第36話

 エクラールとの会談から数日。俺とティオネはシルバーフォートからの旅立ちの日を迎えた。

 流石は異世界、土石を操る魔法により破損があった要塞の壁は修復されて、シルバーフォートと外界を遮蔽していた。

 俺達はその際でこの街で絆を築いた人々との別れを惜しんでいた。


「まさか、領主様まで見送りに来てくれるとは思いませんでしたよ」


「なに、事後処理も一段落着いた所だ。それに貴様はこのシルバーフォートの英雄であり、市民であり名士の1人なのだ。私が見送りに来るのも当然だろう」


 弟があんな事件を起こしながらも、毅然とした態度をとっているクリスティアだが、俺は知っている。大事件を起こしたのが自らの弟である事で、何人かの有力者達に非難を受けたこと、そして何よりも愛する弟を罪人として扱い自らの手で苦しませなければならなかった彼女の苦悩を。

しかしそんな事がありながらも、事故処理の大半を終わらせてみせた。スラム街の健全化や汚職を行っていた役人の処罰、フェルナンドへの魔人に関する聴取、それらを完璧に成し遂げた彼女に、もはや非難を投げ掛ける者はいなかった。

それが苦悩からの逃避なのか、領主としての使命なのか分からないが、一先ず俺から言えるのはこの一言だろう。


「クリスティア、色々と世話になった。ありがとう。この恩はいつか返すよ」


「何を言う。恩を受けたのはこちらの方だというのに。我々シルバーフォートは貴様を朋として受け入れよう。何時でもな」


 差し出されたクリスティアの手を握る。この街にはまだ一度も住んでいない家がある。多分また帰ってくることになるだろう。この街が俺の帰る家なのだから。


「それは俺達ギルドも同じだぜ。……つってもギルドはそもそも大陸全土に偏在してるけどな。王都のギルドマスターにはちゃんとお前の事を知らせておいたからよ」


「ハイルさん!こんなに早く行ってしまうなんて残念です……まだ色々と紹介したい依頼が残っていたのですが……」


「アーバーに受付のお姉さん。2人にも世話になったよ。特にお姉さんは怪しい俺をよく気に掛けてくれた」


2人とも握手をする。思えば見るからに怪しい俺が、ギルドで面倒な輩に絡まれずに済んだのはこの2人のおかげでもあるんだろう。ただテンプレ通りの展開を期待していた俺からすればちょっと残念だったが。


「ハイル君。儂はこの街でまだ仕事が残っておるから、後から王都の魔法学園に行くよ。ティオネ君も併せて、その時に研究させてもらおう」


「ああ、よろしく頼むよ先生。『歪み』じゃない力を付けたいんだ」


「ハイルはともかく私は聞いていないんだけど!いつの間にそんな話になってるのよ?……まあいいわ。その代わり向こうでは迷惑かけてやるわよ」


 エクラールとはまたすぐに会うことになる。俺が強くなるために。

 今の俺には力がない。上位魔人カナンに勝てなかった事もそうだが、単純に遺跡を出た時点での俺よりも弱体化しているのだ。

 上位魔人カナンを退けるために無茶な使い方をして、今なお流れ込んでくる『歪み』を上回る膨大な量の『歪み』を消費してしまった。遺跡の中にいる頃よりもその総量は少ない。

 だから、俺は魔法を使えるようにならないといけない。


「ハイル君。私達遺跡調査団は、まだこの土地での任務があるから王都へは帰れない。ただ、紹介状を書いておいたから、古代や神代の出来事に興味があるのなら考古学院を尋ねるといいよ」


「ありがとうウェスター。シルバーフォートに来てから世話になりっぱなしだ」


「残念だにゃー。ハイル達とはもう少し仲良くなりたかったのににゃ。あ、深い意味はないにゃ。ただこの前みたいに4人でお出かけしたいだけにゃ。同世代の友達はここは少ないからにゃ」


「私は嫌よフレイ。この前みたいにリーシェの着せ替え人形にされるなんて!……どうせ家があるからここに帰ってくるわ。その時に遊びましょ」


 さて、調査団の2人に挨拶をして後は最後の1人にして、俺が最初に出会った異世界人だが。

 彼女は何やら頭を抱えている。一体どうしたのだろうか?彼女が居なければ俺はまだあの遺跡に閉じ込められたままだったので、一番礼をしなければならない相手だが。


「彼女はせっかく君についてまとめた論文が、公には出せないものになったので、頭を抱えているのさ。ここ数カ月大分力を入れていたようだからね」


 こっそりと耳打ちしてきたウェスターの言葉に納得する。確か魔人騒動や俺の居た遺跡についてはシルバーフォートから箝口令が敷かれている。部屋に閉じこもって論文を書き終えた後にそれを知ったのだろう。


「ハイルを連れ帰ったのに存在が発表できないから評価が上がらないなんて計算外だったわ……。どうすれば……」


「俺の事が論文に書けなくたって、ここには遺跡が沢山あるだろう?その内何か見つかるさ。リーシェは優秀なんだからな」


 気休めで言ったつもりはない。実際に彼女はとても優秀だ。魔法も、遺跡に関する知識も。それは俺を見つけ出してくれたことで証明されている。彼女なら、俺に限らずとももっと重要な『何か』を見つけることが出きるだろう。

 そして、いつか彼女は自分の夢を叶えるだろう。以前語ってくれた『異世界に行く魔法』とやらの発見を。


「うん。そうね、悩んでたってしょうがないわ。あなただって新しい土地に行って前に進もうとしているんだから。今はとりあえずいってらっしゃいハイル」


「行ってくる。今度は誰も傷つかないくらいに強くなって帰ってくるから、楽しみにしててくれよ」


「じゃあねリーシェ!今度遊ぶ時はもっとお手柔らかにね」


 そうして、俺はティオネを連れてシルバーフォートを出発した。

 シルバーフォートの内と外から起こったこの魔人化事件。俺はこの事件でエクラールとの師弟関係、シルバーフォートでの名誉と家を得、『歪み』を大量に消費した。俺にとっては得る物の方が多かったが、シルバーフォートはスラムやそれらに寄生され寄生していた腐敗の除去を得、その代わりに多くの人々の命や財産を失った。

 振り返り、要塞を見る。内にいる人々を守るためのあの巨大な壁が、ここに来た時には頼もしく思えた。しかし、それは内から出た膿には弱く今回の出来事で大きな傷を負った。あの立派な壁とは裏腹に。

 この世界では平穏に生きているだけでも、脅威に襲われる。元の世界とは違うのだ。

 シルバーフォートを背に、俺は強くなる決意を決めた。この異世界生活を楽しむために。



「……ほお、それは面白い。吾輩と同じように『歪み』を扱う人間の男がいた、と?」


「はい。そしてそれなる男は不死でありました」


 上位魔人カナンは片膝をつき、自らの任務報告を行っていた。カナンが頭を下げる漆黒の石床の先に、1人の少女が岩で作られた粗野な玉座に寝そべっていた。


「不死……か。長く生きる吾輩だが、未だそのような存在見たことも聞いたこともない。それに、人間の癖に『歪み』を扱うだと?ククク……興味が湧いた」


「貴方様が望むのならば、我が命に変えても奴を捕らえましょう」


「よい。お前は吾輩の命じた使命を果たせ。その男は吾輩がこの目で確かめよう」


 少女は立ち上がり、祭壇の如く積まれた岩々を飛び跳ね、一歩ずつ降りていく。艶やかな黒い髪と黒い目を怪しく光らせ、その顔には凡そ少女の物とは思えぬ程の愉悦の笑みが浮かんでいた。


「この『魔王』がな」


 

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異世界創世の礎になって200億年~ついに異世界生活始めました~ 山田康介 @Yamada1651

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