第4話
無限に続く落下の果てに俺は地面に激突した。
全身を叩きつけられ、痛みに悶えたが意識を失うことはなかった。
すぐに立ち上げれるようになり、あたりを見回す。ひとまず俺は周囲の探索をすることに決めた。出られるようならすぐにでもここから出たいし、そうでなくとも暗闇の中というのは不安なものだ。安心するためにも早く周囲のことぐらいは知っておきたい。
といってもここは、光すら指していない場所だ。ろくな探索もできずに、暗闇の中を手探りで動き回るだけだった。
「壁も、床も石のブロックで出来ていて、天井は高くてわからない。出口はないか。分かっていたけど出られそうにはないな……」
部屋の中は大体、5m四方だ。俺は一歩で50㎝を図ることができるので、これは正確なはずだ。天井の高さは分からない。というよりも多分存在していないんじゃないか?俺が上から落ちてきたのだから。
一通りの探索を終えた後、床に寝転がって天井を見る。といっても、真っ暗闇なので天井も見えないのだが。
「暇すぎてやることないな、少し寝るか……?」
そうして、しばらくの間何もない硬い床の上をゴロゴロと寝転がっていたわけだが、まったくと言っていいほど眠気が来ない。
体の燃えるような痛みの時もそうだったが、もしかして俺はすでに意識を失うこともできなくされているのか?
そうだとしたら、俺はどうすればいいんだ。
ここにはやることもないし、話し相手もいない。正真正銘の虚無だ。そんな中で、何もせずこの地獄が終わる時すら分からずに永遠にここで転がったままなのか?
「っ……!うぐあ……」
そう考えている俺の体に突如何かが流れ込んできた。
ソレは表現するなら泥のようで、重く粘ついた何かが頭の中に流されていく感じがする。
まるで車酔いを数百倍酷くしたような気持ち悪さだ。
俺は飛び起きた。管を繋がれてそこから何か流されているのかと、頭を触るがそこには自分の髪の感触がするだけで、何かが繋がれていたり取りついていたりする様子はない。
ついに我慢できなくなって、床に嘔吐しようとするが内容物がなく、ほとんど何も出てこなかった。
そんな醜態を晒すのも構わず不快感と痛みから逃れるために、俺は床をのたうち回った。
しばらく床を転げまわり、頭を床に打ち付けたり壁を引っかいたりして、ようやく何かが流れ込んでくる感触がなくなった。
頭が重い。アレが老神の言っていた『歪み』っていうやつか?
この体験がこれから先何度も繰り返されるっていうのか?意識を失うこともなく、永遠に?
一度だけでもこんなにきついのに、気が狂いそうだ……。こんなことなら、あの老神にあんなこと言わなければよかったんだ。どうか、このままの暗闇でもいいから、『歪み』だけはやめてくれ……。
しかし、時間とは俺の意思とは関係なく流れていくもので、気づけば数えきれないほどの『歪み』の受け入れを体験していた。
そうして兆をすぎ、京をすぎ、垓のさらにその上の単位になり、数えることがで出来なるほどの月日が経った。
そんなに月日が経つと流石に何もない空間に放り出されていても、変化が表れ始める。
いつの間にか、『歪み』を受け入れている最中でもこんなことができるようになった。
「209、210、211、212……『また歪み』か。213、214」
『歪み』を受け入れ続ければ気が狂う。最初の内は俺もそう思っていた。
だが、今や俺は『歪み』を受け入れている最中に筋トレをしている。それほどに慣れてしまったという事だ。
それに『歪み』を受け入れれば受け入れるほどに、自分の体に力のようなものが溜まっているのが分かる。なんだか体調がよくなっていくし、『歪み』への耐性がついているのも分かる。
今や筋トレは俺の趣味だ。どちらかと言えばインドア派の俺が筋トレを趣味にするようになったのは単純な理由がある。
それはこの閉鎖空間で俺の体以外に存在するものはなく、だから俺の体でどうにか暇をつぶす方法を見つけるしかなかったからだ。
それに筋トレの成果もちゃんと把握できる。不老不死といってもある程度の体の変化は起こるようで、いまや俺の上腕筋はギリシャ彫刻のような均整な盛り上がりを見せている。まあ見れないので触ることしかできないのだが。
一時期は筋肉を最大限まで肥大化させようと思っていたが飽きてしまった。今の俺の理想は、まだ日本にいたころに写真で一度見たダヴィデ像の様な、程よく浮かび上がるような筋肉だ。
心に余裕が出ると、正常な思考ができるようになるもので、最初の内は体型が変わることに疑問を覚えていた。だが、そのうち筋肉になる栄養とかは多分『歪み』が補ってくれているのだろう、そうやって無理やり納得することにした。
いくら考えても答えが出ないし、神なんてものがいるんだから、物理法則とか理解しようとかしても無意味だろ?
と、まあ俺の無駄な筋肉談話は置いておこう。
重要なのはここからなのだから。
実は俺は得られた『歪み』によってある程度外側で何が起こっているのか分かる。
といっても、原初の生命の発生だとか、大量の生物が死んだとか、大災害が起きたとかその程度だが。
そして今、『歪み』によって得られた情報で気になることが起きた。
それは数多の生物を脅かす存在の誕生だ。
生物が大量に死ぬ直前に、特徴的な『歪み』が流れ込んでくることがある。今回流れてきた『歪み』はそれと同じだ。
そして、流れてくる『歪み』の量は死んだ生物が多いとそれに比例して多くなる。
つまり、この後俺の頭に大量の『歪み』が流れてくるってことだ。
嫌だなぁ……。
そんなことを考えながら、筋トレを腕立てからスクワットに変えると聞きなれない『音』が聞こえた。
「……ん?おかしいぞ、なんで俺以外の音が聞こえるんだ?」
ここにいるのは俺だけ、つまり俺以外に音を出す存在はいない。不思議に思い、音のした方向を見ると今度は『光』が差している。
その事実に気づいたとき、俺が何を感じたか当ててみてくれ。
久しぶりの光への喜び?解放への感謝?誰かに会える事への安堵?それとも扉の向こうへの好奇心?
いいや、どれも違った。
俺が感じたのは困惑だ。
なにせ、数えていただけでも数億年だ。久しぶりの音へ、光へ、来客へ。心構えというのが全くできていなかった。
だからこそ俺はこの時の事を少し後悔することになる。
これからお世話になる人物からの第一印象をもうちょっとよくできただろうにと。
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