第12話
クリスティアから指示を受けた使用人が、1枚の紙を持ってきた。紙面には誓約書と書かれているが、誓約内容は書かれておらず、下の方に四角く青い鎖のような印が押してある。
これは何かと不思議な顔をしていると、隣に座るウェスターが説明を始めてくれた。
「この誓約書の正式名称は『契約の神の誓約書』、一度記入した内容は書き直せず、一度同意すれば破棄することはできない。もしも誓約したことを破ってしまえば酷い罰を受けることになる。これはそういったマジックアイテムだよ」
「そんな便利な物があるのか。それなら、なんでさっき俺の話を聞いたときにウェスターが使わなかったんだ?」
俺の質問に答えたのは、ウェスターではなくクリスティアだった。ペンで誓約書に色々な文言を書き込んでいるので、視線は誓約書に向いたままだ。
「誓約書はその効力の強さゆえに王国が流通を取り締まり、使用者を一部の貴族に限定している。お前も元の家であれば、自由とは言わないがそれなりに使えたろうに」
その言葉の後半は俺ではなく、ウェスターに向けられたものだった。ウェスターを見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。よほど元の家というのが嫌いなのだろうか。
「クリスティア様、その話は……。そんなことよりも、誓約内容を確認しても構いませんね?」
「ああ、確認できたら返せよ。……この男は実は貴族でな。王国領直属で王にも近い最上位貴族だったが、実家はつまらないと当主の意向に歯向かって考古学者になったのだ」
「へえ、以外ですね。堅苦しい教授か疲れた中年みたいなのに、そんな高貴な方だったんですか」
なぜか、俺に対してウェスターの身の上話をしてきたクリスティアだが、いいのだろうか。ウェスターが俺たちの事を横目で睨んできているが。
「そんな、つまらない話はもうやめてください。確認できましたよ。誓約しますクリスティア様。内容は『ニーデ・ハイルが創世期より遺跡に閉じ込められていた古代人であると誓う』『同人物がグリーンバレー領に敵意を持つ者ではないと誓う』この2つですね?」
「ああ、そうだ。ハイルも誓約に同意するということで構わんな?」
「はい、俺も誓約します」
これならば、問題ないだろう。俺は少なくともこの世界ができたころから閉じ込められていたし、この土地に恨みを持っているわけでもないしな。
俺の言葉を聞いたクリスティアが、誓約書に手をかざす。そして、クリスティアの魔力が誓約書に吸い込まれていった……気がした。俺にはまだ魔力という物が具体的に感じ取れていない。
そうして、クリスティアからウェスターへと誓約を行い次は俺の番になった。
前の2人にならって魔力を流してみる。掌にゆっくりと魔力を流し、そこから誓約書へ落とす。
……これでいいのだろうか。
誓約書が大きく光りだした。何か間違ってしまったかと焦るが、すぐに発光は収まり紙面上には誓約完了の文字が浮き出た。
「これで、終わりでいいんですよね?」
「そうだ。誓約は完了した。そして貴様らが罰を受けていないという事は、誓約内容が真実であると契約の神より保証されたわけだ。これでハイルの身元は私とウェスターだけでなく、契約の神にも保証された。それでは、アーバー。後は頼んだぞ」
「は……?」
突然話を振られたアーバーは間の抜けた顔をしている。さっきから話すことないからって、このおっさん出されたお茶と菓子を堪能していたからな。油断しているからそうなる。俺は見ていたぞ。
「俺が、何を頼まれたんです?悪いが話の前後が見えてきませんね。説明してもらえますかクリスティア様?」
アーバーの狼狽する様子を見て、クリスティアは初めて明確に笑った。固い表情をしているから、笑わない人かと思ったがそうでもないようだ。
「アーバー、この男は身元が特殊なので事情を知る者に受け入れてもらいたい。そして今この場にいて求職者を受け入れられるのは私、ウェスター、そしてお前だ。ここまでは分かるな?」
「ああ、勿論。そこまでは俺でも理解できました。だからって、俺の所になるのはなぜです?」
「私は新人を受け入れられるような状況じゃないのはお前も知っているだろう?」
「ええ、今日はその件の話をするために来ましたからね」
「そうだ。そしてウェスターは王国の公務なので急に来られても賃金を出せるような組織ではない」
「ええ、予算はしっかりと管理されていますからね」
「よってお前の冒険者ギルドに参加させるしかないというわけだ」
その言葉を聞いてアーバーは理解したようで、しかし納得はしていないようで頭を抱えた。
「なるほど……。ギルドでこの男を受け入れるしかねえわけか」
「ああ、そういう事だ。それにお前は私が保証するのなら従う。そう言ったからな」
さらに追い込まれたアーバーは苦しそうに頭を抱える。そんなに俺を受け入れるのが嫌か。嫌だろうな。経営者としては。
大量の魔力を持っていて身元が分からず、どんな人間かと思ったら古代人で、しかもそれが本当だときた。
何をしでかすか分からなさすぎて、普通だったら受け入れ拒否しているだろう。しかし、領主からの頼みなので断れない。
経営者って大変なんだなあ。
「そういう事らしいので、よろしくお願いします。アーバーさん」
俺が手を差し出すと、アーバーはためらいがちに手を取った。
「ああ……分かったよ。俺は後から行くから仕事内容については、ギルド職員に聞いてくれ。ウェスター、道案内をフレイに頼んでもいいな?」
「ああ、私は構わないよ。フレイ、大丈夫かい?」
「はい、わかりました。それでは失礼します」
『にゃ』をつけろ。偉い人の前だからって言葉を正すな。誰だか分からないだろ。
アーバーが書いた紹介状を渡されたので受け取って、外套のポケットの中に突っ込んでおく。
俺に目配せをしてフレイが外へ出ていくので、俺もフレイの後を追う。
「……行ったか。まったく、とんでもないモノを連れてきたな。ウェスター」
クリスティアは息をついてソファに体を沈めこむ。
「ああ、なんだあのバカげた魔力量は。誓約書に流し込む量じゃあない。前に見た王都の魔法使いが、最上級の魔法を使っているのと同じ量だったぞ」
アーバーはそう言って、置いてあった飲み物を流し込んだ。
「彼を受け入れなければならないのは、同情するよ。彼は悪人には見えないが、強い力は良くも悪くも影響を及ぼすというのは歴史的にも証明されているからね」
ウェスターがアーバーを茶化すように言うと、アーバーは恨めしそうに見て少し悪態をついた。
「さあ、これくらいにしておこうじゃないか。彼は確かに危険になりかねないが、それよりも今は私の愚弟フェルナンドについてだ。ウェスター、資料は用意しているな?」
クリスティアがその名を口にすると、空気は一気に冷たく張り詰めた。ウェスターが持ってきた資料を机の上に広げた。それはこの周辺の地図であり、街の周囲に幾つか赤い円で印がつけてあった。
「はい、こちらに。この赤く印をつけている部分が、弟様が武器や資材の隠し場所と考えられる遺跡です。危険が少なく、かつ人目に付きにくい。物資を隠すには最適といえる場所です」
クリスティアの弟であるフェルナンドは、反乱を計画していると考えられていた。今日この場に集まった3人は元々、その対策のために会談を行う予定だったのだ。
「我が弟が反乱の兆候を見せてから3カ月。フレイの活躍で物資の隠し場所が、どこかの遺跡であると突き止めたはいいが……どうやって持ち出しているのかは分かったか?」
「どうやら弟様は商人の輸送に紛れて、裏で得た資材を運び出しているようです。あの坊ちゃんが、シルバーフォートの裏を支配しているとは俺も驚きましたよ。あんなに無邪気な子供だったのに……」
「よせ、今は昔の事を思い出させないでくれ。あの子はすでにこの街に害を為す敵となったのだ」
「おっと、すみませんでした」
クリスティアとフェルナンドは以前は仲の良い姉弟だった。しかし、クリスティアが領主となるとフェルナンドは、性格こそ変わらないものの街へ繰り出してはあまり良くない輩と付き合っているようだった。
それでも街と弟を守るためとはいえ、継ぐべき家督を横から取っていったような形になってしまったクリスティアは弟に負い目があった。よって強く出られずに放置していたのだが、ついにその弟は看過できない暴挙に出てしまったのだ。
クリスティアは悔しさを心に持ちながら、顔には出さないように努め、2人に指示を出す。
「ウェスターは引き続き怪しい遺跡の調査を、アーバーは裏社会の者共の間で大量の物資のやり取りがないか確かめてくれ。私は街の出入りを管理する兵達が買収されていないかを監査する」
「了解」
2人はクリスティアの指示を受け、動き出した。
そうして部屋に1人残されたクリスティアは、手付かずになっていた茶を一啜りして呟いた。
「……冷めているな。おい、代わりを持ってきてくれ」
人払いをしてクリスティアは考えた。これから弟と自らの身に起きるであろう悲劇を。ハイルとかいう男がもたらす影響を。
「私はただ、民と弟の幸福を願っていただけなのに……」
零れた言葉はまるで少女のように頼りなく儚い願いだった。
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