第5話 温室
その日の放課後、俺たちは早速部室に案内された。
「部室いうても、部室って感じじゃないんじゃけどね」
苦笑しながら川内が言う。
連れていかれたのは、体育館の横にある、小さな温室だった。
まさかこんなところに誘導されるとは、と、木下と顔を見合わせる。
入り口には南京錠が掛けてあって、川内がガチャガチャと鍵を開けている。
「どうぞ」
扉を開けて、川内がそう言った。俺たちは恐る恐るといった体で、中に足を踏み入れる。
名前も知らない花が、鉢に植えられて並べられているのが目に入る。いや、たまには知っている花もあるけど。パンジーとか。
温室は外からは何度でも見たことはあるけれど、中に入るのは初めてだ。もしかしたら、鍵の掛かっていないときに扉を開ければ普通に入れたのかもしれないが、なんとなく、普通の生徒は入ってはいけないような気がしていたから、やったことはない。
まだ外は少し肌寒いけれど、さすがは温室、暖かい。
中は意外に広くて、通路になっているところに木製の背もたれがないベンチが一つ、それから折り畳みのパイプ椅子がいくつか畳んで置いてある。
「はい、座って座って」
やっぱり尾崎がその場を仕切っている。
女子二人がベンチに並んで座る。なので必然的に俺たちはパイプ椅子を広げて座ることになった。
「二人しかおらんし、部室とか貰うても仕方ないけえね。じゃけえ、ここが部室なんよ」
「なるほどねえ」
初めて入ったその場所がなんだか物珍しくて、きょろきょろと辺りを見渡してしまう。
階段のようになっている棚が所狭しと置かれていて、その上にプランターや植木鉢が並んでいた。棚がないところには、背の高い観葉植物が置いてある。視線を移して壁を見ると、アナログの針時計のような温度計が掛けてあった。
「
川内が立ち上がり、温室の隅にある棚に向かう。
肥料やらじょうろやら、なぜか筆立てなんかも雑多に置かれた古い木製の大きな棚で、中頃に小さな引き出しが付いていた。
彼女はそこから二枚、紙を取り出し、さらにバインダーを二つ棚から取り出し、筆立てから二本、ボールペンを抜いた。
こちらに歩み寄りながら、それぞれをセットし、そして俺たちに差し出した。
「はい」
木下と俺は素直にそれを受け取る。見てみれば、クラスと名前を書けばいいだけの、簡単なものだった。今まで帰宅部だったので、見たことすらない代物だ。
特に拒否する理由もないし、入部は決めたことなので、俺たちはなんの疑問もなく、その紙に自分のクラスと名前を書き込んだ。
「これでええん?」
木下と俺はほぼ同時に書き終わり、バインダーごと入部届を川内に渡す。
「うん、ありがと」
そう言って微笑むと、川内は二枚のバインダーを胸に抱える。
「よかったあ」
「よかったねえ」
川内と尾崎が顔を見合わせて笑い合っている。
「なんじゃ、大げさなのう」
呆れたように木下が言った。
「先生が、絶対二人を勧誘せえって言うたけえ」
「ほんまほんま。よかったわ」
ニコニコとしながら、女子二人が言う。
「……へえ?」
……なんだろう。
なんだか、嫌な予感がしてきた。
どうやらその予感は木下もしたようで、こちらに不安げな目を向けてきた。
なので、それを口にしてみる。
「聞いとらんかったけど……顧問って誰なん?」
俺の質問に、女子二人は顔を見合わせて。
それから川内は少しうつむいて、尾崎はニヤリと笑った。
「今日、職員会議が終わったらここに来るって言いよったけえ、それまでのお楽しみ」
底意地の悪そうな声で、尾崎が言う。
「はあ?」
「ご、ごめんね。入部届書くまでは言わんほうがええって言われとって……。あっ、隠しとったわけじゃないんよ、訊かれたら言うつもりじゃったんじゃけど、ここまで訊かれんかったけえ」
言い訳がましく川内が続ける。
「え?」
「おおー、来たか」
そのとき、温室の扉が開いたと同時に、野太い声が響いた。
慌てて振り向く。そこにはヨレヨレの白衣を着た先生が一人、立っていた。
「えっ」
「げっ」
「げっ、とはなんじゃあ、げっ、とは」
ズカズカと中に入ってくると、その人は木下の頭を、上から掴むように握った。俺は「えっ」だったのでセーフらしい。
「いたたたた」
木下は自分の頭をつかんでいる手の手首を両手で握って抵抗しようとしているが、体勢もあって相手のほうが力が強い。
「痛うなかろうが、これくらい」
「痛いってえ!」
「ほうか、すまんのう」
ははは、と声を上げて笑うと、すぐに手を離す。
「よう来たのう。歓迎するで」
ニコニコとしながらそう言うその人は、生物教師、
がっちりした体格に、無精髭。それだけで、かなりの威圧感がある。しかも広島弁が割とキツくて、生徒の間では「カタギじゃない」だなんて話もあるくらいだ。
外見にふさわしく厳しい人で、制服に校章を付けていなかっただけで、一時間の説教は覚悟しなければならない。
そんな、教師。
「園芸部の顧問って……」
呆然としながらそう言うと、浦辺先生は口の端を上げて言った。
「ワシじゃ。よろしゅう頼むで」
俺たち二人はそれを聞いて、がっくりと肩を落とした。
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