異世界創世の礎になって200億年~ついに異世界生活始めました~

山田康介

第1話

ここは天界。神々の住まうところ。

一柱の老神が今、新たな世界を創ろうとしていた。


「空間よし、法則指針よし、物質よし、エネルギーよし。その他諸々もこんなもんでええじゃろ。あとは歪みの問題だけか……。」


創世とは偉大な所業であり、手間のかかる事業である。

神といってもただ手を振るだけで、口を開くだけで世界が作れるはずもなかった。

しかし、新たなる空間や物質の創造は、殊更強力な力を持つこの老神にとっては容易いことだった。

ただ一つ、大規模な創造の反動で生じる歪み以外は。


「歪みの修正には気を使うし、あまりやりたくないしの。さて、何かいい方法はない物か」


そうぼやきながらゆっくりと神の玉座に腰かけた老神の目に、一枚の書類が目に入る。

目前の書類の山からそれを引き抜くと、『人魂斡旋業社』というカラフルに彩られた文字と、安っぽい宣伝文句が書き連ねられている。

『人魂斡旋業社』。それは、何らかの理由でどこかの神の管理から離れてしまった人間の魂を仕入れ、適正な価格で神に売ることで利益を上げる企業。神を相手にする商売人達の集まりである。


「なるほど、使えるかもしれんの……。幸いこいつらには以前横流ししてやった魂分の貸しがある。試してみる価値はあるじゃろうな」


そういった老神が指を鳴らすと、サラリーマンのような姿の眼鏡をかけた中年が、空間に突如現れた。

中年はゆっくりと頭を下げると、営業スマイルを張り付けたままはっきりとした声で自己紹介を始める。


「お呼びいただき誠にありがとうございます。人魂斡旋業社、営業部、田中でございます。我々、人魂斡旋業社。勇者から魔王、モブから名脇役まで、どんな資質の人魂でもすぐにご用意……」


「長ったらしい挨拶は良い。斡旋して貰いたい魂がある。さっさと用意せんか」


「はい。勿論でございます。我ら人魂斡旋業者はお客様の必要とする魂を迅速にご用意いたします」


「そうか。では、歪みを宿しても壊れぬ、そういった適正のある魂を用意せい。貴様ら儂に借りがあるじゃろ。それくらいできるじゃろ」


老神の言葉を聞いた途端、威勢よく話していた中年男の営業スマイルは固まる。

営業としてのプライドを持ってなんとか復帰した男が、老神へと恐る恐るといった風に話しかける。


「えー。お客様。歪みとはつまり、大規模創造の反動として生じるアレのことでしょうか。もしその歪みの話でありましたら、それ些か希少が過ぎるというか、その魂の捜索は我々の手にも負いかねるといいますか……」


そうしてマシンガントークを放していた中年男の口が止まる。

舌をかんだわけでも、もつれたわけでもない。

目の前の老神の機嫌が目に見えるほどに悪くなっていたからだ。


「……なんだ。貴様らどんな魂でも用意すると抜かしたではないか。儂に嘘をついたか?」


老神が不満を口にすると、まるでそれに呼応するかのように、老神の玉座の後ろの壁に飾り立てられている種々様々な武器達が震え始める。

やがて空気までもが振動し、中年男の掛けていた眼鏡の蔓が割れ、床に音を立てて落ちる。

中年男は慌てて眼鏡を拾い上げると、魔法により即席で眼鏡を修理し、掛けなおすと老神に向き合い弁明を始める。


「ひっ。いえ、滅相もございません。あなた様に嘘をつくなどと、我が魂にかけてもしません!」


「そうか。では、持ってこい。儂が待っていられる時間は短いぞ。ほら行け。儂は暇じゃなないんじゃ。これから地上の女の子と遊びに行く約束があるしのぉ」


中年男の承諾を聞いた老神は、先ほどまでの怒りが嘘のように朗らかに語り掛け、にこやかに笑い酒を煽る。


「はっはい。すぐに適正のある魂を見繕ってきます。ですから、どうぞお待ちいただければと、はい!」


勢いよく腰を90度に曲げ頭を下げ、中年は消えていくのを見送った老神は満足げに酒を楽しむのであった。


「歪みを受け入れる魂の器。これが儂の思惑通りに使えるのなら、創世もこれから楽になるじゃろう。結果が出るのは数百、いや数千億年先になるじゃろうが……。まぁ大した時間でもないわい」


老神はこの先の事を思い、ほくそ笑む。

創世の簡略化という偉業による他神からの賞賛、羨望、嫉妬、それらの情念が自分に向けられることを想像し、思わず笑い声をこぼす。


老神の求める魂を探すには数十年かかることになるのだが……。

しかし、老神は本当の意味では怒らない。中年男に見せたのはただの交渉だ。

なぜなら結果がいくら先になろうと、神々には構わないからだ。彼らには無限の時間があるのだから。

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