第32話
「……イル!ハイル……!起きてハイル……!」
眩む頭に声が響く。
目を閉じたまま体の様子を確認する。
呼吸はできる、手も動く、体の再生は終わっているみたいだ。
目を開けば、ぼやけているが銀髪の幼女と金髪の少女がこちらを覗き込んでいる。
「ティオネ、リーシェ……?」
「良かった、生きてた!」
「俺は死なないよ……」
リーシェの言葉に返答しながら体を起こす。
あたりを見ると、倉庫はほとんど焼け落ちていて半壊状態だった。
そして俺の近くにはカナンの死体が……ない!?
「カナンはどこに行った!?あれからどれだけ時間が経った!?」
「あの魔人?見てないわ。今は私達が倉庫の火から逃げて10分くらい。戦闘音が聞こえなくなって倉庫の火を消火して入った時には入るしかいなかったわ」
ティオネの説明を聞き、頭を抱える。逃げられた。
だが『歪み』が感じ取れない以上は、あの魔人は逃げたと考えて良いのだろうか。……そうであると祈ろう。
「魔人には逃げられたみたいだ……すまん」
俺が謝るとティオネとリーシェは驚いた顔をした。
「何を言ってるの?上位魔人を相手にあそこまで戦えるだけですごい事だよ。普通なら上位ランクの冒険者がパーティーを組んで対策を立てた上で戦って、それで勝てるかどうかってぐらいなんだよ」
「そうよ。それにあなたは街も私達も守ったのよ。あなたに感謝はしても誰も攻める人はいないわ」
2人の顔は真剣だ。どうやら俺を慰めるために嘘を言っているわけではなく、本心から礼を言ってくれているようだ。
「そうか、それならよかった。それじゃあ行くか」
「行くって?どこに?」
「何を言ってるんだリーシェ……ああ、知らないのか。今クリスティア様やウェスター、アーバー、フレイ、その他にも色々な人が館で人質に取られてるんだ」
だから早く助けに行かなければ。あの魔人と協力して『歪み』を出していたのだとすれば、異変に気づいてやけを起こして人質を殺してしまうかもしれない。
「でも、無理だよ。ハイルは今大怪我……」
「治った」
「魔力……」
「回復した」
「……じゃあ体力がないじゃない!」
「じゃあってなんだよ……。確かに体力はもう底をついた。動くのが面倒なくらいに体が重い」
これで領主の館まで走って行って、そこから人質を取られた状況で勝てるかどうかは微妙な所だ。
だが、かといって他の冒険者や兵士達も魔人化した一般市民への対応のせいで疲弊しているだろう。
指揮を執る人間が人質に取られてパニックを起こす可能性もある。そもそも、あの事態を知っているのは俺達だけだし、人数が増えれば仲間同士で足を引っ張るかもしれない。
だから俺がやらなければいけないことだ。
しかし、リーシェが行っていることも事実だ。今から戦うだけの体力はあるが、ここから領主の館までは結構な距離がある。走っていけば体力が本当に底をつきてしまう。
そうして思考が迷路のように同じ所を回り始めた時、肩をたたかれた。
振り向けば誇らしげに胸を張ったティオネがいた。
「この私が全部解決してあげるわ。ティオネ様に任せなさい!」
領主の館、会議室。
そこでは未だに緊迫した空気が流れていた。
「『歪み』が収まった……?カナンの奴、失敗したのか」
フェルナンドがそう言って窓際に立ち、様子を見るために外を見る。
そこには少し騒がしく、血が流れているが、フェルナンドが想定していたよりも、平穏な空気が流れている。
そして、1つ。彼方に黒い点が見える。
それはだんだんと大きさを増し、膨らんでいく。
「何だあれは、星?……いや、人だ!こちらに飛んできている!」
それは窓を割り、フェルナンドを下敷きに勢いよく部屋の中へと飛び込んだ。
それはそのまま跳び、魔法を唱えた。
「『ブリーズ』!」
そよ風を起こすだけのそれは、膨大な魔力によって暴風へと変わり、部屋の中の武器を持ったものだけを壁に打ち付ける。
侵入者は机の上に立ち、倒れるフェルナンドを見下ろした。
フェルナンドは侵入者の姿を見て叫んだ。
「ハイル君……そうか!お前が俺の計画を壊したのか!」
そう俺だ。
『スペースエクスプロージョン』――空間に歪みを創り出し、その反動で爆発を起こす魔法。『アイオブアルゴス』――空間が繋がっているのなら、どこでも見ることのできる魔法。
これらを組み合わせて、ティオネは俺を打ち出した。
『走って移動する時間と体力がないのなら、距離と方角を定めて一瞬で飛んでしまえばいいじゃない』
そう言われたときは正気を疑った。ティオネの魔法のコントロールが上手くいってよかったが、ティオネが失敗した場合、最悪俺の体は空中で四散して街の人々にさらなる恐怖を与えたことだろう。
「ハイル、よく来てくれたな。助かったぜ」
「ああ、アーバー。俺がここに来れたのは、アーバーの伝言のおかげだよ」
アーバーと会話をしながら、一先ず息をついて、あたりを見回す。フェルナンドは床に倒れている。フェルナンドの仲間は全員床に倒れている。
……待て。1人いない。突入する前にティオネと確認した人数と合わない。一体どこに?
「クリスティア様!危ないッ……!」
ウェスターが大声を上げた。つられてクリスティアの方を見ると、青い髪の獣人――スヴェイがクリスティアに向けて突進していた。
「もう遅い!せめてお前だけでもぶっ殺してやるゥ!」
この場にいた戦える者全員が、クリスティアを守ろうと前に出た。しかし間に合わない。魔力によって強化された脚が、強烈な推進力を生む。不意をつかれ、更に素早い獣人の脚には誰も、俺も追いつけなかった。
そう、脚では。
「ぐおっ……」
突如スヴェイがうめき声を上げて床に転がった。手に持っていた剣は音を立てて取りこぼされた。
しばらくスヴェイがうめく声だけが響き、それが止まってようやくクリスティアが声を出した。
「死んでいる……」
スヴェイは息絶えていた。喉を押さえ苦痛に歪んだ表情をさらしながら死んでいた。
何が何だか分からない。
そんな疑問はクリスティアの次の言葉でかき消された。
「フェルナンド、お前何故自分の部下を殺した?」
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