第27話 姉の助言

「やっぱ、あっちの子だったかー」


 なぜか姉ちゃんが椅子に座り、俺がその前の床に正座させられている、という図になっていた。

 姉ちゃんは椅子に座り、くるくると回り続けている。

 そして俺は、先ほどまで事情を説明させられていた。屈辱だ。


「あー、そりゃダメじゃわ。一発アウトじゃわ。我が弟ながら、あまりの不器用さに涙が出るわあ」


 そして、くるくる回る姉ちゃんに、そんな絶望的な言葉を言われていた。

 涙が出ると言いながら、あはは、と笑っているのはもう諦めよう。


「……どうしたらいいですか」


 相談だと言うなら答えてもらおうじゃないか、とそう訊いてみる。

 話を聞くだけ聞いて、面白がるだけ面白がって、それで終わり、というのなら、今度こそ下剋上だ。

 俺の決意を読んだのかどうなのか、姉ちゃんは床に足を滑らせて止まり、膝に肘を当てて頬杖をついて、床に座る俺を覗き込んできた。


「そりゃもう、誠心誠意、謝るしかないんじゃないん? ほいで、改めてコクる」


 結局、姉ちゃんの口から出てきた言葉は、そんな基本的で当たり前のことだった。

 けれど、それしかないのだろう。

 逆転満塁ホームランな奇策でもないかと考えても無駄なんだろう。


 少なくとも俺よりは恋愛経験がありそうな姉ちゃんならあるいは、と思ったが、そんな都合のいい話はないのだ。


「わかった」


 俺は、こくりとうなずいた。

 姉ちゃんはそんな俺を見て、小さく笑う。


「実は、私はどうなるかわかっとるんじゃけどねー」

「えっ!」


 思わず顔を上げる。姉ちゃんは俺の顔を見て、にやりと笑った。

 これは、どっちだ?

 上手くいくのかいかないのか、どっちが見えている?


「あの……それは、いい話ですか、悪い話ですか」

「教えなーい」


 そしてまた、くるくると回りだした。

 くっそ、ムカつく。


「弟から恋愛相談受けるようになるとは、感慨深いわー」


 回りながらそう言って、あははと笑う。

 相談を受けるもなにも、むりやり聞き出したくせに。


 しかし俺は、プルプル震えながら、黙って耐えるしかないのだった。


          ◇


 とにもかくにも、『誠心誠意、謝る』ということだけは、しなければならない。


 それなら、二人きりのときを探さないと。

 放課後は木下がいるし。昼休憩は園芸部の皆で食べているし。授業の間の小休憩も、もちろん皆いるし。呼び出す、というのも逆に訝しがられる。


 となると、朝だ。

 川内が何時から温室に来ているのかは知らないけれど、朝ならきっと二人きりで会える。


 そういうわけで、俺はいつもよりも一時間早く家を出た。

 自転車を漕いで通学路を進んでいると、一時間も早いというのに、けっこう生徒が歩いている。運動部の朝練グループだろう。


 学校に到着すると、駐輪場に自転車を停めて、そのまま温室に向かう。

 もう来ているだろうか。まだでも温室の前で待っていよう。

 なんと言って謝ろうか。不誠実なことを言ってごめん、とか? 急に変なことを言ってごめん、とか? とにかく、ついでじゃない、ということは伝えないと。


 そんなことをグルグルと考えながら足を進める。

 そして温室の前にたどり着いて見てみると、温室の扉には開けられた南京錠が掛けられていた。


 もう、来ているんだ。

 俺は一度深呼吸して、そしてそっとノブに手を掛ける。

 悪いことをしようとしているわけでもないのに、なぜか開いたドアからこっそりと中を覗き込んだ。


 いた。じょうろを手に、並べられた植木鉢に水をやっている。一つ一つ確認するように、土に手を当てながら、丁寧に。

 以前、集中したい、と言っていたことを思い出す。本当に集中しているのか、こちらには気付いていない様子だ。


「おはよー」


 急に発せられた川内の声に、ビクッと身体が震える。

 気付いていないかと思ったのに、実は俺がここに来たことを知っていたのか。


 俺は一つ息を吐くと、口を開く。


「おは……」

「今日も綺麗なねー。うん? ごめんね、もうちょっと待ってね」


 しかし川内が話し掛けていたのは、俺ではなかった。

 俺は慌てて口を噤む。


「はい、お水」

「暑うなってきたけど、大丈夫?」

「可愛いねー、うん、ホンマよ?」


 これはあれか。サボテンに話し掛けると綺麗な花が咲くとかいう、あれか。あれを全部の植木鉢に向かってやっているのか。

 それで恥ずかしくて一人でやりたいと言っていたのかな、と笑みが漏れた。


「え?」


 ふと川内が植木鉢に向かって首を傾げたかと思うと。

 バッとこちらに勢いよく振り返った。


 驚いた。気付かれた。これでは覗き見していたみたいじゃないか。いや覗き見なんだけど。


「あ、おはよう。ごめん、あの……」


 どう言おうかとしどろもどろになっていると。

 川内は、手に持っていたじょうろを手放した。温室の中に、じょうろが落ちる音が響く。


「え……」


 見てわかるほど、川内の顔はみるみる青ざめていった。

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