第4話 部活勧誘
「今まであんまり話したことなかったけえ、なんか話し掛けづらくて……ごめんね」
その川内の言い訳に、尾崎は俺のほうに顔を向ける。
「てか、あんたら、一年のとき同じクラスじゃなかったん」
「ああ、同じ。三組」
「うん……同じじゃったけど……、あんまり話は
ちらりとこちらに視線を移して、川内は少し首を傾げた。
「ああ、うん」
俺はこくこくとうなずく。
「で、話ってなんなん」
木下はそう言ってから、おにぎりにかぶりついた。
焦っているということはないだろうが、さすがに引っ張り過ぎではないかと、俺も思う。
しかしまだ川内は、「あの……」とか「えーと」とか、モジモジと言い淀んでいる。
「もうー、パッパと言いんさいや」
そう尾崎に急かされ、覚悟を決めたように、川内は顔を上げた。
「あのねっ」
「うん」
ようやく話が始まったか、と俺たち三人は昼飯に手を付ける。
川内は、ふう、と一つ息を吐いて、そして続けた。
「じ、実はね、私、園芸部なんじゃけど」
「園芸部」
「園芸部なんかあったんか」
俺と木下は、そう声を上げる。本気で知らなかった。
「う……うん」
その言葉に川内は一瞬ひるんだようだけれど、しかし続けた。
「入部……してくれんかなーって思うて」
「え?」
勧誘か。なんだ。
少々がっかりはしたが、なるべくそれが顔に出ないように気を付けながら、俺は手の中にあるソーセージパンにかぶりついた。
川内は小さな声で続ける。よく耳を傾けていないと聞こえないかもしれない、という声だ。
「えっと……顧問の先生がね、男手があったらええって言うて、クラスの男子に声かけてみろって言われて……」
「あんたら、帰宅部じゃろ? 他の男子はなんかどっかの部活に入っとるみたいなし」
そう尾崎が川内の話を補足する。
確かに尾崎が話をしたほうが、話がさくさくと進む。
この一組は文系クラスで、女子が圧倒的に多い。三十名のうちの八名が男子という構成だ。少数派に属する俺たちは、少々、肩身が狭い。
確かに、残りの六人を見渡してみても、サッカー部とか吹奏楽部とかだったような覚えがある。
どうやらこの教室の中で帰宅部の男子は、俺と木下だけらしい。
「園芸部ってなにするん?」
木下がそう言い、川内がそれに答えた。
「花壇に水やったりとか……」
「うっわ、
大声を上げてしまった木下を見て、川内はまたうつむいてしまう。彼女の弁当は手付かずのままだ。
尾崎がその様子を見て、また助け船を出した。
「でも、なんか部活やっとったら、内申点が良うなるかもしれんよ。面接とかで、帰宅部ですーって言うより、部活やっとりましたって言うたほうがええじゃん」
「あー、まあ、そりゃそうなんじゃろうけど」
木下が頭を掻きながら、一応は尾崎の言葉に同意する。
「でも園芸部かー。ほら例えば、ダンス部あるじゃん。あんなんだったら」
「ダンス部いう柄かよ」
尾崎が木下の言葉に鼻で笑う。それにムッとしたように、木下は眉をひそめた。
「笑わんでもええじゃろ」
「笑うわ、あんたがダンス部とか」
そんな風に二人が軽口の応酬をしているが、川内はなにも言わずにうつむいたままだ。
それを見ていると、なんだか胸が痛んだ。うつむかせているのが自分のような気がして仕方ない。
だから俺は言った。
「俺、入ってもええよ」
「ホンマっ?」
川内がパッと顔を上げた。喜色満面、という表情だった。
早まったか、と少し思わないでもなかったが、その顔を見たら、まあいいか、という気持ちにもなった。
木下が俺のほうに向かって言う。
「ええー、マジか、神崎」
「いやまあ、内申が良うなるんなら、それもええか思うて。どうせ帰宅部で時間あるし。塾とか行きよるわけでもないし」
「まあのう」
俺が慌てて言った弁解に、木下はあっさりと乗った。
「ほいならワシも入っとこうかのう」
「ホンマ? 良かったあ、ありがとー」
川内が胸を撫で下ろす。そしてふわりと笑った。
なんだかまたどぎまぎしてきて、俺は慌ててパンを齧る。
「ほいでも、そんなに熱心にはやれんで?」
木下は川内のほうに顔を向けて言った。尾崎に対してとは違って、ずいぶん柔らかい口調だ。
「うん、ええよ。ときどき手伝ってくれたら」
木下の言葉に、川内はこくこくとうなずいている。
「ほいならええかあ」
木下はそんな風に、渋々入部します、という体で言うけれど。
もしかしたら最初から入部してもいいかと思っていたのかもしれない、とそんな気がした。
園芸部にいるのは、川内だけじゃない。
「川内の他には誰が
木下は、そんなわかりきった質問を川内に言う。それを受けた彼女は、尾崎のほうを見て微笑んだ。
「今は、私と千夏ちゃんだけ」
「なんじゃあ、尾崎もおるんかあ」
わざとらしく木下が声を上げる。いや絶対これ、誤魔化しているんだろう。聞いているほうが恥ずかしい。
しかしその当人は気付かないのか、尾崎はムッとしたように口を尖らせる。
「ウチがおったらいけんのん。だいたい、ウチもさっきから勧誘しよったじゃろ?」
「川内の手伝いなだけかと思うて。それこそ園芸部いう柄じゃないけえのう」
「
そんな風にまた、尾崎と木下が軽口を叩き合う。
はたから見ると、じゃれ合っているようにしか見えない。
「ハルちゃんが部長じゃし、やっぱハルちゃんが主導でって思うたんよね」
誰に言うともなしに、尾崎はそうぽつりと言う。
それで川内が俺に声を掛けることになったのか。
尾崎はそれを見守るつもりだったが、痺れを切らした、というところだろう。
「ごめんね」
川内が尾崎に向かってそんなことを言っているが、ニコニコと笑って尾崎は「ええよ、ウチも部員なんじゃし」と返していた。
まるで仲のいい姉妹みたいだな、と思った。
もちろん尾崎が姉で、川内が妹だ。
それから川内はこちらにくるりと顔を向け、心配事が片付いて安心したのか、にこにことしながら俺たちに言う。
「ありがとね」
「ああ、うん。別に、礼を言われることでもないけえ」
「でも、ありがと」
ほっとしたんだろう、川内は初めて弁当に手を付けた。
卵焼きを箸で半分に割って、それを口に運ぶ。ぱくっとくわえてモグモグと口を動かしている様が、小動物みたいで可愛いな、と思った。
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