第32話 二人でのデート
翌日、朝の温室を見に行った川内は、教室に来てから俺たちに向かって言った。
「思うたんじゃけど、芽が出そうになったら、すぐ知らせたほうがええよね」
それを聞いて、ああ、と思う。温室に一番行くのは川内だし、尾崎は今は立ち寄ることすら稀だから、教えられるものなら教えたほうがいいだろう。
「確かに。芽が出るの、見たい」
と尾崎が賛同する。
「そんなに都合よく見れるんか?」
木下が首を傾げる。
芽が出たら知らせる、ならともかく、芽が出そうになったら、というのは無理なんじゃないのかな、と思うものだろう。
いや、もしも川内が植物と話ができるというのなら、可能なのだろうか。
「わからんけど……もしかしたら、見れるかも」
川内はぼそぼそとそんなことを言う。
その表情を見て思う。
可能なんだ。少なくとも、川内はそう思っているのだ。
「あっ、じゃあ、連絡先教える」
「ワシも」
「俺も」
そう言って、それぞれがスマホを取り出す。
「もうグループにしよ」
「そうじゃの。ワシ、招待する」
「ど、どうやるん?」
「ハルちゃん、貸して」
そんな風にワイワイと、連絡先を交換する。
そうしてコミュニケーションアプリに、『山ノ神高校園芸部』というグループができた。
しかし俺は申し訳ないが、そこから川内の連絡先にアクセスして、他の二人に知られずに日曜の予定を立てることを、考えていたのだった。
◇
そうこうしているうちに、日曜日。
結局、呉駅で待ち合わせすることになった。
姉ちゃんが軍資金をくれたので、お昼ご飯を一緒に食べようと、十一時に待ち合わせだ。
昨日の夜はスマホでいろいろ調べたのだが、横から画面を覗いてきた姉ちゃんが、
「あんたみたいな高校生が、こじゃれた店に行ったところでアタフタするだけよ。あっちに行きたいところがないか訊いて、特になければファストフードで十分じゃわ」
と、ありがたいのかどうかはまだわからないがアドバイスをくれたので、街を歩きながら川内がどこに行きたいか聞こう、だなんて考える。
バスに揺られて平谷線を下りる間も、ファストフードでいいのかな、こじゃれたところはダメと言われても、だからといってラーメン屋とかに入るのは変じゃないか? とか、ご飯を食べたあとはどうしたらいいんだ? とか今さら考える。
ちなみに姉ちゃんに訊いてもみたが、「そんなんテキトーテキトー」とひらひらと手を振りながら言われた。
「ちゃんと予定を立てるとねえ、ちょっとでも崩れたらどうしてええかわからんようになったりするんよ。行き当たりばったりでええんだって。テキトーテキトー」
そう言われたことを思い出してみると、やっぱり姉ちゃんの意見を参考にするのは失敗ではないのか、と不安にもなってくる。
ちなみになにを着て行こうかとタンスの前で悩んでいたときも、勝手に部屋に入ってきて、
「あんまり気合い入れんさんな。かえって痛いわ。シャツにジーンズでええ」
と、適当に選ばれた。
今さらだけれど、もしかして遊ばれているのではないかと、血の気が引く。
いや、姉ちゃんはあれで、そんなに意地悪では……いや意地悪ではあるが、そこまで悪い……いや、どうだろう。
バスが呉駅に到着して、待ち合わせの金色の大きなスクリューのモニュメント前に向かう。
いくらなんでも、目立つところにしすぎたかな、川内は目立つのは嫌だろうから別のところがよかったかもしれない、といきなり失敗した気分になりながら、足を動かした。
すると、遠目に川内がモニュメント前にいるのが見えた。先に到着したのか。待たせてしまった。
薄いベージュの麻っぽいワンピースで、川内の雰囲気と合っていて、かわいいな、なんて口元が緩む。
いやそんなことを考えている場合ではない。時間的には遅刻ではないけれど、待たせるなんて、もっての外だ。
慌てて走り出そうとすると、見覚えのない女子が三人、そちらに駆け寄ったのが見えた。
川内はその三人を見て、視線を下に向けた。
なんだ、あれ。
川内を取り囲むように、三人の女子。その子たちは笑っている。傍から見れば、仲良しともとれなくもない。
けれどその中心にいる川内は、やっぱりうつむいたままで。
周りの三人は楽しそうだが、川内は楽しそうには見えない。
彼女たちはたぶん、川内の友人ではない。小学時代、中学時代を同じ学校で過ごした同級生たちだ。
きっとそうだ。川内の表情が物語っている。
どうする?
けれど、ここで見知らぬ人間が分け入るのも、おかしくないか。却って、感じ悪いと、川内が悪く言われたりしないか。
イジメられていたなんて人に言いふらすなんてひどい、イジメてなんていないのに。
そう言われるのが簡単に予測できるから、彼女らに不躾な態度をとってもいけない。
いや、でも、放っておくなんてできないだろう。彼女らの話が終わるのを待ってはいられない。その間、川内が傷つく言葉をどれだけ浴びせられるか。
『関係ない人間』と思われて、舐められても困る。一発で、無遠慮に、彼女らの中に分け入ってもおかしくない人間として突入しなければ。
少なくとも、この状況を黙って見ているよりはマシだと覚悟を決めて、足を動かし、声を張る。
「遥!」
その声に、四人ともがこちらにいっせいに振り向いた。
川内が一番驚いたような顔をしていた。当たり前か。
「ごめん、待たせて」
そう言いながら、手を振って歩み寄る。その間、誰も言葉を発しなかった。逆に緊張する。
「友だち?」
なるべくにこやかに、穏やかな声でそう言ってみる。
川内は、その言葉にはうなずかなかった。
「中学の……同級生」
ぼそぼそとそんなことを言う。
「えっ、なに、遥ちゃん、彼氏?」
「う……うん」
「へえー……」
三人ともが、まじまじとこちらを眺めてくる。
それから、にっこりと、明らかに余所行きの表情で笑ってきた。
「こんにちはあ」
「こんにちは。ごめん、話が盛り上がっとるみたい
言外に、邪魔をするな、という感情をにじませる。
しかし彼女らはめげない。
「ああ、いえ、久しぶりに偶然会ったから、声掛けただけなんでー」
「そうなんだ、ごめんね」
そう言って、話をぶった切る。
それで立ち去るかと思ったら、三人は顔を見合わせて、そして川内のほうに振り向くと、言った。
「遥ちゃん、彼、あの話、知っとるん?」
クスクスと笑いながら、そんなことを言う。
俺に、『なんのこと?』と言って欲しいのだろうか。
ムカつく。こんなヤツらの言うことを、黙って聞いていることはない。
「植物の話なら、知ってる」
口調が強くなった。それに一瞬ひるんだ様子だったが、けれど彼女らはめげずに続ける。案外、しつこい。
いや、しつこいからこそ、小学校から中学校にかけて、同じことでずっとからかってきたのか。
「ええー、じゃあ、信じとるんですかあ?」
殊更に、驚いたように目を見開いてみせる。
いったい俺に、どう言って欲しいのだろう。
「嘘おー」
そう言って、ニヤニヤと笑う。
イライラする。川内は、山ノ神高校に来て正解だ。
「少なくとも、笑ったりはしない。感じ悪いな」
頭に来たので、思ったことをそのまま言った。愛想笑いを浮かべる必要は、微塵もない。
俺は川内と違って、我慢強くはないのだ。
「な……」
「ごっめーん! お待たせえ!」
急に大きな声がその場に響き、慌てて振り返る。聞いたことのある声だった。
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