第24話 ホームセンターにて その2

 そうしているうち、大きなカートに山盛りの商品を詰め込んだ浦辺先生が、種のコーナーにやってきた。


「決まったか?」

「先生、これー」


 サボテンの種の袋を見せると、浦辺先生は覗き込むように顔を近付けたあと、顎に手を当ててニヤリと笑った。


「なるほどのう」

「あの、サボテン用の土、買ってもいいですか。あと、植木鉢も」

「ええで。乗せえや」


 そう言って、カートを指差す。ほっとしたように笑った川内は、いくつかの種の袋をカートに入れたあと、パタパタと植木鉢を見に行った。


 残った俺たちは、種の袋をカートに入れるついでに、その中身を覗き込む。

 大きな袋に入った土が何袋もある。それから支柱になる棒やら紐やらビニールやらが無造作に突っ込んであった。


 そして端っこに、何個もの苗があった。黒いビニールの小さな植木鉢のようなものに植えられている。あれだけ、種から種からって言っていたのに、どういうわけだろう。


「これ、なんの苗?」


 苗が生えているポットを指差して尋ねると、浦辺先生は呆れたように言った。


「なんじゃ、葉っぱ見てわからんのんか。やっぱり現代っ子じゃのう。見てみい」


 その黒いポットに、札が刺さっている。それを見てみると。


「……ナス?」

「こっちはピーマンじゃ」

「せっかく畑を耕したんじゃ、ネギだけいうのものう。ついでにこっちも植えとけ。夏休みには収穫できるじゃろ。そしたら、これでバーベキューでもやるで」


 心なしか弾んだような声に、顔を上げる。


「えっ! ホンマに!」

「……野菜だけ?」


 バーベキューという言葉には心躍るものはある。しかし、野菜だけのバーベキュー。それはなんだか物悲しい。

 けれど浦辺先生は言った。


「そんときは、肉も買うてやるわ」

「やったー!」


 二人揃って思わずそんな声が出て、イエーイ、と両手でハイタッチする。


「楽しみもないとのう。いっつも畑耕すだけじゃと、つまらんじゃろ」


 俺たちを見て、苦笑しながら浦辺先生が言う。


「その代わり、夏休みも交代でええけえ、通って世話するんで?」


 その言葉に、俺たちはコクコクとうなずく。


「わかった、やる」

「バーベキューは、尾崎も来れるよの。デイ、とかいうのが昼間はあるんよの?」


 木下にそう訊くと、深くうなずいて肯定した。


「うん、言うとくわ」


 木下が満面の笑みで、俺はちょっと嬉しくなった。

 なんだかワクワクしてきた。今から夏休みが楽しみだ。


「ほいじゃあ、会計するか。車に戻っとけ」


 浦辺先生はガラガラとカートを引いて、レジへと向かっていく。途中で川内と会って、植木鉢やらなにやらカートに乗せさせているのが見えた。


 俺たちは出口に向かって軽やかに歩く。

 肉体労働ばかりさせられているような気がしていたが、なかなか素晴らしいご褒美があるではないか。

 隣を歩く木下が上機嫌な様子で言う。


「千夏も嬉しいじゃろう。あいつ、焼き肉が好きじゃけえのう」

「……えっ?」


 思わず足を止めて、木下をまじまじと見つめてしまった。

 千夏?


 たぶん、二人は子どものころは名前で呼び合っていたのだろうとは思う。その癖が出たとも考えられる。


 でも、今のは、違う気がする。

 そういう響きではなかった。


「うん?」


 足を止めてしまった俺に気付いた木下も、その場に立ち止まって訝し気に俺を見る。

 しばらく木下は、なんだろう? という表情をしていたけれど、少しして、「あー!」と叫んだ。

 そして右手で口を押さえた。どう考えても今さらだけれど、そうせずにはいられなかったのだろう。


「やっべ……」

「えーと、……両想い?」


 この様子を見るに、つまり、あれから二人は進展した、ということでいいのだろう。

 そしてそれは、秘密にするつもりだったのだろう。

 木下は上目遣いで、少し睨むような眼でこちらを見てくる。


「言うなよ、黙っとけ言われとるんじゃ」

「自信ない……」


 正直にそう言った。

 そしてちらりとこちらに向かってくる川内に視線を移した。


 今現在、三人しかいない園芸部で、川内にだけ隠し事をするだなんて、できる気がしない。


「ほうよのう、川内だけに隠すって、おかしいよのう」


 そう言って木下はため息をつく。


「千夏には事後承諾じゃが、ええか、もう」


 覚悟を決めたかのように、木下は顔を上げた。

 川内はこちらに向かって歩いてくる。


「どしたん? 先生が、車に戻っとけ言いよったよ?」


 俺たちの前に立つと、川内は首を傾げてそう言う。


 覚悟は決めたのだろうが、やはり勇気は必要なようで、木下は顔を真っ赤にしながらぎゅっと両の拳を握りしめていた。

 わざわざ口にするのは気恥ずかしい、という気持ちはわからないでもない。

 俺はただ、それを見守ることにする。


「あ、あのの、川内」

「うん?」


 なにが始まるのかと思っているのだろうか、川内はきょとんとした表情をして、木下を見つめている。


「あの……尾崎……なんじゃが」

「うん」

「あの……それが……あの……」

「うん」

「あの……ワシと尾崎の……」

「うん」


 俺はそれを「がんばれー」という、父親だか兄だかのような気持ちで、隣で見ていた。


「ワシら……付き合うことになった」


 やっとのことでそう言って、木下は、ふう、と息を吐きだした。

 俺もつられるように、安堵の息を吐く。


「うん、よかったね」


 しかし川内は、落ち着いた様子でにっこりと笑って、そう応えた。

 うん?


 驚いた様子もなにもない。これは。

 逆に木下が驚いたように目を見開いている。それからぼそぼそと川内に訊いた。


「……知っとる?」

「うん」


 川内は、こくりとうなずく。


「千夏ちゃんから聞いた」

「なんじゃ、あいつー! 自分は言うな言うたくせにー!」


 ホームセンター内に、木下の叫びが響き渡った。

 それを慌てたように両手を立てて制止しながら、川内が続ける。


「あ、千夏ちゃん、木下くんも勝手にしゃべったからいいんだって……」

「はあ? ワシは今、初めて言うたで? なんの話じゃ」


 眉根をひそめてそんなことを言っている。


「あ!」


 思わず、そんな声が出た。

 俺には、心当たりが一つ、あった。

 たぶん俺が、尾崎の家庭の事情を木下から聞いてしまったことを言っているのだ。


 俺の声に、ものすごい勢いで振り返ってきた木下が、こちらに顔を近付ける。


「あ、てなんじゃ!」

「いや、尾崎の家庭の……」

「あれ内緒じゃ言うたろー!」


 そう言って頭を抱えている。

 俺は慌てて自分の顔の前でブンブンと右手を振った。


「いや、言うたわけじゃない。尾崎が勝手に悟ったんじゃ」

「同じことじゃー!」

「静かにせえ!」


 わーわーと騒ぐ俺たちの声を、いつの間にかやってきた浦辺先生の一喝が止める。


「お前ら、なにを騒ぎよるんじゃ! 迷惑じゃろうが!」


 一瞬にして、ホームセンター内がしん、となった。

 パラパラといる他の客の視線が、こちらに突き刺さる。

 俺たちはしゅんとして肩を落とすしかない。


「とにかく車に帰るで!」


 トボトボと、大股で歩く浦辺先生の後をついていく。


 「すみません」「お騒がせしました」と頭を下げながら歩く先生の後を、同じように俺たちも頭を下げながら足を動かす。


 店を出て車の傍に着いたところで、先生は腰に手を当てた。車の傍には会計を済ませた商品が乗ったカートがあった。

 先生は顎をしゃくる。


「ほれ、トランクに乗せられるだけ乗せえ。乗らんかったら、お前らで抱け」

「はい……」


 俺たちは粛々と、先生の言う通り、トランクに荷物を乗せ、カートを片付け、そして車に乗り込む。


 学校に帰る途中の車内は、浦辺先生の独壇場だった。


「まったく……制服で迷惑行為なんかもっての外じゃ。他の人にどう見られとるんか考えてみいや。制服を着とるいうことは、学校の代表と同じことで。お前らが悪いことをしたら、山ノ神はそういう高校じゃ思われるんで。わかっとるんか。あと、お前らええ加減に敬語を覚ええや。進学するんでも就職するんでも、面接はどうするつもりなんじゃ。だいたいお前らはのう」


 学校に帰るまで、そのぐうの音も出ない説教は、延々と続いたのだった。

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