第3話 昼休み
その日の昼休みのことだ。
まだ新しいクラスになったばかりで、誰かと向かい合わせに弁当を食べるというところまで来ていない俺は、ガサガサとカバンからパンを取り出した。
一年のころに一緒にいたヤツらは、みんな理系クラスに行ってしまって、文系の俺だけがボッチになってしまった。……少々、寂しい。
制服のブレザーのポケットからスマホを取り出す。授業中はもちろん禁止で電源を切っていないといけないが、昼休憩の間は特になにも言われない。
スマホはお一人様の必須アイテムだな、としみじみと思う。
とはいえ残念ながら基本プランなので、動画なんかを見てしまうと、あっという間にデータ通信料が上限に達してしまう。なにか通信料を食わないいい暇つぶしはないかとスマホの画面を見る。
「……くん」
ざわざわと、教室は騒がしい。
「あの……神崎……
ふいに自分の名前が読み上げられて、驚いて顔を上げる。
すると、俺の机の横……とはいえ二、三歩離れたところに、川内が立っていた。
なにか連絡事項でもあるのかと思って待っていたが、彼女はもの言いたげに、もじもじと両手の指先を弄んでいる。
いったい、なにが起こっているんだ。
「な、なに?」
思いがけず声が上擦っていて、俺は慌てて咳払いをする。なぜかごまかさなければならないような気になったのだ。しかしそれもわざとらしかったか、と冷汗が出る。
というか、どうして俺はここまで動揺しているのか。話し掛けられたくらいで。
川内は俺の動揺に気付いているのかいないのか、やっぱりもじもじとしながら、ゆっくりと口を開いた。
「えーとね、あの……。えっと……お昼、一緒に食べん?」
「はっ?」
あまりにも予測できない言葉が出てきて、俺の声はさらに上擦った。
少々音量もあったので、驚いたのか、川内は一歩、後ろに下がった。
「あっ、ごめんね、嫌ならええんじゃけど」
ぼそぼそと川内はそんなことを口の中で言う。
「いやっ、嫌じゃない、けど、なんで?」
男同士ならわかる。女同士もわかる。
けれど、男女が一緒にお昼を食べるというのは……あ、いや、いた。教室の隅にちらりと視線を向けると、一年のときから付き合っているという、佐々木と寺本が一つの机を挟んで向かい合わせに座って、楽しそうに弁当を広げていた。
いやこれは例外か。
川内は俺から目を逸らしたまま、小さな声で続ける。
「えーと……話、あるけえ」
「は、話? なんの……」
「はーい、ごめんなさいねー」
どきまぎしている俺の言葉を遮るように、そんな声が響いて、続いてガタガタと机と椅子を動かす音がする。
「もー、なんか
「千夏ちゃん」
心底呆れたような顔をした尾崎が川内の机を持ち上げて、俺の机にくっつけていた。
「はい、木下も」
「はあっ?」
突如、尾崎は後ろの木下にも声を掛ける。言われた木下は素っ頓狂な声を出してしまっていた。
「なんでワシも」
「ええじゃん、あんたら二人ともボッチ飯なんじゃけえ。はいはい、こっち来て」
なぜか尾崎がその場を仕切りだして、俺たちは大人しくそれに従う。
教室にいたクラスメートたちは、なんかやってる? という表情をしていたが、特に興味はなさそうで、すぐに自分たちの昼飯に取り掛かっていた。
ぶつくさ言いながらも、木下は立ち上がって自分の椅子を持ち、こっちにやってくる。
二年生になってからの短い期間しか見ていないけれど、なんだかんだで、木下は尾崎に弱い気がする。
俺たちは二つの机をくっつけた周りに椅子を四つ囲ませて、それぞれに座る。女子二人はお弁当を机の上に置いた。
「話、長うなりそうなけえ、まあお弁当でも食べながら話をしようやって思うて」
場が整ったことですっきりしたのか、尾崎はニコニコと笑いながらそんなことを言う。
「話って……なに?」
川内が俺に話があるのかと思っていたが、この様子では、川内と尾崎の二人が、俺と木下に話がある、ということのようだ。
つまり、いたって普通の話の可能性が高い。
……俺がときめいた時間を返してほしい。
「あっ、それはね、ハルちゃんから」
ニコニコとしたまま、尾崎は手のひらで川内を指す。
指された川内は、恥ずかしそうに少しうつむいた。
「えと、お弁当、食べながらにしよう?」
「ああ、ほうじゃね」
それで俺たちはそれぞれ、机の上に昼飯を出す。女子二人は弁当箱を開け、木下と俺はコンビニおにぎりとパンを並べた。
俺がガサガサとパンの袋を開けている間に、おにぎりの包装フィルムを剥がしながら木下が口を開いた。
「で、話ってなんなん?」
「まあ、
苦笑しながら尾崎が言う。
「焦っとらんけど、そうもったいぶられると気になるじゃろうが」
少しふてくされた様子で、木下が答える。
「いやー、もっとパッパと話が終わる思いよったんよ。でもハルちゃんがいつまでもモジモジしよるけえ、こうなっただけ」
言われた川内は気まずそうに、また少しうつむいた。
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