第8話

リーシェの歴史の授業が始まった。


「さて、それではこの世界の始まりからです。

ある時、創造神が気まぐれに指を振り、この大地と空を創りました。大地と空は広く、どこまでも続いていました。創造神の創った世界は完璧であり、何一つのほころびさえありませんでした」


「本当に最初から始めるんだな。まさか神が世界を創る所から始まるとは思わなかった。ところで創造神が世界を創ったという話には何か証拠があったりするのか?」


創造神=あの老神、ということで良いのだろうか。

だとするならあの老神は自分を讃えさせるために、創世の証拠とかも残しておきそうだしな。


「いいえ、考古学的な証拠はありません。言っておきますが、これはあくまで神話の話です。考古学者の私としては半信半疑なところもありますが、王国ではこれが正しい歴史とされています。これには教会からの圧力もあると思いますが……いえ、この話は長くなるのでやめましょう。あなたが口を挟むから話がずれました。」


リーシェが話に乗っかってきたんだろうに。

と言いたかったが、また口を挟むと怒られそうなのでやめておこう。

俺も不用意に口を出したのが悪かったし。


「それでは続きです。創造神は完璧でも寂しい世界を見て、新たに光、闇、風に雷、水や炎、生命といった多くの物を創造し、またそれに対応するように精霊達が生まれました。一部の精霊達は創造神を愛し忠誠を誓い、創造神もそれに答え精霊達に自分達の司る属性を支配し、自分と同じ神と名乗ることを許しました。何もかもがうまくいっているように見えましたが、しかし属性が増えたことにより世界には『歪み』が生じました」


ここで『歪み』が出てくるのか?俺があの中年男や老神から聞いた話とは少し違う気がするが……。

やはり神話よりも、あいつらの話を信じた方がいいのだろうか。いやでもあいつら俺の事を酷い目にあわせたしな……。感情では神話の方に軍配が上がる。


「そうして生まれた『歪み』は世界の均衡を崩し、精霊や生命達を脅かしていきました。それを見た創造神は、愛する被造物のために力のすべてを使い『歪み』を封印し、永い眠りにつきました」


はい嘘確定。創造神が封印したのは『歪み』じゃなくて俺です。そして、『歪み』をどうにかしていたのは創造神じゃなくて俺です。そのために永い眠りのようなついたのも俺です。

まあ言ってもどうせ信じてもらえないだろうし、言わないけど。


「そうして永い眠りについた創造神の代わりに、それぞれの属性の名を冠する神々が時代を動かしていきます。……この部分については現在でも、分かっていないことが多いと断言できます。創造神の関わらないこの時代については、教会からの圧力もありませんし、考古学的にも資料が残されていない時代なので憶測が多いです。なのでここは飛ばして次に行きましょう」


そうしてリーシェの長い々い授業は続き、大体現在に至るまでの歴史の説明が終わった。

俺の頭の出来はそれほど良くない。自慢じゃないが歴史年表とかはテストの前日に一夜漬けで覚えて乗り切って、テストの翌日には綺麗さっぱり忘れていたくらいだ。

そんな俺の頭で覚えきれたのはリーシェの語った歴史の内の半分にも満たされていない。

覚えきれたことをまとめるとこうだ。


「創造神の時代が終わった後、神々の時代が来て、神々による大きな戦争によって神々は自重して表に出てくることがなくなった。

そこからヒューマン、ドワーフ、エルフ、獣人(ビースト)その他様々な種の人間達が、『歪み』の残滓である魔物達から身を守りつつ栄えていった。人間達は様々な国を興しては廃れ、興しては廃れ、を繰り返している。

みたいな認識であってる?」


「そうね。すご~く、省略されて私の話した半分にも満たされてないけど、それであってるよ」


そんな、不満そうな顔をされても……。一度聞いたくらいで全てを覚えられるはずがない。

教えがいがないかもしれないけど、許せ。俺は成績の悪い生徒だったんだ。


歴史の話をして行く内にリーシェの緊張は解けていったのか、いつの間にか敬語ではなくなっていた。

彼女は俺にとって初めて会う異世界人だ。今後の事を考えると、やはり気さくに話せるようになっておきたい。不老不死になった俺だが、一人だけで生きていける仙人になったわけじゃないのだから。


「それと、もう一つ重要なことを忘れているよ。魔王の出現について。魔物や魔王は創造神以外に創られた物で、『歪み』により創造されている。魔王や魔物は人間達を憎み、魔王が出現した時には団結して襲い掛かってくる。

これは、生きていく中では一番重要な事だから忘れないように。前に魔王が出現した時には人間の半分が争いで死んでしまったっていう記録が残っているんだから」


この情報は俺にとってありがたい物だった。

多分、俺が感じていた大量の生物が死ぬ直前の特殊な『歪み』の正体は、魔王の発生によるものだったのだろう。

と、なると今現在この世界には魔王がいるっていうことになるな……。また大勢の生物が死ぬことになるんだろうか。

だが、そんなことよりもだ。


「そんなことよりも……。今の神話も歴史も本当なら俺は200億年もこの遺跡に閉じ込められていたっていうのか?」


「そう。創造神が大地と空を創ったのが200億年前。ニーデの言う通り創世と同時に『歪み』を抑えるために封印されたのが本当なら、ここは創世された時からずっと存在したということになるね」


200億年か……。俺がこの暗闇にいる間に、夢の異世界は200億もの時間が過ぎていたらしい。結構長い時間が経ってる事は分かっていたが、こんなにも長いとは。

一体俺が閉じ込められている間にどれほどの冒険や大事件が起きていたのだろう……。考えると、ちょっとやるせない気持ちになるな。

他の事を考えるか。

……。

そうそう。この世界の言語はどうやら日本語ではなかったらしい。最初の内はリーシェが日本語で話しているものだと思っていたのだが、途中で言葉の意味が分からなくなったことがあった。

俺が眠気のせいで理解できなくなっていたとかじゃない。いや、俺もそう思ったけどよく聞くと、そもそもリーシェの話している言語は俺の知っている言語ではなかった。それを体内の『歪み』を意識しながら聞くと日本語と同じように聞こえていたのだ。

つまり、『歪み』を上手く使えば知らない言語でも理解できるようになるらしい。

筋肉つけるのにも使えるし、知らない言語を理解できるようにもなる。便利だな『歪み』。

この世界の常識だと魔王とか魔物とか生む危険物らしいけど。


「それにしても結構長い間話し込んじゃったね。もう日が暮れ始める時間だし、急いで戻らないと部屋を抜け出したことがバレちゃう。謹慎中に部屋を抜け出すなんて最悪、もう遺跡調査に行けなくなるかもしれない」


「謹慎中にこんなことしてたのか。そりゃバレたら大変だな。早く帰るといい。俺はここでまた来るのを待っているよ」


そう言って、リーシェが立ち上がるのを見送る。……なんでリーシェは動こうとしないんだ?

リーシェは座ったままの俺に向かって言った。


「何を言っているの?あなたも一緒に来るんじゃないの?」


「俺もついていくのか?」


「こんな所に一人で残る気なの?大体ここには食料も何もないのに、どうやって……」


「俺は不死身だ。食料なんて無くったってどうにでもなる。それよりも俺には戸籍がないんだ。リーシェの街に入ることなんてできないだろ」


「それは私がどうにかする。これでも考古学院の人間として、それなりの特権があるんだから。それにニーデは私が発見した中で一番の遺物……遺人なんだよ?来てもらわないと私の評価が上がらないじゃない。ほら、行こう。早くしないと本当に日が暮れちゃうよ」


リーシェが俺の手を引いて立ち上がらせる。

久しぶりに他人の手の柔らかさ、温かさを感じた。途端に俺の胸の内からなにやら温かい物があふれ出す。

ああ、やはり人と関わるというのは良い物だ。


数億年も独りでいたから、俺は忘れてしまっていたんだろうか?

人は一人では生きていけない。それは衣食住を満たせるかという問題じゃなくて、心の問題だ。一人で生きて行けば心は死ぬ。

俺は不老不死でも人間だ。どうやら、この長い暗闇のせいで心が死んでしまっていたようだ。以前の俺は内向的で、一人の時間を好んでいた。友達も数が少なく、人とのかかわりを避けることさえあった。だが、もう一人の時間は十分なんだ。

俺はこの世界で、一人の人間として受け入れてもらうんだ。

そう決意して、リーシェの手を握り直し、握手の形にする。


「ありがとう。そして改めてよろしく。俺はニーデ・ハイル。この遺跡で200億年閉じ込められていた人間で、これからこの世界の一員にならせてもらいたい」


「なに、そんなに改まって……お礼を言うことなんてないよ。私のためにやったんだから。まあ、よろしくね。あなたを解き放った責任があるもの。私も少しくらい面倒を見てあげる」


俺の手を握り返してくれたリーシェは少し照れながらも、優しげな笑顔を見せてくれた。

そうして俺たちはリーシェの開けてくれた扉から、遺跡の外に出るため歩き出した。

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