人間の魂を弄ぶようなことをやっていいわけがない。大体態度が上からすぎる。こんなんじゃ誰もこの神を信仰しないだろ……。
まったく、本当に
「このクソ爺が」
空気が凍る。中年男が信じられないものを見る目でこちらを見た後、老神の方を見る。その顔は恐怖と焦りに染まっている。
しまった。思わず心に思い浮かべていたことが口をついて出てしまっていた。
「も、申し訳ありません!人間というものはこのように言うことを聞かないものでして!今すぐこの男に封印の処置を行います……」
「お前は黙っておれ。人間、貴様今何と言った?」
老神からは先ほどとは比べ物にない程の圧力が滲み出ている。
でも、俺だって一度口に出した言葉を下げることなんてできない。
こうなったらヤケだ。どうせ意識もすべて奪われて歪みとかいうものを受け止める装置にされてしまうのだ。言いたいこと全部言ってしまおう。
「いきなり呼び出しておいて、自分勝手にべらべらと自分たちの都合ばっかり押し付けるクソ爺って言ったんだよ!中年のおっさんの話もすぐに遮るし、爺お前絶対周りのやつから嫌われてるぜ!この馬鹿。バーカバーカ!」
そう吐き捨てて手を使って下品なジェスチャーをする。
我ながら子供みたいな煽り方だと思うが、人を煽りなれてないんだからしょうがない。
それに、この老神も煽られなれていないのか効果てきめんみたいだ。
老神がプルプル震えながら息を荒くしている。
誰がどう見たってブチギレてるけど、正直俺身の危険感じてるし、老神が今手を挙げてこぶしを握り締め、振りかぶってきてるけどまだ大丈夫、いや、あれこれやばくね……?
「ひいいいいいいいいいい!!!」
老人が拳を振り下ろすと、轟音と共に俺の頭の横を衝撃が通り過ぎた。後方にある壁が破られ、パラパラと破片が断続的に落ちる音が静かになった部屋の中に響く。
老人はその衰えた肌に似つかわしくない程に、筋肉で隆起した腕を戻し、荒げた息を整える。
それから俺と中年男は、老神が息を整え再び話始めるまで、ただ待っていることしかできなかった。
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