グリーンバレー領シルバーフォート

第5話

「謹慎処分!?なんで私がそんな処分受けなきゃいけないんですかおじさん!私そんな罰を受けるようなことはしていません!」


 ここは王国考古学院のグリーンバレー領支部。その支部長であり遺跡調査団の団長でもあるこの男、ウェスター・アインシュタインに新人考古学者リーシェが呼び出されたのはつい数分前の話だった。

 最初は新しい遺跡の調査にでも向かわされるのかと、心を躍らせてウェスターの部屋に入ったのだが、そこで言い渡されたのは一週間の間の謹慎処分だった。

 リーシェが訳を答えさせようと抗議すると、ウェスターは難しい顔をした。


「ふぅ……。確かにその通りだ。しかし、リーシェ。君が出した論文の内容が悪かったんだよ。……それと、私の事はウェスターさん、あるいは団長と呼ぶように」


 そうだ。リーシェは調査団の新米考古学者で、目の前にいるのは調査団の団長。謂わば上司と部下の関係だ。

 本来なら頭が上がらず、口答えなんて以ての外なのだが、リーシェが彼をおじさんと呼ぶのには理由がある。

 ウェスターはリーシェの祖父の教え子でもあり、その縁もあって幼い頃の彼女の面倒をよく見ていた。

祖父が遺跡調査中に亡くなってからも考古学や魔法について色々なことを教え、リーシェが考古学院に入った時も、遺跡調査をしたいという彼女の意図を汲んで自分の調査団に配属の口利きをした。要するに彼女の後見人というわけだ。

 それでもリーシェには今回の謹慎について、まったく思い当たる所がないし、不満である。


「団長、呼び方の話より、私の出した論文が問題っていうのは一体どういうことですか?私の論文は、遥か昔に存在した国の直接民主主義制度について、会議所の存在から論じた物だったはず。それの何が問題になるんですか?」


「昔の国や制度についての研究、それ自体には何も問題はなかったよリーシェ。だが、君は論文の中でこの国と違う体制の政治を持ち上げすぎた。多くの人々が政治的に交わることによる魔法文明の発展のしやすさなど、様々な面でね」


 リーシェの論文は、彼女の所属するテラアニマ王国の執る君主制とは異なる、共和制を評価していた。王国の1つ前である古代帝国のさらに以前に存在した国の政治である。

 だが彼女はそれが悪いとは思っていない。彼女にとって学問とは純粋な知識と魔法の発展の為に行われるべき行為であり、ある種神聖なものであった。


「しかし団長……!」


「ああ分かっている。それは妥当な評価だと言うんだろう?その通りだ。私も君の論文は素晴らしいと思ったよ。あの遺跡からよく特徴を見いだせているし、そこからの推論も正確だ。けどダメなんだよ。この国には王と王の領土を預かる貴族たちによって運営されている。この国では彼らが至高。彼らよりも優れた者があると言ってはいけないんだ」


「そんなことって。考古学は古代魔法やアーティファクトを見つけ出して、国のためになるのに……」


 その時、リーシェは笑みを浮かべて話しているウェスターの拳が、強く握られているのを見た。

 

(あぁ、きっと団長も今までに同じような思いをしてきたんだろう。それに団長は貴族の出だ。王都へ勤めさせようとする家の意向に反して、自分の興味を貫き調査団に入ったために実家と絶縁状態らしいし、その憤りも私よりも強いんだろう)。


リーシェは目を瞑り、心を落ち着ける。


「……わかりました。おとなしく謹慎を受け入れます。論文の内容も書き直しておきます。それでは失礼致しました」


「あぁ。助かるよ、リーシェ。……情けないおじさんですまない。」


「いいんですよ。私たちは純粋な興味で考古学をやっていますが、国にとっては考古学は魔法、ひいては国の発展のためにあるもの。こういったことも覚悟はしていました」


「リーシェ、成長したなぁ。俺はうれしいよ……」


 親戚のおじさんモードに入ったウェスターの話を聞き流し、彼女は執務室を出る。既に彼女にはやるべきことがあった。

 廊下を通り、リーシェに割り当てられた自室に戻り探索用の道具を持ち出す。

 さっきは団長に覚悟をしていたような事を言ったが、彼女は納得なんてしていなかった。

 彼女は身支度を整えながら祖父の言葉を思い出していた。

『覚悟して夢を諦めなければならないのなら、そんな覚悟なんて犬に食わせろ』

 ウェスターは長い間、団長として政治に揉まれていたので忘れてしまったのだろう。

彼女は圧力に負けて論文を書き直すなんて、ごめんだった。そんなことをすれば彼女の主張したいことはこれからも捻じ曲げられ続けるだろう。

 謹慎なんてひっくり返すくらいの成果を出せば、論文を書き直す必要なんてなくなる。

 自室に籠って論文の書き直しをしていると思われている内はともかく、同室のフレイに見つかり、報告されれば挽回のチャンスはなくなる。

彼女は息を殺して、急いでいたのだが。


「おっと。どこに行くのかにゃ?リーシェちゃ~ん」


 探索用の道具を持ち、部屋を出たところでフレイと鉢合わせてしまった。

 フレイは獣耳ををピクピクさせ、部屋の入口にもたれかかりながら、ニコニコとリーシェを見つめる。

 あまりにも隙だらけに見えるその姿だが、リーシェにはすぐに捕まることは分かっている。

 フレイは彼女と違って考古学者ではない。元冒険者で、遺跡探索や構造の専門家として雇われている。

 だから、純粋な体力面はともかく運動性能でいえばリーシェは彼女には勝てない。


「べ、別に?ただちょっと装備の点検をしているだけよ?謹慎中の私が遺跡に行くなんて思う?」


「へー、そうかーリーシェちゃん遺跡に行く所だったんだにゃー」


「な、なんで分かるの!?……じゃない、本当に装備の点検をしているだけだってば、アハハハ」


 フレイは実際には荷物を見てかまを掛けてみただけだったが、リーシェには気づけなかった。なぜならここでウェスターに報告されたら謹慎が長引いて、次に遺跡に行ける時期がいつになるか分からなくなるからだ。

 こうなったら、強行突破を……装備の中には目つぶし用のアイテムも入っていると、リーシェが考えているとフレイは笑って入口から立ち退いた。


「なーんてにゃ。冗談。リーシェが遺跡に行こうとしているのは分かってる、他の誰かにばれない内に行ってきにゃ」


「あ、ありがとうフレイ!今度甘い物でも奢るね!」


 道をあけてくれたフレイの横を通って、駆け出す。

 そこからは、誰にも見つかることなく調査団支部を抜け出して、街の外まで止まらず走っていった。

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