第9話

遺跡から出るとすでに日が暮れようとしてた。

時間的には地球でいえば冬の4時ごろといったところだろうか。

そういえば、この世界では四季や一日の時間というのはどうなっているのだろうか。


「なあ、リーシェ。季節と時間について教えてくれないか?」


「季節?時間?……ああ、あなたは長い間地下にいたから知らないのね。今は季節を一日で12個、一日は24時間に分けているよ。今日は10月で今は16時。あと2時間で日が暮れるし、急がなくちゃね」


そう言って街道を急ぎ進むリーシェの後を追いながら、考える。今の俺はこの世界の言語を『歪み』を通して翻訳している。その状態で聞いているのだから本当は10月や、16時という呼び方ではないのかもしれない。そして一年が12分割、一日が24分割が正しいのかさえ分からない。というよりも、これは本当に会話が成立しているのか?俺たちは会話が通じていると勘違いしているだけで本当は会話できていないのでは……そもそも、俺たちが地球で話していた時の言語とかさえ本当に通じていたのだろうか。

我々の世界での会話はもしかしたら、自分達の通じているという信念によって……


「ついたよ。私が拠点にしている街」


と、考えに没頭しているとリーシェが止まっていた。前を見て、固まった。

デカい防壁だ。天を衝くほどではない、日本に居たころに見た高層ビルやマンションほどではない。それでも、この防壁はデカかった。それはおそらくこの重厚な壁に持たされた、街を守るという責任によるものだろう。


「こんばんは。考古学院のリーシェです。遺跡の調査から帰ってきました。後ろにいるのは雇った護衛です。……ほら、ついてきて」


「こんばんは、リーシェさん。どうぞお通りを」


俺が圧倒され、固まっている間にリーシェはすで街に入る手続きを終えていた。街に入ろうとしている他の商人や冒険者、あるいは傭兵というのだろうか武装している者や荷物の多い者は荷物の確認をされているが、それなりに荷物を持っているリーシェは検問を素通りしていた。これが、公務員の権力というやつだろうか。


街に入ると大通りに沿って様々な露天が出ている。日が暮れ、仕事終わりの人々が次々に露天に吸い込まれ、その人波に押されて流されていきそうになる。

それでもガタイの良い俺が流されそうになるのは、久しぶりの人混みと並び立つ異世界の建造物達に気を取られているからだろう。

そんな時、露天の店主から声をかけられた。


「へい、兄さん!タレに漬けた味の濃い肉!今なら焼き立ての熱いのあるよ!買ってかないかい?」


威勢の良い店主だ。ともかく、俺は今リーシェについていかなければいけない。これからこの街でどうやって生きていくのかも決まっていないんだから。

ああ、だが本当に心惹かれる匂いだ。疲れた労働者向けの濃いタレのかかった肉が焼ける匂い。気づけば、ふらふらと足がそちらへ向かっている……。

露天に入りそうになった時、肩をつかまれた。


「目を離すとどこかへ行っているなんて、あなたはまるで子供ね。ちゃんとついてきてくれる?」


「すまん。久しぶりに嗅いだ肉の匂いで意識が飛びそうになってた」


リーシェに怒られて、俺はおとなしくついていくことにした。露天巡りは俺がこの街に馴染めてからにしよう。残念だが、今の俺は金も持っていないのだ。さらば店主よ。


リーシェの住んでいるという寮社までやってきたが、入り口には人がいるようだ。


「リーシェ、どうするんだ。謹慎中に遺跡に行ったことがバレたらまずいんだろう?」


少し悩んだリーシェは俺に自分の荷物を渡してきた。


「私は正面から行っても大丈夫、少し散歩していたって言えば……多分。ハイルは奥から3番目の窓から中に入って。そこが私の部屋だから。入ったら私が帰ってくるまでおとなしくしておいてね」


そう言って入り口の人影に駆け寄り話し出したリーシェを見て、俺もこそこそと移動を開始する。茂みの陰に隠れて、しゃがみながら窓に近づいていく。


「奥から数えて3番目……、ここか」


ガラスではなく木でできた窓なので、窓越しに中を覗くことはできない。かといって中に誰もいないとも限らない。どうしたものかと、窓の下で座り込んで考えていると、思いついた。

体内の『歪み』を目玉に意識して集めてみる。


「こうやって……。痛ァ!目がぁ!目がぁ!」


目玉が破裂した。失敗だ。言語を翻訳できた応用で目玉に『歪み』を宿らせてみたが、目玉が破裂する前に視力がよくなる程度だった。

次第に治っていく目をさすりながら、もう一度試してみる。視力がよくなるのだから、方法を少し変えれば上手くできるはずだ。漠然と目玉に『歪み』を集中させるからこうなったのだろう。

次はもう少し慎重に『歪み』の量を調節して、目玉全体ではなくむしろ目玉から『歪み』を照射して窓を貫通させるような感覚でやってみる。


「お、おお?上手くいってる!上手くいったぞ!……よし、中には誰もいないみたいだ。さっそく入ろう」


まるで、X線カメラのように色は見えず白黒だが部屋の様子を見ることができた。机、椅子、クローゼットとベッドが2つずつ。他にも小物が沢山。人は誰もいない。

窓を開けて中に入り、リーシェの荷物を机の下に置いて、俺も椅子に腰かける。

部屋の中に入ったら何もせずにおとなしくしていろと言っていたし休もう。


「遅いな、リーシェ」


しばらくの間待っていたが、一向にやってくる気配がない。手持ち無沙汰になった俺は机の上にあった本を手に取って読んでみる。


「文字も問題なく読めるみたいだな」


どうやら文字や言葉の翻訳くらいなら、透視と比べて難易度は低いようだ。意識しなくてもできるようだ。いまいち難易度が決まる法則が分かりにくいが、『歪み』自体が意味不明な物なのだし、気にしなくても良いだろう。


「これは誰かの日記か?……いやこれやばいだろ。なんでこんな物机の上に」


「おい、何してるにゃ」


俺は偶然手に取った誰かの日記を読むのに夢中になっていて、背後からくる人影に気づかなかった。首に刃物が突き付けられているのが感触でわかる。刃物が押し当てられた部分から血が流れ、胸元へ落ちていく。

声からして女の様だが、この語尾は明らかにリーシェではない。下手に口を開いて状態を悪くしても困る。ここは黙っていよう。


「帝国のスパイか?蛮族共の手下になり下がった裏切り者か?それともその様子を見るにただの浮浪者か。……答える気なしか。それなら拷問にかけさせてもらおう」


そういうが否や俺の体は宙を舞っていた。部屋の中がぐるぐる回って、俺は床に叩きつけらた。肺の中の空気が全て抜けて俺は動けなくなっていた。

俺を床に叩きつけた女は、俺を手際よく縛っていく。手首を後ろ手に、足を閉じさせ縛り固めた所で誰かが再び部屋の中に入ってきた。


「ごめんね遅くなった……フレイ、違うのその人は私の協力者で……」


「リーシェ!離れてにゃ。こいつ今は無力化はできているけど、いざとなったらどんな抵抗をするか分からない……今なんて言った?」


今度は本当にリーシェだ。まあフレイと呼ばれた女の様子を見るに丸く収まる様ではないけど、ひとまず拷問だけは避けられそうだ。


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