第45話 励まし
放課後は、もちろん普通に園芸部としての活動をしなければならない。
気まずいのは気まずいが、畑という広々としたところだと、その気まずさも緩和されるような気がする。
だからこそ、昼休憩のように逃げずにここまで続けられたのだ。
「おおー、伸びてきたのう」
畑を見た木下が、そう歓喜の声を上げる。
ネギやらナスやらキュウリやらが、ニョキニョキと伸びている。畑に刺した支柱が長すぎるんじゃないかと心配していたが、足りなくなっているくらいだ。
これが、あの雑草だらけだった広場とは思えない。
俺たちが育て上げた畑なんだと、胸を張って言えるし、なんだか誇らしくも思える。
ところで、どうして畑の隅っこに、プチトマトやらトウモロコシが植えられているのか。俺たちが植えた記憶はないので、おそらく浦辺先生が苗をそこに植えたのだろう。
職権乱用だ。
ナスやキュウリも、花を咲かせたと思ったら、ちらほらと実が付きだして、もう食べられるんじゃないかと思ったが、大きなものは気が付いたらなくなっている。
職権乱用だ。
ネギはちゃんと種から育てた。母ちゃんがよく、買ってきたネギの根元を残しておいて、豆腐のパックに植えてまた生えてくるのを待つ、ということをやっているが、俺たちが育てようとしているのは白ネギだし、簡単とは言われたが、手間はかかる。
先日、畑を深く掘り、苗となったネギを植え直した。
ネギの青いところは地表に出ている部分で、土に埋まっているところが白くなるんだそうだ。白い部分を増やすために深く掘らなければならないと、浦辺先生に叱咤激励されながら、俺たち二人は畑を掘った。
そんなこんなで、畑は男子担当、温室は女子担当、という具合になってしまったので、ありがたいやら、寂しいやらだ。
寂しいほうの木下が、俺に向かって首を傾げる。
「ほいで、喧嘩は終わりそうなんか」
「あ、ああ……わからんけど」
俺が仮に謝ったところで、川内が許してくれなければどうしようもない。
それを思うと、はあ、と深いため息が漏れた。
「川内は、そんないつまでも怒っとるタイプには見えんけどのう」
木下は、温室のほうに視線を移して、そう言った。
「……怒っとる……んじゃないと思う」
むしろ、理不尽に怒ったのは、こっちのほうだ。
肩を落とす俺を見て、木下はポン、と軽くその肩を叩いた。
「まあ、なんかしらんが、早う仲直りせえよ」
「うん……まあ、明日、話はするけえ」
「ほうか」
俺たちは言いながら、花壇のほうに場所を移動する。
畑の作物がニョキニョキと伸びると同時に、雑草だってニョキニョキと伸びるのだ。
なので、あっちの花壇の雑草を抜いたら、こっちの花壇の雑草を抜く。終わったらまた違う花壇の雑草を抜く、ということを、この数日繰り返している。
まあ、俺が温室に行きたがらない、というのがこの作業ばかりになっている理由の一つなのだが。
付き合わせてしまっている木下には、申し訳ない。
「雑草抜きは俺がやるけえ、木下は温室のほうに行ってもええで?」
「ええよ、こっちで。あっち行ってもやることあんまりないし、女子に囲まれるのものう」
そうは言うが、木下は気が利くヤツなので、俺に付き合ってくれているのに違いない。
花壇に到着すると、その端にしゃがんで、二人してブチブチと雑草を抜く。しばらくして、俺の正面にしゃがんでいる木下がブツブツ言いだした。
「抜いても抜いても生えてくるよのう。ちゃんと根っこから抜きよるつもりなんじゃけど」
「うん」
「キリがないわ」
「うん」
「そんなんで、園芸部、面倒なけど」
「うん?」
なにか言おうとしていると思ったので、顔を上げる。
木下も手を止めて、こっちを見てきた。
「でも、園芸部に入ってよかった、思うで」
「……ほうか」
「最初は、ホンマに真面目にするつもりはなかったんじゃけど、なんだかんだ楽しいわ」
「うん」
「そりゃ、尾崎もおるし、下心いうて言われたらそうかもしれんけど、ちゃんと花とか野菜とか自分で育てたら、やっぱなんか、達成感があるわ」
「うん、わかる」
「それに……」
木下がそこで言い淀む。
ちょっとうつむいて、また雑草をちまちまと抜き出す。
「四人でおるの、楽しいわ」
少し声のトーンを落として、そう言う。
照れくさい、という感じだった。
木下なりに、励ましてくれているのだ、とわかった。
「俺も、四人でおるの、楽しいよ」
そりゃあ、川内と二人きりになりたいと思うこともある。
でもやっぱり、四人でワイワイと花壇を整えたり、畑を耕したり、温室で話をしたり、そういうことがベースにあってこそなのだ。
「ほうか。じゃあやっぱり、早う仲直りせにゃあの」
「うん」
そして俺たちは、また雑草取りを再開する。
そのうちふと、木下が言った。
「いうてもワシら、ちょっと女子らに振り回されすぎじゃないかのう」
「ほうか?」
「ほうよ。ワシら、あいつらに弱すぎよ。いつまでも尻に敷かれとっちゃあいけんわ。いつか下剋上せにゃあいけん」
「できるんか、そんなこと」
「……どうかのう」
木下が不安そうな声を出すので、思わず噴き出してしまい、木下はそれに唇を尖らせた。
◇
家に帰ると、姉ちゃんの黒い軽自動車は停まっていなかった。
ずっと早めに帰ってきてたのに、ここのところは帰りが遅いみたいだ。
この際、姉ちゃんに相談するべきかとも思ったのだが、そうはいかないようだ。
肝心なときにはいないとは、役に立たない。
とはいえ、姉ちゃんになにもかも明かすことはできないので、謝り方とか、そういうことしか訊けないわけだから、なんにしろお役立ちではないかもしれない。
大学生のいろいろが、なにかは知らないけど。
大学生って忙しいものなんだな、と思った。
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