第34話 Wデート その2

 しかし、いつまでもここでしゃがみ込んでいても仕方ない。俺はひとまず立ち上がる。

 そしてもう二人きりのデートは諦めた。


「どこ行く? 尾崎、そんなに時間はないんじゃないん?」


 となると、一番忙しそうな尾崎に合わせるのがいいだろうと、そう訊いてみる。

 すると尾崎は、ニッと笑って言った。


「いやー、ちょうど今日、じいちゃんがショートじゃったんよね」

「ショート?」


 デイ、に引き続き、またわからない言葉だ。

 すると尾崎が教えてくれた。


「ショートステイ。何日か泊まりで預かってもろうとるんよ」

「ああ」


 ショートステイなら、聞いたことがある。それでもなかなか空きがないから頼めない、とニュースかなにかでやっていたような気がする。


「実は、預け先の施設が決まりそうなんじゃ。じゃけえ、他所で過ごすのに慣れとかんとておかないといけんしね」

「ほうなんか、よかったな」


 尾崎のじいちゃんを預ける施設が決まりそう。となると、尾崎も今のようにバタバタすることはないのかもしれない。尾崎のお母さんの負担も減るだろう。


「うん、ほんま、よかったわ」


 尾崎は満足げに嬉しそうに、うなずいた。


「じゃあ、時間あるんか」

「まあ、夜までってわけにはいかんけど」

「ほいなら、一緒に遊ぼ」


 ニコニコしながら、川内が言う。しかし尾崎は小さくため息をついた。


「ホンマは、あんたらの後をつけて遊ぶつもりじゃったんじゃけどなあ」

「おい」


 突っ込むと、尾崎は少し舌を出して、へへへ、と笑った。

 出てきてくれたので、こっそりと後をつけられるという惨事からは免れたということらしい。

 危ないところだった。あの三人に感謝……は絶対しないけど。


「なんで出てきたん?」

「人数で勝とうと思うて。あっち三人じゃったじゃん? じゃけえ四人になろうと思うて」

「勝つって」

「数は大事よ?」


 尾崎は真顔でそう言う。どうしてそう、喧嘩慣れしているようなことを言うのか。そんなだから、先輩に目を付けられるとかいうことになってしまったのではないのか。


 唖然としている俺たちを尻目に、尾崎は続ける。


「あとねえ、男が出てきたら、ややこしいことになることもあるけえ、まあ仕方なくウチが出ようかなって」

「そうなん?」


 じゃあ俺が出て行ったのは、愚策だったのだろうか。いやでも、放っておくわけにもいかないし。

 鼻高々、といった感じで、尾崎は胸を張る。


「ほうよー。女の世界はねえ、いろいろと面倒なんよ」

「はあ……」


 となると、癪ではあるが、尾崎がここにいることに感謝すべきなのだろう。


「あとー、ハルちゃんは仁方じゃけえ、いっつもは傍におれんけえね。牽制しとこう思うて」


 そう言って、尾崎は川内のほうに振り返って微笑む。


「ああいうタイプは、ウチみたいなんが苦手なんよね」


 川内はその言葉に苦笑で返す。そこは否定できないらしい。


 そこで少し会話が途切れて、その隙に木下が口を開く。


「どこ行くか決めとるん?」

「あ、いや、特には」


 首を横に振ると、尾崎がはしゃいだ声で言った。


「ほいじゃあ、『てつくじ』行こうや、『てつくじ』」

「『てつのくじら館』?」


 駅裏の海沿いに、資料館と隣接して本物の潜水艦が展示してあり、その内部に入れるのだ。

 地元スーパーの目の前に、潜水艦がどーんと空中に鎮座している姿はものすごく目を引くが、最近は見慣れてきた。

 それなのに、実は中に入ったことがない。すぐ近くの大和ミュージアムのほうは行ったことがあるのだが。


「あそこ、タダなのにけっこう面白いよ」

「へえー」

「ワシ、操舵席みたいなとこに座らせてもろうたで。マジ上がる」

「ハルちゃん、行ったことある?」

「私はないよ」

「じゃ、行こ行こ」


 そう言って、四人で歩き出す。

 最近は、尾崎が放課後にいないので、こうして四人で歩くのは久しぶりの気がする。


 川内は楽しそうにニコニコと笑っていた。

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