第35話
領主の館に着くと、現場監督らしき大男が指示を飛ばす大声や、資材を運ぶ騒音が鳴り響いていた。
俺とティオネは指示された通りに裏庭へと足を運ぶ。門兵も、もはや俺の顔を見ても何も言わなくなった。顔パスという物だろう。
魔人化騒動の影響を受けていない綺麗な裏庭を進んでいくと、1人の老人がガーデンチェアに腰かけて茶を飲んでいた。
「おお、ハイル君。元気そうで何より、よく来たな。事の顛末は私から話すことになっておる。まあ座りなさい」
そう言うと、後ろに控えていた召使が俺とティオネのそれぞれのための椅子を引いてくれた。
腰掛けて入れられた茶で口を潤す。今日はここに事件の顛末と、これからの俺の身の振り方について話を聞きに来たのだ。
「そちらこそ無事でよかった。ところで何故エクラールさんが事件についての話を?あなたはこの街でかなりの重役になったと聞いたんですが」
「まあその話は後でしよう。ちゃんと理由はあるのじゃが、その前に事件について話をせんとな」
そう言ってエクラールが語り始めた事件の顛末はこうだ。
まず、姉を憎んで下克上を企んでいたと思われたフェルナンドだが実際はそうではなかった。むしろ姉を深く愛していたのだ。領主になる以前の優しかった姉を。だからこそ、あいつは下克上を起こして姉を領主の縛りから解き放とうとした。
……問題はそのやり方と余計な憎しみにあった。フェルナンドは姉を変えた街を憎んだ。そしてそれと、姉を解き放つ目的を結び付けて、街を破壊することによって目的を達成しようとした。
そのためにシルバーフォートの裏、闇社会、スラムとも言うべき部分を姉から管理を請け負い、支配した。それだけならクリスティアの手に負える事件で治まっただろう。
「だが、そうして力を増幅してく内にどうやってかフェルナンドは魔王の派閥に見初められたのじゃ」
「見初められた?それは人間の言葉で手を組んだっていうんじゃないの?」
ティオネが挟んだ疑問にエクラールは答えた。
「その通り。一般的にはそう言う。ただし、それは人間同士であった場合のみじゃ。魔王と人間は対等には成り得ない。儂の知る限り歴史上、魔王と対等に同盟を結んだ人間など存在せんのじゃ。……一度たりともな」
苦々しくエクラールは呟いた。おそらく魔人化について説明していた時と同じように、長い時を生きる彼のみが知るような悲惨な出来事があったのだろう。それに触れるべきではないと感じた。
「それで、魔王に見初められたフェルナンドは人を魔人化したり、魔人になる魔法を使えるようになっていたって事ですか?」
「その通り。そして君がそれらの企みを打ち破ってくれたというわけじゃ」
エクラールは茶を啜り、歳で曲がった背筋を正した。俺とティオネもそれにつられ背筋を正す。エクラールは懐から紙片を取り出し、そこに書かれていることを読み上げた。
「それで、ゴホン!冒険者ハイル及びその友、妖精ティオネよ。貴殿らのこの度の功績に対しての褒美を授与する栄誉を与える……面倒じゃな。簡単に言うと、おぬしらへ今回の活躍に対して報酬が出るということじゃ」
おいおい。それでいいのか。せっかく厳かな雰囲気になりかけていたというのに。
「よせ、2人ともそんな目で見るな。儂はこういうのは嫌いじゃ」
「まあいいけど。それで何をくれるんですか?」
「うむ。それでは読み上げるぞ」
1. 金貨80枚銀貨100枚
2. シルバーフォートへの永住権及び住居の登録許可
3. シルバーフォート名士録への登録
4. シルバーフォートからの魔法学園入学枠
「以上じゃ」
「以上……って言われてもなぁ」
「具体的に何が貰えるのか分からないわよ。私達2人とも人間の社会に詳しくないんだから」
「む。落ち着くがよい。儂が説明をしよう」
そう言ってエクラールはなんらかの魔法で空中を黒板替わりに図解を始めた。
描かれたのは金貨と大きな家?
「まず金貨についてだが、これは50枚程でここらの有力者が住むような家が建てられる。王都や他の都市ならもっと掛かるが、ここは辺境でな。ちなみに1枚で辺境の農家の稼ぐ年収ぐらいじゃな」
なるほど。農家がどれくらいの生活レベルなのか分からないけど、俺が貰うのは大体農家の一生と半分の稼ぎって事か。
ゆっくりと噛み砕いて納得していると、さらに空中の黒板に1枚の金貨と大量の銀貨が描かれた。
「銀貨についてだが、大体5枚あれば一日の食事には十分じゃ。それと、これはレートによっても異なるが、金貨1枚は大体銀貨200枚から500枚程じゃ」
「200から500って、大分差があるな。そんなんじゃ貨幣として十分に使えないんじゃないですか?」
「……それは大丈夫じゃ。そもそも金貨と銀貨では買える物が違う。食事で金貨を使える事は滅多になく、物件や土地を購入するのに銀貨を使える事も然りじゃ。貨幣の交換もほぼ行う事はない」
「それじゃもっと分からなくなってきたわ。ギルドの依頼には報酬が金貨になっている物はなかったし、金貨を手に入れられないような庶民が土地や家を買えないじゃない」
エクラールは長い髭を撫でて、唸る。
「そこも面倒な話でな。土地や家の購入には、その土地の領主の許可が必要じゃ。これは報酬の2つ目と3つ目に当たる。だが、分かるじゃろう?シルバーフォートがこんな報酬の出し方をした理由が」
そう言ってエクラールは俺達に目配せをしてくるが俺には全く分からない。隣のティオネだって……。
「なるほどね」
嘘だろ?俺に分からないのにティオネが……いや、ティオネは俺より頭が良かった。体は小さくて子供みたいだけど。
「今、何か無礼なことを考えた?」
「いや、何も。……ところで俺にはどういう事か分からないんだが。教えてくれるか?」
ティオネはため息をつき、エクラールは不可解な顔をした。俺は別におかしなことを言っているわけじゃないと思う。こういう話をすんなりと理解できる人の方が少数なのだ。
「ハイル君は貨幣の話では聡かったのに、政治的な話となると鈍くなるのう」
「要するにこういう事ね?シルバーフォートは俺達にここに永住してほしいと思っている。だから報酬の大半を使い所のない金貨で寄越して、更に永住権と住居の購入権を渡した。あと魔法学園の入学許可はエクラールの個人的な願望。……これで合ってる?」
「おお、そういう事じゃ。理解が早くて助かる。説明していなかった魔法学園の話までありがとう。ハイル君も理解してくれたじゃろう?」
「……ああ、ようやく分かった。この話のほとんどにはシルバーフォートの政治的な要素が絡んでるって事ですよね?」
逡巡して、答える。実際俺には話を理解できたかは怪しい。ただ分かるのは、まったく面倒な事をしてくれたという事だけだ。街を救った報酬が街に永遠に縛られてくれという願望だとは。
恩を仇で返されたような気分ではあるが、ただ……この街は嫌いじゃない。
「分かりました。この街に家を買います。ただ……俺は魔法学園の方に興味があります。住居の購入だとか家具とかは任せて、そっちを優先したいんですが、いいですよね?」
「勿論じゃ!おい君。話は決まった。クリスティア様に話を通しておいてくれ。長く外すようじゃから、ハウスキーパーも雇っておいてくれ」
エクラールは控えていた召使に指示を出すと、嬉しそうに菓子を食い始めた。
「ははは。4つ目の報酬を捻じ込んでハイル君に魔法学園に来て貰うために、今回の説明役を買って出たのじゃよ。街を救った英雄に恨まれるかもしれん役割なんぞ誰も進んでやりたがらなかったのでな」
なんだそういう事か。権利に目がくらんだ奴らなら進んでやりたがっていたと思うが。
話が一段落し、落ち着て茶会を楽しんでいるとエクラールがそういえばと俺に質問を投げかけた。
「ハイル君。君はなぜ魔法学園に興味が?魔法についての才能がないのは前回の講義で分かったと思うのじゃが」
「そうよ。魔法の才能がないんだから、魔法の事は私に任せておけばいいのに」
この人達は嫌な事をすっぱりと言うな。魔法の才能のなさについては俺でもよく分かってるよ。
「それを言うなら、なぜエクラールさんは俺を魔法学園に連れて行こうとするんですか?おそらく俺とあなたの望みは十分に一致している思うんですが」
俺がそう言うとふっと笑ってエクラールは頷いた。
「おおむねその通りじゃ。儂は君のその特異性について研究をしたい。君は力を制御する術を探していると言ったところじゃろう?」
「そうです。俺は今回の事件で自分の力不足を感じました。魔法や『歪み』をもっと上手く使えれば魔人化の防止、そして何よりも……あの上位魔人にも勝てたはずだ」
あの時、俺が魔法を使えていたら街の人達が魔人になるのを防げたはずだ。あの時、俺がもっと強ければ上位魔人カナンを確実に倒せていたはずだ。ティオネとリーシェの2人を危険な目に合わせることもなかったはずなんだ。
「だから、俺は魔法を学びます。もっと強くなるために。あなたの力を貸してほしい」
俺は自分の意志を確かにするために宣言する。不安定な『歪み』だけに頼った力ではない確かな力を、そして俺の最も強力な武器である『歪み』を自分の力にするために。
エクラールはそう宣言する俺の目を見て老人には相応しくない、不気味な笑みで応える。
「いいじゃろう。この『はぐれもの』のエクラール。おぬしを全力で鍛えてやろう。その代わり儂の研究に協力するのじゃ」
この時、俺達の間には目的を共にした師弟のような契約が結ばれた。
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