第39話 俺たちの未来の話

 サボテンの芽が出てからというもの、昼休憩は温室で過ごすようになってしまった。

 窓も全開で扉も開けて、それでも暑いけれど、サボテンのためだと思うと快適に思えるから不思議だ。

 サボテンは豆粒のような大きさなのに、トゲはちゃんとあるので、なんだか可愛い。


「水やってもええ?」


 尾崎は事あるごとにそう言って、川内を困らせている。


「サボテン枯らしたことがあるいうの、納得するわ」


 木下はそんな尾崎を見て、呆れたようにそう言っていた。


「全然水をやらんのも、やりすぎるのもいけんって、ワシでもわかるわ」

「だってー」

「水やっても良うなったら言うけえ」


 川内はなんとか尾崎を止めることに成功している。おかげで順調にサボテンは育っている様子だ。


「あっ、そうそう」


 尾崎は弁当の唐揚げをモグモグと食べながら言った。


「今日、じいちゃんの引っ越しなんじゃ」

「へえ、じゃあ今日からなんじゃ。よかったな」

「じゃけえ、ワシも駆り出されとる」

「あ、そうなんか」

「家具とか運ぶけえ、男手がいるいうて」


 木下は肩をすくめてそう言う。けれど嫌そうな様子ではない。


「ほいじゃけ、今日は千夏もワシも部活は休みじゃ」

「うん、わかった」

「まあ、たまには二人きりで帰るんもええじゃろ?」


 尾崎がニヤリと笑って、こちらに顔を向けた。

 川内は真っ赤になって、少しうつむいている。

 ……うん。この様子だと、嫌だと思っているわけではなさそうだ、と心の中でほっと安堵の息を吐いた。


「俺らにそうは言うけど、それはそっちもじゃろ?」


 そう返すと、尾崎と木下は顔を見合わせて、それから同時に首を傾げた。


「なんかもう、小さいころから一緒におりすぎて、ようわからんわ」

「まあのう」


 そんな二人を見ていると、ドキドキするとかキュンとするとか、そういう恋愛ではなく、まるでもう本当の家族みたいな関係なんだろうな、と思った。


 俺みたいに、ほんの少しのことで一喜一憂しているのはバカみたいだな、とちょっと情けなくなった。


          ◇


 ということで、放課後は二人きりで帰ることになった。

 尾崎と木下には申し訳ないが、少し嬉しい。


 川内はどう思っているんだろう、やっぱり尾崎がいないと寂しいのかな、二人きりは気まずいと思わないかな、と駐輪場から自転車を出しながら、ちらりと横目で川内を見る。


 しかし彼女は、近くに生えているツツジの木をじっと見つめていた。こちらには目もくれない。

 もしかしたら今、会話しているのかもしれない、と少し肩が落ちる。


「神崎ー!」


 しかし、どこかから大声で呼ばれて、顔を上げる。

 校舎三階、二年生の教室が並ぶ階の窓から、何人かの男子がこちらを見ていた。

 理系の教室。そしてそこにいるのは、一年生のときに同じクラスだったヤツらだ。この時間なら、補習なのだろうか。


「お前、裏切りかー!」

「なんじゃそれ、自慢かー!」

「文系、滅びろー!」


 ふざけたように笑いながら、そんなことを言っている。

 それを聞いていた川内が、驚いたようにこちらに顔を向けてくる。


「えっ……ど、どうしよう」


 どうしようもこうしようも。


「いいよ、放っておけば」

「で、でも。大丈夫なん……? 一年のときは仲良かったのに……」


 それを聞いて、思わず噴き出した。ああ、なるほど、そういう解釈か。


「いや違うし。あれ、イジメとかじゃないけえ」

「そ、そうなん?」


 不安げに首を傾げるので、俺は理系の教室に向かって手を振った。


「うっわ、余裕かー!」

ぶちはがええすげえムカつくー!」

「これだから文系はー!」


 それを見て、冷やかされているのだと気付いたらしい川内は、俺から少し距離を取った。


「帰ろう」

「う、うん」


 声を掛けると、おずおずと足を踏み出す。


 ふと上に視線を向けると、教室の中から「なにをしよるんじゃ、お前らはー! まだ補習がしたいんかー!」という怒号と、「うわっ、やべっ」とかいう焦った声が聞こえた。

 あの声は、浦辺先生の次に怖いと噂の、数学の佐藤先生だ。ご愁傷様、と心の中で思う。


 二人で並んで校門を出る。

 川内のほうに視線を向けると、彼女は頬を紅潮させていた。

 やっぱり可愛いな、と思う。


「通学路、長いけど」

「うん」


 俺の声に、川内はこちらを見上げてくる。


「川内が彼女で、それを自慢できるみたいで、ええなって思う」


 そう言うと、川内はさらに顔を真っ赤にして、そしてうつむいてしまう。

 けれど、ぼそりと話し始めた。


「仁方は……ちょっと遠いけえ、無理じゃけど」

「うん」

「でも私も、みんなに自慢したいなって思うときある……」


 恥ずかしそうに、小さな小さな声で、そう言う。

 ヤバい。嬉しい。ものすごく、嬉しい。


「じゃあ今度、仁方に行こうか」

「なんにもないよ?」

「そうなん? でも焼山もなんにもない」

「じゃあやっぱり呉?」

「でも呉もそんなに遊ぶとこないよな」


 長い通学路をゆっくりと歩きながら、俺たちはこれからの未来について話をする。


「艦船巡りって知っとる?」

「知らんよ。なに?」

「呉桟橋から船乗って、潜水艦とか護衛艦とかを近くで見れるんと。一回、乗ってみたかったんじゃ」

「面白そうじゃね」

「今度、一緒に乗ろう」

「うん」

「あと、どっか行きたいとこある?」

「今は思いつかんけど……考えとく」

「うん」

「あっ、今年はもう終わったけど、来年は、音戸おんどのツツジを見に行きたい」

「ええね」

「遠いけど」

「免許取ったら、姉ちゃんの車借りて、もっと遠くに行きたいな」

「危なくない?」

「たぶん、姉ちゃんの運転よりは危なくない」

「こないだ乗してもろうたときは、危ないって思わんかったよ?」

「そりゃあ短い距離じゃったけえじゃ。姉ちゃんの運転は怖い」

「そうなん?」


 川内はクスクスと笑う。

 こうしてずっと一緒にいられたらいいな、と思う。川内の隣は、とても安心する。


 通学路の横の竹林が、さわさわ、さわさわ、と静かな音をたてていた。

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