第19話 月曜日

 翌週の月曜日になって、尾崎は教室に姿を現した。

 さすがに皆、心配していたのか、尾崎は次々と声を掛けられていた。

 川内と一緒に入ってきたのだが、その様子を見て川内だけが離れて自分の席に向かってくる。

 尾崎を取り囲んだクラスメートは、我先にと口を開いた。


「お母さん、大丈夫じゃったん?」

「うん、大したことなかったんよ。でも、倒れたんが会社じゃったけえ、慌てて他の人が救急車呼んだみたい」

「へえー」

「すぐに退院したし、もう大丈夫」

「よかったね」

「うん、ありがと」


 そんな風に笑いながら、軽く言葉を交わしている。

 その様子を見るに、本当に大したことはなかったのだろう、とほっと安心した。


 昼休みに四人でお昼ご飯を食べている間も、「もー、びっくりしたわー」などと言いながら、軽い調子で話をしていたから、特に心配することはなさそうだと思った。


 けれど、食べ終わったあと、尾崎は立ち上がって、俺に言った。


「神崎。温室行こ、温室」

「えっ」

「早う」


 急かされて立ち上がる。けれど川内も木下も、座ったままだった。


「俺だけ?」

「そう、特別」


 ウインクしながら、おどけたようにそう言う。

 川内と木下に振り返るが、二人ともまるでそれが普通のことみたいに、特に驚いた様子もなく、座っている。


「ていうか、木下にはもういろいろ話したし、ハルちゃんにも話した。あとは神崎だけ」

「ああ、うん」


 木下は家が近所なのだから話す機会もあっただろうし、川内は朝一緒に教室に入ってきたのだから、朝一番に話したのだろう。


 尾崎と二人して教室を出る。

 階段を下りながら、尾崎は言った。


「ちょっと込み入った話もあるけえ、教室はね」

「ああ、なるほど」

「コクられるか思うた?」


 こちらに首だけで振り向き、にやりと笑ってそう言う。


「コクってくれるん?」


 首を傾げてそう返すと、あはは、と声を出して笑ってくる。


「残念じゃったね、違うわ」

「ほうか」


 それはそうだろう。

 尾崎もきっと、木下のことが好きなのだ。自覚しているのかしていないのかはわからないけれど、きっとそうなのだ。


 あのとき、尾崎は「ありがと、隼冬」と名前を呼んだ。たぶん二人は、子どものころは、名前で呼び合っていたのだろう。

 それが思春期やらなにやらで、いつの間にか離れていって、目と鼻の先の二人の家から同じ高校に通うのにも、別々に通うようになってしまった。


 なかなか面倒そうな関係ではあるが、でも今また少しずつ動き始めているのだ。


 俺という存在は、そういう二人に割り込めるような人間ではない。

 それになにより、俺には好きな人がいる。なんとなくだが、尾崎はそれに気付いているのではないだろうか。


 先を行く尾崎が、ポツリと言葉を発する。


「ウチ、温室、好きなんよね」

「うん」

「なんか、心穏かになるっていうか」

「わかる。落ち着く」

「たぶん、ハルちゃんが世話しよるけえじゃわ」


 小さく笑いながら、そう言う。

 そう言われるとそうかもしれない、と思う。暖かくなってきて、温室はポカポカと気持ちいいものから、少し暑い場所になりつつあるけれど、それでもやっぱり居心地がいい。


 温室に到着して、尾崎は川内に借りたのであろう鍵を取り出し、南京錠をガチャガチャとやって、その扉を開けた。

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