第35話 Wデート その3

 木下が俺の横にそっと立ち、ひそひそと耳打ちしてくる。


「ワシのせいじゃないで?」


 その言葉に苦笑する。

 まあ、予想はつく。

 たぶん俺の様子がおかしいのに気付いた尾崎が、今日がそのショートステイの日だということで、二人を張ろう、と言い出したのだろう。そして、木下はそれに付き合わされたのだろう。


 そのとき、あ、と思いつく。

 もしかしたら尾崎が木下と二人で出掛けたくて、理由をつけて引っ張り出したのかもしれないな。

 その可能性については、木下には教えてやらないが。


「わかっとるよ。でも、四人のほうが楽しいし、二人じゃ何をしゃべってええかわからんかったけえ、良かった」


 そう返すと、木下はほっとしたように息を吐いた。

 実際、どこに行けばいいのか、とか、なにを食べたらいいのか、とか、いろいろ考えてはいたけれど、一番いい答えを四人なら出せるような気がする。


 なにより、川内が楽しそうだ。

 まあちょっと、複雑な気持ちではあるけれど。


 安心したのか木下は、隣から声を張って、前を行く女子二人に声を掛ける。


「『てつくじ』行く前に、腹ごしらえしようや。腹減ったわ」

「なに食べる?」


 川内が尾崎に問うと、迷うことなく尾崎が言った。


「カレー食べよ、『海自カレー』」

「どこの?」


 海自カレーは、海上自衛隊の艦艇それぞれ独自のカレーを、呉市内の飲食店で食べられるという代物だ。全部で三十種類くらいあるが、俺は全部を食べて回ったことはない。

 でも中には毎年すべてを回るという猛者もいるらしい。シールラリーなんかもやっていて、それを集めるとプレゼントがもらえるという話を聞いたことがある。


「『大和ミュージアム』のとこに一戸ある」

「一番近いのは、そこのホテルの中の」

「ホテルに入れる格好じゃなかろうが」

「近いのは、こっちも。呉駅の中」

「ホンマじゃ、のぼりがある。そこじゃん」

「なんなら全部、廻ろうや」

「ええー? そりゃ無理じゃろ。腹に入らんわ」


 そんな風に話し合って結局、一番近い呉駅の一階にある食堂に入る。

 四人で席に着いて、女子二人はハーフサイズにしよう、なんて言って、来たら来たで香辛料を入れるか入れないかで揉めて、出るときには姉ちゃんから軍資金を得たことがバレて四人分払わされて。


「じゃ、『てつくじ』行こー!」


 店を出ると尾崎の号令に従い、『てつのくじら館』に行く。

 歴史の展示物はざっと見て、そのあと掃海艇の甲板を再現した場所に入り込んで、「うおー、なんだこれ」「かっけえ」なんて言いながら、見て回る。どちらかと言うと男子二人のほうがはしゃいでいたと思う。


 でも女子二人も、モールス信号のクイズに挑戦してみたりして、「あー違うー!」「早くて間に合わんよー」なんて楽しんでいたのでほっとした。


 さらには潜水艦の狭い寝台に、交代で寝転がってみたりする。


「狭そうに見えたけど、案外寝れる」

「頭ぶつけないように気を付けて」

「写真撮ろ」

「次、ワシも」


 そのあとは、本物の潜水艦の中に入って、木下のオススメの操舵席に座ったり、潜望鏡を覗き込んで外の景色を見たりした。


 確かにこれは、タダなのに面白い。


 あんまり楽しかったから、『てつくじ』を満喫してから外に出てすぐ、次はどうする? なんて言っていたんだが、尾崎がポン、と手を叩いた。


「ウチら、もう帰らんと」

「えっ」

「もう三時過ぎたし。遅うなるって言うて出てないけえ、帰らんと。ねっ、隼冬」

「あっ、ああ、うん。歩いて来たけえ、けっこう時間かかるしの」


 大変わざとらしいが、どうやら二人きりのデートを邪魔するのはここまで、ということらしい。


「うん、わかった。じゃあまた明日」


 というわけで、乗ることにする。


「明日のー」

「じゃあねー」


 そそくさと二人は立ち去っていく。

 ぽつんと二人で『てつくじ』前に残されて、なんだか急に辺りが静かになった気がした。


「川内は、まだ大丈夫?」


 そう言って隣を見ると、彼女はしきりに足元を気にしていた。


「あっ、うん」


 言われて慌てて顔を上げてくる。

 どうしたんだろう、足が痛いのだろうか。


「足、痛い?」

「あっ、ううん、そうでもない」


 そう言って首を横に振っている。

 けれど川内はこういうとき、無理をしそうな気がする。けっこう歩いたし、痛くなっているのかもしれない。


「スーパーの中、カフェがあったよな。入ろ」

「うん」


 川内はほっと息を吐き、うなずいた。スーパーはすぐ近くなので、これくらいなら大丈夫なんじゃないだろうか。

 なるべくゆっくり歩いて、スーパーに入る。カフェを見つけて、コーヒーを買って席に向かい合って座ると、人心地ついた。


「足、大丈夫?」

「あっ、うん。……新しいサンダルじゃったけえ、靴擦れできたみたい……」

「えっ、絆創膏、買ってくる?」

「あっ、大丈夫、持っとるけえ」


 絆創膏なんて持ち歩くのか。俺はハンカチですら怪しいのに。


「でも、ビックリしたよな、二人、出てきて」

「うん、面白かった」


 川内はくすくすと笑う。なんだかほっとした。

 あの三人がいたときには、どうなることかと思ったけれど。


「あの……待ち合わせのとき」

「あ、うん」


 尾崎が、『男が出てきたら、ややこしいことになることもあるけえ』と言ったことを思い出す。


「ごめん、いらんこと言うたかも」

「ううん」


 川内はふるふると首を横に振った。


「嬉しかった。ありがとね」


 川内はそう言ってにこりと笑う。心からそう言ってくれているような気がしたので、ほっと息を吐いた。


「あ、あと……あの……名前で呼んで……ごめん」


 謝るのもおかしいかなという気がしたが、一応、そう言ってみる。


「あっ、ああ……ちょっと、びっくりした……かな」


 そう言って、川内はうつむいて頬に手を当てている。

 確かにあのとき、驚いたような表情をしていた。


「あ、ごめん……」

「あっ、いやっ、謝ることじゃない……よ?」

「あ、うん」


 川内は少し下を向いて頬を手で押さえたままだったので、表情が読めなかった。

 もしかして、嫌な気分にさせてしまったのかな、と少し心配になった。

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